2:斜陽の帝国
どうもアルビオンです。
いつも感想と高評価ありがとうございます。
4月になりましたので投稿頻度は落ちますが、一週間更新を目指して頑張ります。
今後ともよろしくお願いします。
12月4日 午前9時46分 日本国 東京 駐日本ミレリヤ大使館
東京の空は雪雲が覆い、冬の厳しい寒さが支配するようになっている。
道を行き交う人々の服装も厚手のコートなどを羽織り、ポケットに手を突っ込みながら日常の風景と化していた。
その東京の一角、港区は日本が近代化を目指した明治期から大使館街という外交の館が立ち並び、それは転移を経たこの新世界においても同様であった。
旧ロシア大使館改めミレリヤ大使館。
かのサドレア戦争での和平交渉で日本側が要求した一つである国交の締結は反対する理由も特に無かったためミレリヤもこれに同意し、双方の首都に大使館を設置したが、これは友好関係の樹立というよりは双方の行き違いを防ぎ、事態のエスカレーションを避けるためとしての側面が強かった。
奇遇な運命もあったものだが、かつて日本の仮想敵国(諸説あるが)の一つであったロシア大使館の跡地にミレリヤは極東の蛮族ニホン人に自国の高等文明さを見せつけようとビルディング形式の大使館を建築したが、高層ビルが乱立する東京においては、その思惑は空回りしたーーと言って差し支えないだろう。
尤も、国交樹立前は日本がそのような高度文明国家であることを認知していなかったことが要因だろう………。
そう言う意味では、ヨーロッパのルネサンス建築を思わせる荘厳さが際立ったアルビオン大使館やその他の財政に余裕のある国家群の大使館は自国の建築という文化を雄弁に物語っていた。
そのミレリヤ大使館は双方の対立関係から過激な活動家の侵入を防ぐために常時、警視庁の機動隊が展開しており頻繁に訪れるデモ隊の罵詈雑言を一身に受けている。
その機動隊の背後の門より内はミレリヤ外務省の武装警備隊の隊員らが待ち構えており、優雅な噴水のある庭を隔てた奥に大使館はあった。
「全く、やかましいことですな。あの連中も」
最早、日常の風景と化した大使館を取り囲むデモ隊に呆れたように職員の一人が言った。
「そういう意味では本国に駐するニホン大使館に同情できるな」
雑談する職員らを尻目にハンナ-ニレヴェル-ラル駐日本ミレリヤ大使は本国に送付する電文の内容を作成していた。
『ーーかつて大戦に敗れたニホンは長年人間の本来の性質である闘争を放棄することで平和を保とうと試みたようであるが、大国間の狭間においては失敗しやがては陣営の一員として振る舞うようになった。そしてこの新世界においては特にサドレア戦争後、帝国や他の列強諸国と同じように対外進出を志始めているのは憂慮すべき点であり、皮肉にも帝国が眠れる獅子を起こしてしまったと言うべきだろう』
日本のそれに劣る性能の国産のブラウン管造りのコンピューターを使用するのは、帝国民としてのプライドもあるが、何よりは通信の傍受を避けることだろう。
この手の電子機器はミレリヤにおいてもまだ日が浅いが、最新機器に疎いハンナですら他国、ましてや“敵国”の機械に何らかの仕掛けが為されていてもおかしくないと理解している。
ハンナは執務室に置かれているニホン製の大型液晶テレビに目を遣った。
ちょうどニホンの国営放送が流されており、ニホンの首相が記者に取り囲まれている光景が映し出されていた。
『ケンドラン王国への防衛装備移転について一言!』
『ケンドランへの装備移転は主に装甲車や機関銃といった防衛的装備の輸出であり、ケンドラン側からも和平条約の屋台骨の再度の戦争を起こすものではないとバレンジ宰相からも確約を得ています』
『自衛隊の保有する戦車や艦船に酷似した兵器の輸出も見受けられるようですが?』
『戦車といった重装備については我が国の関与は技術支援のみであり、防衛装備移転に関する原則を導守しております』
『大河内総理!南方大陸への空母打撃群派遣ですが、ミレリヤ政府が反発していることについて一言』
『南方大陸への海自艦隊派遣は大陸諸国への親善訪問であり帝国政府の主張する砲艦外交ではありません』
『ーー以上のように大河内首相は就役したばかりの空母「かが」率いる空母打撃群についても触れ、ミレリヤの反発を差しとどめました』
ディスプレイには洋上を征くニホン海軍の象徴とも言い表せる空母艦隊が色鮮やかに映し出され、駐在武官の中でも海軍士官は顔を険しくさせていた。
航空母艦ーー。
数ある軍艦の艦種の中でも特殊な分類にされるこの存在は、とある戦争まで帝国海軍においては長年冷遇され続けてきたが、そのとある戦争で大損害を被ったミレリヤ海軍は予算不足から岸壁に係留されるままとなっていたアルガネン級重航空母艦にスポットライトを浴びせた。
