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新世界戦記  作者: アルビオン
第一章
8/31

8:出航 

4月14日 午前6時10分 日本国 佐世保基地 ヘリコプター搭載護衛艦「くらま」



未だ夜明けが間もない早朝、九州最大の軍港「佐世保」は旧海軍以来の由緒ある海軍基地だ。

平時では定期的に一般開放も為されて市民との交流も行われている。

だが今日は佐世保基地全体が慌しかった。

第2護衛隊群旗艦「くらま」も緊急出航が下令されてからは命の洗濯を楽しんでいた乗組員たちが呪詛を吐きながら母艦に給油や弾薬の搬入、食糧品の搭載などと補給作業を実施している。

「くらま」艦長の村川 慎二 一等海佐もその一人だ。

幹部らと共に航海計画を話し合い、佐世保司令部より派遣された連絡官と調整を繰り返している。

「補給品目、全て搭載完了。あとはボイラーの加熱を待つだけです」

「次、僚艦の状況について」

村川が目を飛ばすと共に士官が答えた。

「『まきなみ』、『さわぎり』共に出航準備完了であります」


ミレリヤ海軍の潜水艦が通商破壊をしたーーという凶報は既に日本社会、特に貿易関係を震撼させ、株価にもそれが表れている。

サドレアにおいての海上自衛隊は制海権と上陸支援を主体的に行うはずだったが、撃沈事件を受けて航路防衛ーーつまりは護送船団を組まなければならなくなったのだ。これについては政治サイドというよりは経済界からの圧力が要因していた。

彼等は恐れていたーー。

かつて太平洋戦争では連合艦隊が航路防衛を怠ったあるいはその余力が無かったことで本土は文字通り干上がり、深刻な資源不足に見舞われたことを記憶していた。


そこで護衛艦隊は航路防衛として地方隊に配属され、退役を待つのみとなっていた「はつゆき」型、既に主力艦としては能力に見劣りするようになった「あさぎり」型、そして「あぶくま」型を文字通りの“護衛艦”として投入することを決定していた。

だが本土防衛もあることから当然ながらローテーションとなる。

「くらま」ら主力護衛艦もその構成員に含まれていた。


127ミリ速射砲2基、対空、対潜ミサイル発射機を1基ずつと表面上は標準的な護衛艦だが、後部甲板の異常なまでに延長されたヘリ格納庫と細長い回転翼機発着甲板。

SH-60K哨戒ヘリコプターを最大3機搭載することができる「しらね」型。旧式とはいえ高度な対潜能力を持つDDHを抽出し、「まきなみ」といった第一戦級の戦力すらも加えるということは海幕の意気込みも相当な具合だ。


そして30分後ーー。

岸壁より曳船の補助を受け離岸した「くらま」は「まきなみ」、「さわぎり」を伴いながら南下を開始した。

目指す先は東サドレア海ーー。

その先に何が待ち受けているのか誰も知る由はなかったーー。


ーーー

午前10時40分 東京 市ヶ谷 防衛省



事態は切迫しているーー。

ミレリヤ軍との武力衝突として始まった事変は最早、紛争ーー戦争目前へと化し、頼みの綱の和平交渉もミレリヤ側による屈辱的な最後通牒の提示という形で決裂していた。

大河内内閣も戦争は避けられないーーと判断して挙国一致政権の樹立を模索し始めている。それもただの過半数獲得のためのものではなく、文字通り全会一致の大連立ーー。


一方、自衛隊としては事実上の戦争状態を受けて国内の陸海空全ての主力部隊をサドレア大陸へ動員する調整、そして何より作戦の立案など昼夜問わず市ヶ谷にある防衛省には将官たちが行き交っていた。


統合幕僚長:古賀 俊彦

陸上幕僚長:大浦 一平

海上幕僚長:江藤 淳太郎

航空幕僚長:新庄 道子


以上の四名を中心に今回開催されていたのは戦時の際の動員計画と作戦について、改めて突き詰めることだった。


「ーー動員される陸自部隊は第3、6、7、8、10の五個師団と第11、12、13の三個旅団。加えて陸上総隊の精鋭部隊や後方支援も含めるとおよそ10万名規模の動員となります」

10万名、それも戦争をする目的のために日本列島を超えて展開させることなど前代未聞だった。それほどの規模の兵力を展開せねばならないほど敵は強大ーー。

「第8師団を除く四個師団と第11、12旅団は空自の航空支援を受けつつ包囲網を形成。第13旅団は戦略予備として待機します。そして第8師団ですがーー」

中央のモニターに「おおすみ」型輸送艦が航行する姿が映し出される。

「海自の支援の元、水陸機動団をサドレア南部に強襲上陸させ橋頭堡を確保。続いて第8師団を揚陸させ、第二戦線を構築します」

同時に生まれる幕僚たちの驚愕ーー。

自衛隊は上陸作戦用として「おおすみ」型輸送艦を3隻保有しているが、その総力を持ってしても1000名をやっと搭載できるほどだ。

一体全体、1万もの隊員をどうやって運ぶというのかーー?

