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2-1.公爵令嬢レティシア・ウォールトンの再解釈

続編が浮かんで書きました。前回同様3話完結です。


「暇だわ……」


 お気に入りの寝椅子(カウチ)に横倒しになって、レティシアはつぶやいた。

 艶やかなマホガニー材が優美な曲線を描き、淡い青に白銀のダマスク模様が織り出された絹張りの寝椅子は、硬すぎず柔らかすぎず、絶妙な寝心地だ。


「王太子妃教育もないし、社交もないし、相談事に来る人もいないし……」


 控えめにいって、最っ高。

 くふくふと、少々気持ち悪い笑い声をレティシアは漏らす。

 彼女自身は怠惰を満喫しているが、しかし月光を紡いだ銀の髪と神秘的な藤色の瞳の美貌の公爵令嬢の姿は、傍から見ればまどろみに身を委ねる精霊(ニンフ)を描いた絵画のようだった。外見と内面のギャップが激しい。


「世の中、届いた招待状の数と多忙さでマウントを取り合うご令嬢も少なくないなか……本当にお嬢様は、面白珍妙なご令嬢でいらっしゃいますね」


 お茶が飲みたいとレティシアがうっすら思ったと同時に、きゅるきゅるとティーワゴンの車輪の音がして、香り高い午後のお茶がやってくる。

 読書に飽きてごろごろしているレティシアに呆れながら、侍女のサラがカップにお茶を注いだ。


「サラ……面白珍妙は少し失礼じゃない?」

「でしたら、“変なご令嬢”くらいにぼかしましょうか」


 レティシアは横になったままぼやいたが、サラは澄ました顔でそんなことを言う。

 全然ぼかしていない、むしろ失礼度合いは増したようにすら思う。


「あ、いい香り〜」


 鼻腔をくすぐるレモンのような香気に、レティシアは寝そべっていた身を起こす。

 その動きはおっとりと優雅だ。物心つく頃からの徹底した令嬢教育と王太子妃教育の賜物であり、骨の随まで優雅な所作が身についてしまっている。


「柑橘の香りね」

「東方から新しく届いた品です。私が“初夏にぴったりな爽やかさのあるお茶が欲しいですわね”と申しましたら、マルク様が仕入れてくださいました」


 マルクとは、この幽閉塔の看守兼専属管理人だ。

 ふわっと漠然とした要望にも完璧に応える、超絶有能執事のような人物である。


「あの人、本当何者なの……」

「さあ。でもまあ王家に仕えるお方ですし、ここは王城の敷地内ですから」

「そうだけど……なんでも“王家ですから”で済むものなの?」


 権力怖い。塔に収監された時から、部屋も、提供される食事もお茶も、ほぼ完璧にレティシア好みに仕上げてきていた。いまや快適すぎて、実家の公爵家より居心地がいいかもしれない。

 

(貴族牢ゆえに内装と設備は本人の希望が通るとはいえ、対応甘すぎない?)


 幽閉――貴族にとってそれは社会的な死。

 他者との交流が断たれ、自由を奪われることは屈辱の極み。

 しかし、八歳の時に転生を自覚した元社会人のレティシアは違った。

 見た目は令嬢、心は庶民。

 無限にだらだらと過ごしたい彼女にとって、ここはまさに楽園の塔たる高級レジデンスである。


「それに、明日は公爵様とアレク様が、“面会”にいらっしゃいますよ」


 サラの言葉に、レティシアはそうだったと思い出す。

 この塔は逃亡防止の結界が施され、王族と登録された運営警備の者以外は出入りできない。しかし、今月から家族との面会が許されるようになった。会うのは断罪されて以来だから、三ヶ月ぶりだ。


「お父様とアレク、元気にしてたかしら」

「お嬢様の“一発逆転名誉大回復祭”の事後処理でお忙しくされておりましたが、落ち着いたようです」

「一発逆転名誉大回復祭……って、私と一緒にいるサラが、どうして家族の状況を知ってるの?」

「マルク様が定期的にお知らせくださいますので」


 また、マルクだ。


「そもそも、幽閉罪人気分でいらっしゃるのはお嬢様だけです。もはやそういうプレイと心得ておりますが、正直そろそろ痛々し……」

「あー、お茶がおいしいなー!」


 侍女の言葉を棒読みの感嘆で打ち消し、レティシアは軽く現実逃避する。

 わかっている、いまが束の間の休暇のようなものだということは。


(断罪エンドされて終わる、悪役令嬢だったはずだったのに)


 レティシア・ウォールトンは、前世で読んだ恋愛小説の悪役令嬢だ。

 取ってつけたような断罪エンドを迎え、ヒロインをめぐる事件の場には必ずいた程度の描写しかない、なんとも雑な扱いの悪役である。

 物語のメインはヒロインと王子の恋と絆で、断罪後の記述もない。


(おかげで悪事に手を染めずに好きに生きられたし、いまもこうして暢気にしていられるけれど)


 小説の結末を知っていたレティシアは、処刑も国外追放も一家取り潰しもない『いい感じの処罰で断罪エンドを終える!』を目指し、それを実現させた――はずだった。


「フレデリック殿下が爆速でアリシア・バルドズ伯爵令嬢の目論見と伯爵家の悪事を暴き、お嬢様の協力あってのものと公表。こちらの幽閉塔も北の離宮と王家の私的別荘としましたから。愛ですわねえ」

