第71話「似たもの夫婦のノート時間」
今回は、二人だけの新しいノートを始めるきっかけのひとときを描きました。交換ノートとは違うけれど、自分たちのペースで少しずつ綴っていく、そんな特別な記録です。
「そういえば、今さらだけど『ゾッコン』ってちょっと古くない?」
結衣がふとしたタイミングで笑いながら言った。
涼也も思い出すように答える。
「翔平が最初に言ったんだよな。たしか」
「そうそう!翔平くん、私より若いのにね」
結衣は肩をすくめながら笑う。
「あいつのことだから、わざと使ってそうだな」
涼也もつられて笑った。
「私たちも翔平くんの影響で、『ゾッコン』よく使ってたよね」
「悪い言葉じゃないし、まあいっか」
穏やかな笑いが二人の間に流れる。結衣は少し考えるように目線を上に向けた。
「『普通』って、ベタ惚れとか?」
その言葉に涼也は、ふと思い出した。
「そういや、大悟さんが『ベタ惚れ』って言ってた気がする」
「そうなんだ!里奈ちゃんにベタ惚れ、わかる〜」
結衣が嬉しそうに頷く。
「いや、それが──俺が結衣ちゃんに、って話だった」
少し照れたように涼也が言うと、結衣の表情がふわりと和らいだ。
「ふふふ。私も涼ちゃんにベタ惚れだからな〜」
言葉の響きがちょっと古くても、二人の想いは今この瞬間も、ちゃんとまっすぐに通じ合っていた。
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涼也がテレビをぼんやり眺めていると、結衣がスマホを手にうれしそうに声をかけた。
「ねえ、今日送ったレシピと写真、あーちんがすごく喜んでたよ!」
涼也が振り返る。
「レシピと写真、両方?」
「うん!レシピは わかりやすかったし、涼ちゃんが作ったやつ、ほんとに美味しそうだったって。『真似してみる! 涼也さんにお礼伝えて!』って言ってたよ」
涼也は少し照れたように笑った。
「そっか、それは よかった」
「うん、今日食べたばっかりだけど、私もまた食べたいなあ。あの組み合わせ、ほんとに美味しかったもん。外カリッで中とろ~って感じ!」
「じゃあ今度、違う具材でも作ってみようか?」
「えー楽しみ!じゃあ今度は私がレシピ考えて、涼ちゃんに作ってもらうってどう?」
「お、逆輸入レシピか。いいね、それ」
結衣はリビングの引き出しから持ってきた新しいノートをテーブルに広げた。
「これ、交換ノートとは違うけど……私たちのノートとして、前みたいに渡し合うんじゃなくて、二人でちょっとずつ書き足していけたらなって思って」
その言葉に、涼也は驚いたように目を見開いた後、笑みをこぼした。
「……実は俺も、それ考えてたんだ。ノートも用意してた。まさか結衣ちゃんに先に言われるとは…!」
結衣は目を輝かせながら喜んだ。
「えー! すごい! じゃあ、このノート使い切ったら、次は涼ちゃんのノートに続きってことで決まりだね!」
涼也は嬉しそうに頷いた。
「うん。仕事のことも日常のことも、何でも気が向いたときにちょっとずつ、ね」
結衣は写真をノートに貼り付け、そっと一言添えた。
「今日のホットサンド、涼ちゃんが作ってくれたやつ。ほんとに美味しかったなあ。あーちんの口にも合うといいな」
二人は顔を見合わせて笑い合う。小さな料理のやりとりが、日常に優しい彩りを添えていた。
この細やかなノート時間が、二人の絆をまた一つ深めていく──そんな穏やかな夜のひとときだった。
第66話で少しだけ触れた“おすすめレシピ”の話が、今回こんなカタチで実を結びました。
何気ない繋がりかもしれませんが、少しずつ積み重なっていく二人の日常を、楽しんでいただけたら嬉しいです。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!