第75話「その言葉が欲しかった」
大悟のちょっと不器用な気持ちと、結衣と里奈の絶妙な距離感。
言葉にするって、案外難しい。でも、言ってもらえたら嬉しい——
そんな照れくさくも温かい日常が、三人のやりとりの中に詰まっています。
カフェでの楽しい時間を終えて、帰り道を歩く結衣と里奈。
駅までの少しの距離、沈む夕日が歩道をオレンジ色に染めていた。
ふと、里奈がぽつりと呟く。
「ねえ……私も、大ちゃんにさ、『その分、里奈と一緒にいたいし』って言われたいな」
結衣は、くすっと笑って答える。
「言ってもらえばいいじゃん?」
「うーん、でも自然に出てくる言葉じゃないと照れくさいし、なんか、言わせたみたいになっちゃうのが嫌でさ」
そう言った後、里奈は ちょっとだけ頬をふくらませて笑う。
(大ちゃんって不器用だからなぁ……)
「……姉と妹がいるんだけど、真ん中って何かと空気読みがちでさ。だから余計に自然さって大事にしたくなるんだよね」
「えっ、里奈ちゃん三姉妹なの?」
「うん。私は自由人担当の“次女”です(笑)」
結衣もつられて笑った。
「里奈ちゃんは、私にめちゃくちゃ優しいよ!」
里奈が笑顔で答えた。
「ありがとう! 結衣ちゃんに優しくできてるならよかった〜」
⸻
夜、同棲中の部屋。
テレビの音が小さく流れる中、大悟はソファでスマホをいじっていた。
その画面に、結衣からのメッセージが届く。
【結衣】
「誰にも言わないでね……里奈ちゃんが『大ちゃんに“その分、里奈と一緒にいたいし”って言ってほしいな』って言ってたよ」
大悟は思わず吹き出しそうになる。
(言えるかよ、そんなの……恥ずかしすぎるし。てか、里奈かわいすぎだろ……
涼也なら普通に言いそうだけど、俺が言うと違和感ありすぎ)
スマホを見つめながら少し躊躇していると、さらに通知が鳴る。
【結衣】
「は? 私は里奈ちゃんの味方だから!」
(うわ、考えてるのバレてる……)
大悟は「え? お兄ちゃん悲しい(泣)」と冗談めかして返すが、既読がついたまま返信は来なかった。
(……既読スルーかよ)
⸻
しばらくして、リビングで映画が一区切りついた頃――
里奈がふと口を開いた。
「そういえば、大ちゃん来週会社の飲み会って言ってたよね?」
大悟はテレビのリモコンを置きながら答える。
「あー。あれ行かない」
「いつも行くのに珍しいじゃん」
少し間を置いて、そっけなく――けれど、どこか照れくさそうに。
「その分、里奈と一緒にいたいし」
その言葉に、里奈は思わず顔を上げた。
ほんの少し目を見開いて驚いたようだったけど、すぐに嬉しそうな柔らかな笑顔がじんわりと広がった。
「……嬉しい! その言葉、自然に言われたかったの!」
大悟は照れ隠しのように咳払いをして、ごまかすようにテレビに視線を戻す。
(……なんか、結衣に負けた気がする)
でも、その表情は どこか満足げだった。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!