「愛……違うの、あれは孵化した雛鳥が最初に見たものを親と思うようなものでっ」


 一ヶ月ほど考えての再解釈をレティシアが口にすれば、サラからひどく残念そうな目で見られた。

 本当に、仕える相手に忖度も遠慮もしない侍女である。


「まあ想定内ではありますね。むしろ最近では、あの腹黒王太子相手にどこまでと、楽しくなりつつあります」

「なんの楽しみなの……それに腹黒って、フレデリックは素直で優しい王子すぎて心配なくらいだけど? 義弟のアレクもだけど……将来国を背負うツートップがあんないい子達でいいのかしら」

「ソウデスカ、ソレハ失礼シマシタ」


 前世の記憶を思い出した直後、婚約者として引き合わされた第一王子フレデリック・アレクサンドル・ベネルは、病弱で周囲の期待も関心も薄い、半ば見放された王子だった。

 宰相家として絶大な力を誇るウォールトン公爵家の後ろ盾を見せるための仮初の婚約者なレティシアだったが、つい、前世管理栄養士だった知識と使命感で、彼の体質改善に取り組んでしまった。


(だってさ、贅沢でも虚弱児にとって劣悪な生活環境だったんだもの)


 丈夫になった王子は、あれよあれよという間に文武に秀で、政治も軍務もこなせる立派な王太子に成長した。

 いまやその罪深い美貌もあって、婚約者がいようと他国からの求婚や令嬢たちの恋心を集める、この国最高の結婚相手だ。

 そんな幼馴染のフレデリックが、最近になって急に情熱的なアプローチをしてくるようになったのは、適齢期になり長年の婚約者にそうすべきという刷り込みではないかとレティシアは思うのだ。


「急に……?」


 ものすごく怪訝そうに眉を顰めたサラを見て、出した結論への自信が少しばかり揺らぎ、レティシアは幼少期からの出来事を一通り思い返したけれど、やはりここ最近だと確信を深めただけだった。


「急にでしょう。毎日お花を贈ってきたり、お菓子差し入れたり」

「えっ、まだ理解そこですか……罪人でもないのに、ここにいてもいいと言われたことへの疑問は?」

「私が妃教育や社交に疲れてると思ってと警護上の理由でしょ? 断罪劇で貴族社会を騒がせたし。結局お父様による不穏分子摘発の罠に、私も彼も上手く乗せられてたみたいだけど」


(この国最高の結婚相手が餌では、成功間違いなしだろうけど……私の愛読小説のイメージが……)


 そもそも王子にハニートラップさせるってどうなんだろう……とレティシアは父親に呆れる。


「二度キスされましたよね? 内一度はまあまあ濃厚な、濃厚接触な!」


 私室とはいえ、なんて恥ずかしいことを声高らかに言ってくれるのだ、この侍女は。

 頬が熱くなるのを感じつつ、あれは違うとレティシアは否定する。


「あれはっ! 不可抗力ですっっ!」

「はあ」

「だって、推しが推しの姿で、押し迫ってきて、押し負けない方が難しくないですか?」


 ――つまり押せば、押し負けてくれるってこと?


「はい?」


 耳を打ったしっとりしたいい声に、レティシアは動揺から我に返って瞬きした。

 さっきまですぐそばにいた侍女がいなくなり、壁際にひっそり控えている。


「やあサラ。いつもながら有能な仕事ぶりだ」

「恐れ入ります」


 突然現れ、当然のようにレティシアの隣に腰を下ろし、優雅な所作でいつの間にか一つ増えていたカップを持ち上げて口に運ぶ。実家に帰省した大学生かと言いたくなるような寛ぎようで、王太子フレデリックがそこにいた。


「ところで推しってなに?レティ」


 婚約者の問いかけにすぐには答えず、レティシアは「サラ〜っ」と侍女を軽く睨む。

 どうして来たと知らせてくれなかったのかと念を込めて。


「大体わかって仰ってますよね?」

「君好みの顔であるらしいことは感謝しているよ」

「顔がすべてじゃないですからっ!」


(とはいえ、中身もしっかりしているからなあ……優しいし、王子としても優秀だし、人望もあるし……立派に育ってっ!)


 レティシアは八歳で転生前の記憶を思い出した。

 享年二十五歳プラス現年齢のアラサー目線で出会ったフレデリックは、親戚の小さな男の子のようなものだ。

 ゆえに、成長を見守ってきたおばちゃん目線が多分にある。

 幼馴染として、また前世で愛読していた小説のヒーローとして好きではあるが、そこに恋愛が入るのは正直、気恥ずかしい以外の何物でもない。


「そうなの? それでも別に私はいいのに。君がそう言うなら精進するよ」

「正直、それ以上立派になったら周囲が困ると思います……じゃなくて!」


(だから! どうして! 断罪エンド後の悪役令嬢なのに、王太子が毎日のようにやってくるの!)


 そう、レティシアは心の中で叫んだ。

お読みいただきありがとうございます。

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