第74話「いつもの場所に君がいる」
新婚旅行から帰ってきた涼也と結衣。
旅の思い出を胸に、少しずつ日常が戻ってきます。
でも、その“日常”も、誰かと手を繋いで歩くことで、ちょっとだけ特別なものに変わっていくのかもしれません。
今回は、そんな帰国後のやさしいひとときを描きました。
飛行機を降りた空港のロビーには、すっかり日常が戻っていた。
照りつける日差しも、行き交う人の足音も、どこか懐かしく感じられる。
涼也と結衣は並んで歩きながら、旅行の余韻を静かに噛みしめていた。
「やっぱり日本の空気って、ちょっとしっとりしてるね」
結衣が微笑むと、涼也も頷いて答えた。
「うん、落ち着くよね」
改札を抜けて電車に乗り、窓の外の景色を眺めていると、結衣がふと首をかしげた。
「……あれ、私スマホがない……」
涼也は笑いながら、バッグの中からそれを差し出す。
「知ってるよ。さっき空港のベンチに置き忘れてたの見つけたから」
「えっ、本当!? ありがとう、全然気づかなかった……!」
涼也はスマホを手渡しながら、にこっと笑った。
「いつもは絶対忘れないのに、珍しいね」
「うん……スマホって、写真や個人情報もいっぱい入ってるから、普段は絶対手放せないんだけど……」
少し照れたように、結衣はスマホを見つめる。
「でも、涼ちゃんと一緒だと、なんだか安心しちゃうのかも。気が抜けてるっていうか……」
「それは光栄だな。俺も気をつけるよ! 結衣ちゃんの写真は俺だけの宝物だからね。笑」
「もう、涼ちゃんったら……笑」
⸻
帰国して数日後。
久しぶりの日本の空気に体も心も少しずつ慣れてきた頃、涼也と結衣は大悟と里奈とカフェで会う約束をしていた。
午後の陽射しが差し込むテーブル席で、アイスティーを口に運んだ里奈が笑顔で尋ねる。
「どうだった? 新婚旅行は」
「最高だったよ〜! 自然も人もごはんも全部やさしくて、ほんとに癒されたって感じ」
結衣は そう言いながら、小さな紙袋をそっと差し出した。
「はい、お土産。見つけたとき、里奈ちゃんにぴったりだなって思って」
「えっ、嬉しい! 開けていい?」
袋を開けた里奈の目がぱっと輝く。
「わあ、かわいい! 海っぽいけど落ち着いた感じ。こういうの大好き」
「手作りのアクセサリーでね、海沿いの市場で一目惚れしちゃったんだ」
「さすが結衣ちゃん、センスいいね〜! ありがとう、大事にするね」
結衣は ほっとしたように微笑み、「気に入ってもらえてよかった」と言った。
「大悟さんには俺から。地元で人気のラム酒。香りがすごく良くて、料理にも合いそうだったから」
「おっ、気が利くな。ありがとう。嬉しいよ」
大悟は瓶を手に取り、ラベルを眺めながら頷く。
「それ、ネメアラムっていうんです。ニューカレドニアの南にあるネメア地方で作られていて、香りが特徴的なラムだそうです。地元の方にも人気で、“これは本物だ”って言われていて……ロックでも美味しいらしいんです。僕は飲めなかったんですけど」
「今度一緒に飲もうか?」
「……いや、結衣ちゃんの前では ちょっと控えます。笑」
「いいよ! 今度飲んできなよ」
「その分、結衣ちゃんと一緒にいたいし…」
「涼也、おい!笑」
結衣も思わず笑ってしまう。
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和やかな空気の中、旅の余韻と日常が自然と溶け合っていく。
結衣は ふと涼也の横顔を見て、心の中で小さくつぶやいた。
(こんなふうに、普通に家族みたいに過ごせるって、幸せだな)
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!