第55話「この日を、ずっと待ってた」
特別な日、特別な場所で過ごす二人の時間。
穏やかな夜の空気に、やさしい灯りがともります。
5月1日、結衣の誕生日当日。
夕暮れが静かに夜に溶けていく頃、海辺近くの広場に、涼也と結衣の姿があった。
「……ほんとに、ここで花火できるの?」
「うん。市役所に確認済み。ここなら手持ち花火OKだって。20時までなら大丈夫って言われた」
「え、ちゃんと確認してくれたの? 涼ちゃん……ありがと」
「だって去年、“来年は当日にお祝いしたい”って言ったからさ。ちゃんと覚えてたよ」
その言葉に、結衣の胸がふわっと熱くなる。
去年の秋、半年遅れで祝ってもらった誕生日。あのときの約束を、ちゃんと叶えてくれる人。
「──結衣ちゃんのために、今日は全部準備してきたよ」
そう言って差し出されたのは、色とりどりの花火セット。
線香花火、ススキ花火、そして──
涼也はイタズラっぽく笑いながら、ポケットから小さな箱を取り出した。
「じゃじゃーん。手持ちだけじゃなくて、ヘビ花火も持参です。……まあ、俺がやりたかったってのもあるけど」
「……! ヘビ花火……!」
思わず声が漏れた。
「言ってたでしょ? 好きだって。だから こっそり探してきた。……俺も、実は一番好きなんだよ。ヘビ花火」
「えっ、ほんとに!? やば……! うれしい……! 運命だよ、これ!」
「ふふっ。わかるよ、それ。……ちょっとだけ気持ち悪くて、でもクセになるよね、あれ」
二人は笑い合いながら、ライターに火を灯す。
小さな火花が夜の空気の中でぱちぱちと弾けて、世界がやわらかく色づいていく。
「こういうの、ずっとやってみたかったんだ」
「俺も。人混みもないし、5月の夜って意外と気持ちいいよね」
「うん。初めてだけど、きっと忘れられない。私の誕生日に、涼ちゃんとこうして……花火してるってこと」
火が消えるたび、また新しい火を灯す。
二人の時間は、ゆっくり、でも確かに積み重なっていった。
結衣は嬉しそうに微笑みながら、小さな線香花火に火をつける。
静かにパチパチと灯る、小さな光。
その火を見つめながら、ふっと呟いた。
「……来年は、籍入れて“旦那さん”になってるかもしれないし?」
涼也は、彼女の横顔を優しく見つめた。
結婚の挨拶は済ませているが、入籍の日取りは まだ決まっていない。
翔平あたりに「え、まだ決めてないの?」なんて軽く茶化される未来が目に浮かんで、思わず頬がゆるむ。
やわらかな笑みを浮かべて、そっと彼女の手を握る。
「うん。そのつもりでいるよ」
その手は あたたかくて、ずっと前から隣にあったような安心感をくれる。
線香花火が小さく火花を散らしながら、ぽとりと落ちる。
でも、二人の間にある灯りは、消えることなく──
──来年も、再来年も。
ずっとこの先も、同じ夜空の下で、二人で笑っていられますように。
去年交わした約束を、今年ちゃんと叶えてくれる人。
そんな存在がそばにいることのあたたかさを、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
ヘビ花火の思い出も、二人だけの特別な灯りになりました。
第14話との繋がりを感じていただけると幸いです。
お忙しい中、読んでいただきありがとうございました!




