2-3.公爵令嬢レティシア・ウォールトンの解放
本日3話目の更新です。こちらで完結になります。
王族に個人の幸せの追求など許されない。
転生者とはいえ、いまは公爵令嬢のレティシアだって重々承知している。
第一王子で王太子のフレデリックなら、なおさらだ。だから、もうウォールトンの後ろ盾がなくとも立派にやっていける彼が、必要もない婚約に縛られるのは気の毒だ。
「あのですね、殿下。いえ、あえてここは幼馴染の友人としてフレッドと呼ばせてもらいます」
今日こそきちんと、成り行きの婚約者のレティシア以外も検討もできると、彼の刷り込みを正そう。
表情を引き締め、カップのお茶を一息に飲むと、レティシアは隣に座るフレデリックへ向き直った。
「君ほど優雅にお茶を一気飲みできる令嬢はいないね」
「そんなことはどうでもいいから!」
「なに、レティ?」
子供の頃の面影が重なる柔らかな笑みを向けられ、レティシアはうっと言葉に詰まる。
(顔がいい。子供の頃は美少女みたいに可愛かったし……そういえば、そろそろ食が細る時期ね)
幼少期の儚げなフレデリックの姿が頭をよぎり、レティシアの思考はつい職業的な使命感へと流れる。
「そろそろ夏だけど、ちゃんと食べてる?」
「もちろん。君が私のために考えてくれたメニューを残すはずがない」
最近気に入ったメニューは、“若鳥と彩り野菜のカポナータ”だという。以前は少し苦手だった濃い味の野菜が近頃はおいしいと話すフレデリックに、子供から大人の味覚への変化だとレティシアは気がついた。
(公務も増えてきたし働き盛り向けの献立に……って、違うぅ! そうじゃないぃ!)
思わず自分の頭を抱えてレティシアは、寝椅子の枕兼肘掛けに突っ伏す。
「どうしたの、レティ?」
「……なんでもない。あのね、フレッド。わたし達……」
突っ伏したまま、もごもごと不明瞭にレティシアが言いかけた言葉は、「ああ、そうだ!」とフレデリックの言葉と手を打つ音にかき消された。
「今日はちょっと面白いものを持ってきたんだ。君、最近退屈そうだから」
「え、あの……」
「君の断罪劇をやった建国祭の時に、東に接する国の使節団が持ってきたものだけど」
言おうとしたことが言えなくなり、レティシアは黙ったまま起き上がる。それにしても。
(“君の断罪劇をやった建国祭”ってすごいパワーワードですね……)
よく考えたら、他国からわんさか使者も訪れる時だ。国の威信を損ないかねないことを、よくやれたと思う。
サラの言葉通り爆速で解決する予定で、ついでに他国の不穏な動きも釣れたら儲け物と考えたなら豪胆すぎる。
「はい、これ」
王子らしい装飾の多い上着から、楕円を半分に割ったような水晶細工を出してフレデリックは、レティシアの手の平に乗せた。平面の部分に、四角く縁取りした溝が彫られていて、なんとなく画面ぽい。
「この溝をゆっくり一周するようになぞると起動するんだよ」
説明しながらフレデリックが形のいい指で水晶の溝をなぞる。距離が近い。でも説明してくれるのを意識して避けるのもおかしい。レティシアが悩んでいるうちに、起動した水晶がぽわんと明るくなり、王城の庭が映しだされる。
「え、なにこれ! 遠隔通信の魔法具!?」
「通信には違いないけど、子機で記録した映像を親機に溜めておくものでね。左右の溝をなぞると映像が切り替わるんだ」
まるで、転生前のスマートフォンで動画サイトを見ているようだ。
『姉上、見えていますか。ああ、塔で不自由はないでしょうか……』
「あ、アレク!」
久しぶりに見る弟の姿にレティシアが反応した瞬間、さっと映像は宮廷楽団の演奏に切り替わる。
「ごめん、試し撮りの映像が残っていたみたいだ。明日本人と会うのに、会ったような気になってもいけないからね」
「別にそんなこと……」
「ほら、宮廷楽団の人たちが君が好きな曲目も演奏してくれたんだよ」
たしかにレティシアの好きな曲で、なかなかの臨場感だ。
顔見知りの楽団員たちが演奏する姿を見つめながら、レティシアは「すごい」とつぶやいた。
音楽だけを流すものもない世界で、いきなり動画へ一足飛びだ。
「流出して差し支えない場所を撮って、魔法師達に検証させてね。数分の映像を数十件ほど溜められる。貰った子機は二つ。最大十機まで同時接続できるらしいけどね」
「通信範囲は?」
「それがかなり広くてね。王都の端と端くらいの距離は十分視聴できる」