「『おおすみ』型や1号型輸送艇では到底足りませんが、有事の名の下、大型の高速フェリーなどの徴用船を動員いたします。また、戦時急造型の上陸用舟艇を多数建造中ですので十分実現可能と陸幕としては目論んでおります」

これが大河内政権が挙国一致内閣を模索する要因の一つでもあった。


未曾有の有事となれば現行法では到底対応できないことは明白だ。

今回の徴用関連法ですら多大な調整をかけながら何とか通すことができたのだ。

そして解散選挙をしようにもそれをするほどの余裕は今の日本にはなかったーー。


「続いて海上自衛隊ですがーー横須賀の第1護衛隊群に佐世保の第3護衛隊群の一部を加え増強します。また、各護衛隊群より『しらね』型ならびに『はたかぜ』型を抽出し、上陸作戦時の砲撃支援に当たらせますーー。潜水艦の運用についてですが敵勢力圏まで進出し、情報収集。主に敵艦隊への打撃、通商破壊などを実施しますーー」

そしてーー

「民間船舶の護衛、つまり護送船団が有事の際に編成されますがこれの護衛には主に地方隊が対応しますが各護衛隊群より護衛艦を抽出し対処します。海上保安庁の巡視船とも共同で船団護衛を実施するので船団護衛一回につき護衛艦一隻、旧式護衛艦二隻、小型護衛艦一隻の四隻体制を基本とし、これに海保側から大型巡視船二ないし三隻が加わります」

海上自衛隊の創設時からの理念『海上交通路の護衛』ーー。

先の大戦で日本が敗れた要因の一つに海上交通路や船団護衛の軽視があった。

艦隊決戦に志向するあまり商船警備が疎かとなり南方から日本へ向かうはずだった資源輸送船は各地で撃沈され、漸く船団護衛の重要さを認識した時には後の祭りだったのだ。

船団護衛については経団連からも並々ならぬ要望ーーというより要求があり、旧海軍の後継者を自負する海上自衛隊としての贖罪の意識もそうだったが、創設以来磨き上げてきた対潜能力を発露するーーという意気込みがあった。

とはいえ開戦初頭は西サドレア海に展開する敵主力艦隊撃滅に総力を上げねばならない現状、どうしても手薄にならざるを得なかったのだ。


大浦陸幕長が手を挙げた。

「江藤海幕長にお聞きしたい。例の新型艦ーー『いずも』でしたか?あれの投入はできないのですか?」

問いかけられると同時に江藤海幕長が苦い表情をしながら首を振った。

「造船所側に問い合わせたが艤装完了にはどう急いでも3ヶ月はかかる。作戦達成が一ヶ月から二ヶ月を目処にしているのならば開戦時には間に合わないし、投入できる時にはおそらく終盤に差し掛かっているだろうーー」


航空母艦ーー通称「空母」は名実と共に旧海軍以来の航空母艦として呉の造船所で「いずも」の名を命名されたあと、艤装中であった。

基準排水量3万8000トン全長265m、全幅46mにして速力30ノット。

件の新鋭機を運用することとなる「いずも」型は新時代の海上自衛隊の象徴となり得るのだーー。

艤装段階故にどう急いでも戦争に間に合わないのは明白だった。

しかしーーだ。

「海幕長。艤装の進捗のうち空母としての運用に必要なものは揃っているのか?」

古賀 統幕長が割って入った。

慌てながら資料を読み直す江藤海幕長ーーそして口を開いた。

「おそらく、ですが武装などやその他の装備品を後日装備にすれば間に合うはずです……!」

その口調には隠しきれない喜色の声色が混じっているーー。

当然だろうーー。

何しろ戦後海上自衛隊初の空母を実戦投入をすることができ、敵空母が戦線に投入された場合は空母機動部隊同士による”決戦“が行われるかもしれないのだーー。


一方、航空自衛隊ーー。

「航空自衛隊としては制空権の確保、各種航空支援、敵艦隊への攻撃を主任務としますがーー」

新庄空幕長がその鋭い目を古賀に向けた。

「やはりどう見繕っても官邸主導の”奇襲攻撃“が可能な過剰戦力は空自にはありません。ショー・ザ・フラッグをしたいのならせめて時期をずらして頂かないと……」

古賀は大きく頷いたのち答えた。

「そのことについては今朝、大河内総理とも議論を重ねたがやはり政治的には戦意高揚のため、古の真珠湾攻撃のような打撃を欲しいとのことだ。どうにか国内の残留部隊から抽出できないか?」

新庄は首を振った。

「それはどうにもなりません。我が空自からのサドレア派遣部隊は二個航空団規模。これ以上の派遣は平時のスクランブル業務だけでも手一杯ですし新たに有事が勃発した場合ーーはっきり言って不可能です」

訪れた沈黙ーー。

だがそこで古賀は一つの存在に思い至った。

そしてその眼は笑っているーー。

「海幕長。第343飛行隊は今、どこにいる?」


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>航海計画を話し合い、佐世保司令部より →航海計画を話し合い、佐世保地方総監部より >そこで護衛艦隊は航路防衛として地方隊に配属され、退役を待つのみとなっていた →そこで護衛艦隊は航路防衛として護衛…
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