第66話「二人の歩幅」
新しい名字、新しい暮らし。
大きく変わったようでいて、何も変わらない二人の空気。
少しずつ、重ねていく毎日が、これからの人生になっていく。
「…あ、間違えた」
結衣が書類の署名欄を見て、小さく首をかしげる。
「旧姓で書いちゃった」
涼也は、その様子にくすっと笑った。
「まだ慣れないよな。でも、なんか嬉しいな」
「何が?」
「こうやって正式に“俺の奥さん”になったんだなって、実感する」
「ふふっ、まだちょっと照れるけどね」
結衣はペンを置いて、涼也の方を見つめた。
「でも、これからゆっくり慣れていけばいいよね。一緒に」
「うん、二人のペースで」
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休日の午後、二人並んでソファに座りながら、結衣がスマホをいじってふと笑った。
「そういえば、あーちんと仲良くなって…もう“あーちん”って呼んでるんだ」
「そうなんだ。よかったね。素敵な縁じゃん」
「名前のこと聞いたら、“あーちん”だけだと、SNS用の無料姓名判断であんまり良くなかったらしいの。でも、“感謝”ってつけたら大吉になったんだって!」
「SNS用姓名判断?そんなのあるんだ。試したくなるね、なんか。笑」
「あとね、前にあーちんが株の投稿してて…『一人リーマンショックかと思った』って書いてあって。私、株やったことないのにツボっちゃって。
リプでは一応、『一人は一人でも、今なら関税ショックっていうか、トランプショックの方が近いかも』って訂正してたけどね〜!笑」
涼也も思わず吹き出す。
「想像できる。あーーさん、ほんと面白いな」
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「そうそう!あーちんね、お米大好きなのに、知っての通りお米の値段が高騰したままでさ。数ヶ月前からホットサンドメーカー使い始めたんだって。それで、聞かれたわけじゃないんだけど、おすすめレシピあったら送りたくて。涼ちゃんも何かあったら教えて!」
「確かに米高いままだもんな…了解!」
涼也は少し考えてから、にっこり笑った。
「結衣ちゃんに、フライパンで作るやつ俺が作って、それ写真撮って送ったら、喜んでもらえるんじゃないかな?」
「フライパンでも作れるんだ?!作ってくれるの?嬉しい!ありがとう!楽しみ♪」
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窓から差し込む光が、リビングをあたたかく包んでいた。
変わっていく日々の中で、変わらない笑い声が、そこにある。
新しい名字も、笑いのツボも、何もかも全部含めて。
二人の歩幅で、今日も前に進んでいく。
名前が変わるというのは、大きな節目。
でもそれ以上に、笑い合える時間や、何気ない会話の一つ一つが、
二人の絆を育てていくのだと感じた回でした。
お忙しい中、今日も最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!