「それは……なかなか脅威の魔法具ですね。間諜にもってこいではないですか」
「娯楽用に持ってきたのに、すぐそう考えるのが、やはりウォールトンだね」
フレデリックが感心したように苦笑する。
レティシアは、領内の様子を見るのにいいと思っただけだ。他領に持ち込めば潜入捜査となる。
感心されるほどのことでもない。
「普通に贈り物として持ってきたようだよ。使い道をあまり考えず面白い道具が出来たと。欲しいと言えば売ってくれるのじゃないかな。我が国の庇護下にある小国でもあるし」
その調子だと他国にも持って行きかねない。
関係と立場で一番にこの国に持ってきただろうから、いまのうちに独占契約なり、改良のための共同研究なりで、流出しないようにした方がいいかもしれない。だがそれには需要と投資に見合うものを作る必要がある。
(でも見慣れた王城なんかを見せられても……最初は面白がってもすぐ飽きるだろうし。観光地の映像とか撮って流す? それはちょっと警戒されるか。王家が諸侯を監視しているように捉える人もいるかも)
なにかこう面白チャンネルみたいなのでもあれば別だけどと、転生前の記憶を思い起こしていたレティシアは、「あっ」とあることを思いついた。
「まとめて仕入れて、試験的に王立学園と王都の初等学校の子供に貸与できませんか?」
「レティ?」
「溝をなぞって起動なら、個人認証くらい表面に付与できそうですね? 撮る機能も溝への特定の動作なら、子供に渡す分は当面凍結しておきましょう。数分で短く授業をまとめたものを“配信”するんです」
王都の初等学校は平民のための義務教育だ。しかし子供も労働力なので、毎日通える子はまれである。
だが、広く基礎学力を身につけることは将来のためにもなるし、人材確保の面でも有益だ。
けれど平民だけに高価な魔法具を与えれば、必ず貴族が文句を言う。
「なので、国の基礎学力と高度教育のための施策として、選ばれし貴族が通う王立学園も対象にしましょう。目的も配信する中身も違うから、そう抵抗は起きないと思います」
「うん……でもなぜ貸与? そういうことなら貴族は買い上げで、平民は支給にしても」
「王立学園には下級貴族や平民特待生もいます。それに平民の親は高価な魔法具を売るかもしれません」
「なるほど。国の貸与品とすれば格差は気にせず、足がつくと転売抑止にもなる」
「はい。それに子供が家で見ていたら、親も興味も持つかもですよ」
魔法具自体、平民には珍しい。
「わたしも娯楽が増えたら嬉しいので、そのための改良もしましょう。親機間の連携や複数機管理……商会やギルドの決済魔法なんか実装できると……契約芸術家を募って視聴数で支援など色々と可能性も……」
「ちょっと待ってっ、レティっ!」
「フレデリック殿下、こちらを」
さっと、紙とペンとインクをティーワゴンにサラが用意する。
「君さ、本当にさ……見せたら、なにか面白いこと言うかなと半ば期待もしたけど……教育と文化振興は斜め上だ」
レティシアの話をメモしつつ、必要なことも思いつくまま書きつけているフレデリックにこそ感心する。
いつも思いつくまま話すだけのレティシアと違って、具体化することを常に考え、雑談では終わらせないフレデリックは本当に偉い。
「天使で優しくて賢くて……我が国の王子すご過ぎますね」
真剣な表情でペンを動かし、任せる人員候補までリストアップしているフレデリックをにまにまと眺めながら、成長を見守ってきたがゆえの褒め言葉が口をついて出たレティシアに、ぴたりと彼の手の動きが止まる。
「そう思ってくれる?」
「もちろん。いつも王子としての努力も惜しまないし」
「レティ……っ」
がばりと子供のように抱きつかれて、あらあらと完全に親戚のおばちゃん目線でレティシアは思う。
実際には、すっかり立派な青年に成長したフレデリックだ。
まるで懐いてきた大型犬に覆いかぶされた感じだけれど、似たようなものかとレティシアは考える。
大きくなってもレティシアと同じまだ十八歳だ。
一癖も二癖もある貴族の大人達の中で、王太子としてよく頑張っている。
享年二十五プラス現年齢気分で、レティシアは「えらいえらい」と心の中で言いながら、フレデリックの頭を撫でてあげた。さらさらした金髪が指に心地いい。
「君以外の婚約者なんて考えられない……」
「え、どうしてそんな話?」
「むしろいまの流れでそれ以外なにがあるかと、お嬢様」
ただ褒めただけなのに?