皮肉にも帝国海軍の手痛い大怪我によって脚光を浴びることになった一番艦アルガネンと二番艦ゴルベルクは姉妹揃って大型ドックに入渠したものの、アルガネンは現役復帰が不可能なほど傷んでおり、同艦の部品をゴルベルクの補修に活用することでコストを抑えたとはいえ十分すぎる近代化改修を終えたゴルベルクであったが、空母を運用する上で欠かせない乗組員や艦載機搭乗員の育成から考えると本当の意味での戦力化はまだ時間がかかるだろうーー。
話を戻す。
南方大陸には無数の中小国が入り乱れ、ミレリヤは当然のこととして他の列強諸国も南方大陸に進出し植民地や従属国を抱えて権益の維持と拡大に務めているが、その南方大陸をニホンはフロンティアーー自国の商圏への取り込みを図っているようであった。
この国の政府は公式には砲艦外交……軍事による威圧ではないとしているが、それが建前であることぐらいハンナとて分かる。
本国の命令もあり、昨夜にはニホンの外務省の高官を呼び寄せたが、間抜け同然にしどろもどろに応じる肥えた中年男に毒気を抜かれたハンナらであったが、『今回の派遣任務ではミレリヤの従属国に対しては干渉しない』と確約を得ているがーーそれでも懸念点は残る。
それを本国政府ーーつまりは彼女の父にして現総統であるランヴァルド-リクシス-ラルに報告するのがハンナの務めの一つであった………。
ーーー
午後14時30分ミレリヤ帝国首都ヴェリオン総統官邸
ラル総統が定例会議を開く会議室に着いた時には閣僚も含め、全員が己を待ち構えていた。
「諸君、待たせたな」
警備兵に答礼し、上座に座ったラルは早速口を開いた。
「ではこれより定例会議を始める」
その号令の元、職員らは機械的に動き始めて正面の白壁に映写機は粗い映像を映し出した。
『先月の帝国の経済動向は相変わらず底辺を横ばいし続けているものの、軍需産業の更なる拡充により半年前よりも大幅に失業率は改善しております。民需では財閥を中心に利益が出ており、一年前と比べると労働者の給料の落ち込みは避けられデモ、ストライキ、暴動といった騒乱は減少傾向にあります』
『続いて植民地についてです。現在、帝国が抱える大小の植民地のうち、六つの地域で反帝国運動が加熱しており、総督府が筆頭となって鎮圧を進めていますが焼け石に水で一向に治る気配は在らずとのこと。特に敵国の侵攻を受けている植民地ティラユールは兵力不足が深刻であり、植民地兵を積極的に登用しているものの対価……給料を支払うかどうかについての問題で士気低下が顕著になっている模様です』
そして最後の議題であった。
『ーー続いてニホン情勢についてですが、御息女……駐ニホン大使からの電報によるとニホンは対外的関与を積極的に進めていることは明白でニホンにその意思が有ろうが無かろうが弱肉強食が前提である現在の国際秩序に亀裂が入ることは間違いないとのことです。これはケンドランの……現地人国家への関与や南方大陸への進出からも見て取れるようにーー』
進行役の職員の発言を閣僚の一人が遮った。
「すまんが要は何が言いたいのだ?」
『はっ。つまるところニホンは独自の勢力圏の構築を目指しているのです。現在は単なる経済圏としているようですが将来的には軍事勢力圏としてニホンがこの勢力の盟主となるべく行動しているように伺えるというのが大使の報告を元に分析した結論であります』
議場が騒めいた。
勢力圏の構築、すなわちニホンは『帝国』へと遂げようとしているのではないかーー?と閣僚らは疑念を持ち、強大なニホンの軍事力はそれを実行できるだけの力がある、と一同は恐怖したが、尤も日本としては単なる安定した経済協力圏を構築しようと意図しているだけで、閣僚らの疑念は杞憂に過ぎないことを明言しておかねばならないだろうーー。
議題は軍備拡充について移った。
戦死者1万名以上、負傷者は現役復帰不能な者を含めて3万名以上。
失った戦車や艦船、航空機といった兵器や植民地ケンドランの喪失地域を合わせて実に国家予算の三割をゆうに超えるほどの大損害であった。
そして幾つもの火種を抱えるミレリヤとしては一刻も早く軍を再編し、周辺国へ睨みを効かせねば他国に付け入る隙を与えてしまうーーというより既になっていた。
その上で宿敵ニホンとも対峙せねばならないことで軍需は帝国の経済を何とか維持しているが、際限のない軍拡は国家予算を圧迫し、さながら蛇が獲物を締め上げるように少しづつミレリヤ帝国という国家の喉元を締め上げていた。




