第2話「つい聴き入っちゃいました」
偶然耳にした歌声に癒された昼休み。思わず感想を投稿した結衣の一言が、物語を動かし始める――。
結衣は、スマホを持つ手をそっと伏せた。
昼休みの最後の数分、なんとなく再生した“あの歌”が、まだ耳の奥に残っている。
いかにもカラオケアプリらしい画面で、字幕が歌詞として流れていた。
画面に映っていたのは、ステージに立つ数匹の動物たち。
どう見ても「いらすとや」で揃えたような、ゆるいタッチのキャラクターたちだった。
けれど、その中央──マイクの前に立つサングラス姿の柴犬だけは、明らかに異彩を放っていた。
ツヤのある毛並み、やけにリアルな陰影、そして胸に「人は人、自分は自分」と書かれたTシャツ。顔は笑っているのに、なぜか“ガチ感”がにじんでいる。
(なにこれ……ふざけてるの?)
再生回数は、たったの「7」。
でも──歌い出した瞬間、結衣の胸の奥がふわっとほどけた。
プロフィールには、こんな一言が添えられていた。
フォローやアイテムありがとうございます❣️
う●こレベルの歌声(あえて伏せ字)なのに、【貴重な時間を割いて聴いて下さった✨心優しい方々✨ありがとうございました(お辞儀)】
※ポケカラでは返信しないことにしてるので、コメント不要です<(_ _)>
「う●こレベルの歌声(あえて伏せ字)なのに」って、自己評価低過ぎ。
いやいや、そんな歌声じゃないし……
それどころか、もっと聴いていたいと思ったのに。
結衣は、軽く息をついた。
あんなふうに誰かの心にふっと入り込める声。
自分には、きっと出せない。
──あれ、これって。
投稿していたの、さっきの人?
「ただの食いしん坊」ってプロフィールに書いてあったあの人。
トンカツの写真がやたら美味しそうで、株の投稿はちょっとクセがあって、でも どこかユーモアがある。
その人のプロフに貼ってあったリンクを、なんとなく押してしまっただけ。
ポケカラは使ったことがない。
アカウントも登録してないし、再生数には反映されてないはず。
でも、一回だけ聴いたこと──伝えたくなった。
結衣は、そっとXの投稿欄を開いた。
「私事ですが…昨日偶然“あーちん感謝”さんのアカウントにたどり着いて、
プロフィールのリンクからポケカラを聴いて、つい癒されてしまいましたw
(未登録なので再生回数には反映されてませんが…)」
「以前からお名前をよくお見かけしていて、
密かに気になっていたので…思い切って涼也さんにリプを送ってみました!
いつも素敵な投稿をありがとうございます。」
結衣は、文字数がオーバーしてしまったため、リプを二つに分けて送信した。
削りたくない思いをそのまま届けたくて、ツリーで繋げることにした。
「……送信っと」
スマホを伏せた後、結衣は軽く背筋を伸ばして席に戻った。
午後の空気が、さっきよりも少し和らいで感じられた。
お忙しい中、読んでいただきありがとうございました!