サラの言葉に、うーんとレティシアは首を傾げて、少しばかりフレデリックの体を押し戻した。
全力で寄りかかってこられるとちょっと重い。
「体格差!」
「ごめん、つい。でももう少し……いいよね?」
首筋に顔を埋められて、撫でた吐息の不意打ちにレティシアはぞくりとなる。
というか、これはもしや……甘噛みされている?
「殿下、ふざけ過ぎっ」
「フレッドって呼ぶのじゃないの?」
「どっちでもいいからっ! 本当に大型犬じゃないんだからっ」
「当たり前だよ、レティ」
コツンと額がぶつかり、鼻先が触れ合う。
その顔がぼやけて見える至近距離なのに、むしろ破壊力が増すのはどういうことなのか。さすがにこの近さは幼馴染でも頬が熱くなってくる。
「私のことを誰より見てくれているのは君だ、レティ」
「そ、それは……お、幼馴染ですから……」
「本当に閉じ込めておきたいけれど、君から家族を取り上げるのも気が咎める……危険も排除できた以上、明日から結界も解除するから好きに使うといいよ」
なにかさらっと不穏な言葉が聞こえた気もしたけれど、警護の必要がなくなったらしい。
塔にいていいよと言われた時はどういうことかと思ったけれど、レティシアを執拗に狙うような計画が出てきたらしく、塔で安穏と過ごしていたのは休暇と、危険がなくなるまでの間の警護も兼ねていた。
「もう大丈夫なの?」
「アレクが必要以上に頑張ってくれたからね。まあ褒めてあげていいんじゃないかな」
「え……危いことしてない?」
「いや、まったく。正直、私の部下でいてくれるのがありがたいね……」
はあっと、悩ましげな吐息が唇にかかって、そういうのじゃないのにレティシアは意識してしまう。
(サラが濃厚とか変なこというから〜)
「できたらこのまま逃げ切りたい。好きだよレティ」
逃げ切るってなにと思う間もなく、続いた言葉と額に口付けられて心臓が大きく跳ねて真っ白になる。
きっと親愛の情からの好意で、刷り込みだと思うのに……でも少しだけ、そうでなかったらいいのになとも思う。
不意にコンコンコンと、部屋のドアをノックする音に「時間切れか」とフレデリックはレティシアを解放した。
「もう少し融通きかせてもいいのじゃないか、マルク……」
ぼそっと低いぼやきに、またマルクだとレティシアは反射的に思った。
どうやら王太子の予定も把握しているらしい。何者なのだ本当に。
「じゃあまたね、レティ。これ置いていくから。私がもう少し君の娯楽になるものを撮ってあげる」
好きに使うといいよと言っていたし、そう言って去ったということは、結界解除してもまだまだここで休暇でいてもいいのかなとレティシアは考える。
「うーん、警護の必要がなくなったなら、お父様やアレクはきっと屋敷へ帰ろうって言うだろうけど」
なにしろ、ここは快適すぎる。
レティシア好みに整えられた、三食お茶付きの高級レジデンスだ。
それにいざなにかあっても王城の敷地内、王宮へ顔を出すにも便利だ。
「休める限りは休もうかしら? 出入り自由ならお友達も招いていいよね?」
ごく私的な離宮として、レティシアが一人静かに過ごしても、招きたい人だけ招いてもいいなんて最高すぎる。
「お嬢様のことをよくわかってらっしゃいますね、あの方は」
しみじみとつぶやき、お茶を入れ直しましょうと言ったサラに、「お願いね」とレティシアは答えた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。こちらで続編も完結です。
束縛されてるようなされてないような、なんとなくそんなプレイなような二人の続編でした。
楽しんでいただけたら幸いです。
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