9:第343飛行隊
4月16日 午後13時23分 日本海洋上 アルビオン海軍航空母艦「インヴィンシブル」
青と白で埋め尽くされた広大な大空ーー。
雲海との狭間で生まれる幾つもの飛行機雲ーー。
生身の人間では生存が許されない高空で二組に別れた戦闘機編隊が飛び交っていた。
『ノース-リーダーより全機、敵は速いぞ。気をつけろ!』
『こちらノース4!喰いつかれたーー誰か援護してくれ!』
音を置き去りにするほどの速度で飛び回るジェット戦闘機の群れは古典的な格闘戦を繰り広げていた。
アルビオン海軍機を示す白色の塗装を纏ったマーリン艦上戦闘機の一機を洋上迷彩の機体を追尾しているーー。
マーリンの性能、操縦士の技量が決して劣っているわけではない。
それを上回るほど洋上迷彩を纏ったF-35B戦闘機ーーを操るパイロットの技量は高かった。
陽光に照らされながら機体を翻し、必死に逃げ延びようと機動する“敵機”にヘルメットバイザー越しに映る照準器が重なる。
甲高い電子音が鳴り響き、操縦桿に取り付けられた無数のボタンのうちの一つを押し込むーー。
その瞬間に勝負はついた。
撃墜を示す単調な電子音と統制官の勝利判定に頬が緩んだーー。
『また殺られた!』
『ピートのやつ強過ぎるぜーー!』
訓練終了と同時に響く感嘆の声ーー。
ピートこと航空自衛隊空母航空団 第343飛行隊の守崎 隼斗一等空尉は勝利の余韻ーーを残しながら明るい声と共に無線を取り上げた。
『ーー訓練部隊よりインヴィンシブル。着艦許可を求める』
隼斗を含む四機の戦闘機は左エシュロン隊形を維持しながら雲を抜けた。
その先に広がるのは未だ冬の嵐が去りきらない荒れた日本海、そして波濤を越えながら航行する巨大な白亜の航空母艦ーーと護衛の駆逐艦の姿。
『着艦誘導員より訓練部隊、着艦を許可する。燃料の少ない順で来いーー』
色鮮やかに輝くディスプレイの一角に目を遣り、隼斗は言った。
『ーー燃料、残り210』
『340ーー』
『240だ』
『300だ。ピートからお先にどうぞーー』
隼斗が操る機体は編隊から突出し、緩やかに着艦体制に入っていた。
フラップ、そして車輪を落とし、空母甲板のアングルド-デッキで動き回るクルーの姿が見える。
隼斗はLSOこと着艦誘導員の指示と制御装置の元、強風を受け流しながら機体をホバリングさせながら着地地点へ進める。
三点着地ーー。
F-35は急速にエンジン出力を落とし、牽引車に曳かれながら航空機エレベーターに向かう。
エレベーターが下降し隼斗の視界は飛行甲板から格納庫へ移った。
整備員と会話しながら降り立った広大な格納庫にいるのはアルビオン機、そして自衛隊機であるF-35ーー。
「いずも」型航空機搭載母艦の建造が決定されてから統幕や海幕は帝国海軍が終焉し、空母の運用に関する専門的な知識や技術ーーつまりは失ったノウハウを一から取得する必要性に駆られた。
空母とは単なる容器に過ぎず、それを支えるノウハウや護衛部隊、そして兵站などが最も重要だーー。
実際、それを理解しなかった少ない新世界の海軍国家が手頃な軽空母を建造したものの、やがては無惨な失敗を遂げていた。
空母の研究は海上自衛隊創設以来、続けられていたが、直面したのはやはり運用方法、そして艦載機だった。
「ひゅうが」型でのノウハウがあるとはいえやはりヘリ空母と本物の空母ーー正規空母の勝手は違う。
ここで大きく役割を果たすのが同盟国たるアルビオン王国であった。
同国海軍が運用する空母インヴィンシブルは「いずも」型とほぼ同規模であることも踏まえて、およそ空母を運用する上で必要であろう要員を実習させることで即時戦力化を目指し、そして快くアルビオン海軍は受け入れていた。
そして後者の艦載機の選定ーー。
候補としてはF-15、F-2、そして国内でたった二機しかなかったF-35A/Bなる最新鋭のステルス戦闘機であった。
F-15は大柄すぎて不可能でありF-2の艦載機化も考えられたが元が陸上機であるが故に無理があった。
つまり取る道筋は一つしかなかった。
転移直前に購入した二機のステルス戦闘機のうちのB型は短距離離陸垂直着陸機であり防衛装備庁は昼夜を徹して日本版F-35の量産型の開発に成功し、つい昨年に実戦配備されていた。
統合運用の観点から「いずも」型を運用するのは海上自衛官、艦載機を運用するのは航空自衛官という方式が採用され、隼斗もそのうちの一人であった。
戦闘機や早期警戒機を操るパイロットだけでない。
航海要員から甲板上で動き回るクルーも教えを乞いながら、実際に作業している。
艦内の広い通路の先にあるブリーフィングルームでは同じ自衛官たちが既に着座していた。
末席に座ると同時に343飛行隊指揮官の渡辺 三等空佐が口を開いた。
「つい先ほど統幕より連絡が入った。とりあえず画面を見てくれ」
中央に設置された大型モニターに衛星写真が映った。
それもどこかの海軍基地を撮影したであろうーー。
「これはミレリヤ海軍の植民地ケンドランに駐留する艦隊の根拠地だ。上では来る戦役に向けて色々練っているらしいが政治サイドからここを奇襲できないかと通達が入った。つまりは古の真珠湾奇襲を再現できないかとのことだ」
室内にどよめきが広がった。
投機的な作戦が立案されていることはもちろん、敵の懐のど真ん中。ましてや分厚い防御網に覆われているであろう場所に殴り込みをかけようとはーー。
しかしだーー。
「母艦はどうするんです?まさか未完成の『いずも』を引っ張り出すとかーー」
隊員の一人の問い掛けに渡辺3佐は和かに返した。
「そのまさかだ。諸君らには今すぐにここまで飛んでもらうーー」
その指を指した先は洋上だったーー。