3:異変
4月5日 午後15時10分サドレア亜大陸 日本開発区域西端
日は既に傾き始め、夜の訪れが近いことを動物たちは知っていた。
その中を一輌の高機動車は疾走していた。
測量を行っていた現場部隊と通信が途絶えたーーと探索部隊司令部が知ったのは定時連絡が途絶えてからのことであった。
詳細は分からないがどうやら長距離無線を大雨で水に晒してしまったことで故障し、事実上通信が途絶えた状況になっているが空中給油機を伴った哨戒機の発見で、現地部隊の生存が確認され新たな無線を送り届ける必要性が生まれた。
そして貧乏くじを引いたのは和人だった。
高機動車の助手席に収まりながら、「何で俺がーー」とボヤいている。
和人に加え、四名の隊員たちは交代で運転を変わりながら走行させている。
いかに荒地を走破できる性能を持つ高機動車とはいえこの揺れと来たらーー!
不快な動揺が来るたびに足元に立て掛けてある89式小銃が和人に寄りかかり、その存在を思い出させている。
連絡班とでも言うべきなのかーー?
和人らの任務は孤立中の分隊に無線機を送り届け、必要ならばそれを和人が指揮をしなければならない。
後部座席には主に食糧や補充用の燃料のほか、医療物資も山のように積まれている。
運転手の高橋士長が口を開いた。
「そういえば小隊長、女と別れたんですか?」
ギョッとした表情もそのままに和人は言った。
「何で知ってるんだーー」
そう返した和人に後席に座る小谷3曹がニヤけ顔と共に言う。
「小隊の連中はみんな知ってますよ、出立時に小隊長が格納庫の裏で泣き崩れてたの……」
苦々しい表情で睨む和人に同じく後席に座る松村1士が口を開いた。
「小隊長、うちの妹とかどうですか?美人ですよーー」
戯けながら話す松村1士を無視し、
本土から出発する直前に東京に居る恋人からの電話ーー。
『好きな人ができたのーー』と言われた直後から何を言い、そして聞いたのか覚えていなかった。
失意の和人を慰めるのは過酷なサドレアの地においての任務だったが今ほじくり返されるとはーー。
高橋士長を小突こうと手を上げた時、高機動車が減速した。
「おい、どうした?」
無言で前方を見つめる高橋士長の目線の先ーー。
「煙……」
分隊が活動する拠点から上る3条の黒煙ーー。
嫌な予感が和人を覆い始めていたーー。
十分後、高機動車が探索分隊が居たはずの高地の麓まで進出させた時にはただならぬ気配を一同は感じ取っていた。
戦場の匂いがするーーとは小谷3曹の言葉だ。
転移後、自衛隊ーーというより戦後日本初の国境紛争に従軍していた彼の言葉は実戦を経験していない和人らに重くのしかかった。
そして司令部の『調査せよーー』との命令。
同僚が生命の危機に瀕しているかもしれないーーという思いは確かにあったがこの少人数で、しかも小銃のみの武装で捜索するのは抵抗があった。
「弾倉を装填しろ……」
鬱蒼とした茂みを掻い潜りながら頂上を目指す。
左に目を遣れば比較的大きい川が流れている……。
息を殺しながら頂上へと続く茂みを掻き分けた時ーー。
銃声ーー!
何が起こったのか分からない和人が振り向いた時、胸を真っ赤に染めながら崩れ落ちる松村1士の姿ーー。
「松村……!」
身を伏せながら近づくも既に絶命しているーー。
松村1士を襲った方向に目を凝らすと同時に和人は絶句した。
一昔前のような迷彩戦闘服に身を包んだ銃を構える武装集団の姿。
下劣な笑みを浮かべる指揮官らしき男を認めると同時に和人はその男こそが松村1士を撃った犯人だと理解する。
指揮官が手を振り下ろした。
同時に銃を構える武装集団ーー。
『連絡班より司令部!武装集団に一名が銃撃され死亡ーー!』
無線回線を開き、続けて報告しようとした瞬間、断続的に銃撃音が響き始めた。
自動小銃と機関銃の射撃ーー!
暴風の如き銃弾の嵐は和人らを狙っているのに間違いはなかった。
今でこそ木々に遮られて狙いが甘いようだったが徐々にそれが正確になっているーー。
『司令部より連絡班、武装集団とはどういうことか?詳細な報告をーー』
状況を理解できない通信手に向けて和人は怒鳴った。
『我、武装集団と交戦中!大至急増援部隊を送れって言ってんだーー!』
身を潜めている高橋士長と小谷3曹に怒鳴った。
「応戦だ!撃ち返せ……!」
三名の行動は早かった。
ドッグタグをポケットにしまった和人は入隊以来、幾度となく触ってきた89式小銃のコッキングレバーを引く。
「撃てーー!」
30発弾倉に装填されていた5.56ミリ弾は軽快な音と共に射撃されていくが、武装集団から放たれる圧倒的な弾幕ーー!
「撤退だ、撤退!」
高機動車まで戻れーーと両名に叫んだ。
「いいか、俺がここで遅滞行動をする。お前らは先に高機動車に戻ってそこから援護しろ……!」
小隊長を残して先に行くのはーーと渋る両名を突き放し、空となった弾倉を取り替える。
駆け出す両名を尻目に和人は叫んだ。
「死んでたまるかってんだーーっ!」
89式小銃の咆哮ーー。
そして高橋士長らが配置に就き、合図を送るのを認めたと同時に和人は脱兎の如く駆け出した。
背後で指揮官らしき男が喚いている。
だがそんなことはどうでも良かった。
無我夢中で走り、あと100mもなかった。
「あーーっ!」
背中に熱い衝撃が走ったーー。
撃たれたーーと実感する間もなく前のめりに倒れ込む。
「小隊長っ!」
薄れゆく意識の中、最後に見えたのは高橋士長らが駆け寄る姿だったーー。
ーーー
午後16時30分 ミレリヤ帝国 首都ヴェリオン 総統官邸「エイザ-リョール」
『ご報告します、総統閣下。つい先ほどケンドラン植民地総督よりニホン軍の奇襲を受け、植民地警備隊はニホン軍と交戦中とのことですーー』