1:プロローグ
プロローグから数話、短めです。
それとケンドランの二章段階の地図、こちら側の都合で次話ですかね。
某月某日 未明 ミレリヤ帝国北部沖 エルベ監獄島
監獄島を覆い尽くす雷雨は息切れを知らないかのように雷を落とし続け、上空では一帯を常闇にすべく巨大な雨雲が監獄島を覆っていた。
それはさもミレリヤの現状を指し示すかのようにーー。
およそ二年前、偉大なるミレリヤ帝国は極東の一島国との戦役で何もかもを失った……。
そう喪ったのだーー。
単なる植民地獲得戦争であったはずのそれは、気がつけばミレリヤが経験したことのない“血の戦争”と化し、強大な力を誇った陸海空軍は大損害ーー壊滅と言っても過言ではない痛撃を受けた上での膨大な戦死者と残された遺族ーー。
それだけでない。
国家予算規模の資金が投じられた植民地ケンドランは、ディトランド連邦の“南侵”と現地人の一斉蜂起でその過半を喪ったーー。
元々、度重なる植民地獲得戦争と経済不況で財政的に苦しかったミレリヤは“サドレア戦争敗北”がトドメとなり、衰退の下り坂を転げ落ちるように進んでいる……。
だが、奈落の底まで堕ちなかったことは不幸中の幸いと言うべきかーー?
“敗戦”を受けて小ミレリヤ主義を掲げる現政権及び与党は不必要な植民地を切り捨てるあるいは友好国へ売却することで財政の負担を減らし、国土開発を実施し内需拡大による雇用の確保に努めたことで民衆大反乱は避けられたーー。
そして極東の島国……日本国とは事実上の講和条約締結を受けて国交を樹立していた。
双方の不信は二年と半年が経った今でも相変わらず解けていないが、表面上は単なる睨み合いで収まっている……。
再びエルベ島に戻る。
四方を荒海に覆われ島の境界は断崖絶壁であるこの孤島に存在するのはミレリヤで唯一の凶悪犯罪者を収容する監獄島であった。
テロリスト、大量殺人者、ギャングーーなどの一度でも外界へ解き放ってしまえば大混乱という言葉では済まされないほどの事態が起きる。
それを防ぐ上で絶海に浮かぶ監獄島は市民の安寧を護る砦なのであった。
だからこそ、ならず者共の脱走を防ぐために内務省国家警察本部は一個連隊規模の重武装部隊と脱走を企て次第、即刻射殺という至って単純明快な指令を与えていた……。
闇夜ーー。
月明かりさえ無い夜にある監獄島を照らすのは島の中央の塔から発せられる探照灯だけであった。
それを掻い潜るように動く幾つもの影ーー。
影の群れは雷雨に紛れながら島の外周を覆う大壁の一角にある塔に接近する。
「囚人726号って知ってるか?」
その言葉に影たちの動きは止まった。
まるで自身らがそれを知っているかのようにだ………。
「いや、俺は配属されたばかりだから知らんが。何をやらかしたやつなんだ?」
屋根の下で小銃を肩にぶら下げながら看守らは煙草を片手に談笑していた。
「俺も下っ端だから知らんが、噂によれば異国のとんでもない思想家らしい」
「たかが思想家でもこんな場所に連れて来られるとはソイツも難儀なものだな」
鼻で笑う新人に看守が続けた。
「それがな、世界各地でテロを繰り返して来た集団の首魁なんだとさ。確か名前はーー」
看守の言葉はそこで途絶えた。
そして数瞬も立たぬ間に頭から血飛沫を上げる新人ーー。
「看守二名を射殺……」
『ーー察知されてはいるまいな?』
ノイズの後に女の声が響いた。
「無論であります」
『よろしい。全チームは配置についた。貴様らは手筈通り”726“を救出せよ』
その言葉と共に影らは手持ちの銃火器を構えて地上に降りるべく梯子に取りついた。
……この場にサドレア戦に従軍したミレリヤ軍人が居れば、“影”の装備する銃は皆、自衛隊の装備する89式小銃のような先進的な銃あるいはミレリヤでも先月より配備が始まった新型小銃を思わせるものだと評しただろうが、小銃の先端部などには無数の突起物に照準装置や小型の擲弾発射器が取り付けられている………。
けたたましい雷鳴が轟き、雷光の筋が一瞬夜空を照らした。
見えたのは衝突防止灯を消した回転翼機ーー。
それが任務達成後に“影”らを回収する機体であった。
『支援分隊は所定の位置についた』
『こちら1号機。同じく配置に位置についた』
インカムを通じて友軍らの準備が整ったことを影ーー突入班は理解する。
照明器の眩しさに顔を顰めた突入班の隊員らはミレリヤ軍でも装備が始まったばかりの二眼式の暗視装置を外した。
皆、覆面を被り防弾ベストを纏った隊員らの容姿を外見から判別することはできなかった………。
「支援分隊の爆破と司令部の掌握を持って突入する。遅れるなよ」
「了解」
見る者が見れば”影“の洗練された動きは特殊部隊そのものであることを判断できただろうが、その所属などは当事者以外知ることはできないだろうーー。
”特殊部隊“、この言葉が新世界の軍事用語で特別な響きを持つようになったのはやはりサドレア戦争後だった。
かのサドレア戦争において日本軍こと自衛隊は陸上自衛隊の特殊作戦群や海上自衛隊の特別警備隊を持ってミレリヤ軍の重要指揮官を暗殺あるいは重要拠点の掌握などの戦果を挙げていたが、中でも特筆すべき成果はケンドラン独立の支援であろうーー。
これは先の国会答弁で明らかになったことであったが、日本が自国の平和と安定を維持するために幾度も特殊部隊を他国へ派遣したということは公然の秘密であったが無論、決して知られてはならぬ“作戦”は防衛機密保護法などに基づいて数十年は公開されることはないだろうーー。
これに感化された諸国は従来の正規戦一辺倒から非対称戦という概念への研究を始めていたが、植民地を保持するミレリヤなどの列強国は反乱の芽を摘むためにやはり存在している。
かつての”冷戦下“を思わせる大国間の思惑と諜報機関の暗躍という誰にも知られてはならぬ水面下の争いがこの新世界でも始まっているのだーーと専門家は警鐘を鳴らしたが、それの行く着く先に果たして未来はあるのかーー?という問いに答えられる者は誰も居なかった。
そして特殊部隊を保有しているのは国家だけでは無いということも頭に入れておかねばならないだろう………。
『支援分隊より全チーム、爆破準備完了。間も無く爆破するーー』
作戦はこうだ。
陽動として支援分隊の一派はエルベ島の幾つかの要所を爆破し、残るもう一派が制御システムが存在する監獄中央の司令部を制圧して凶悪犯を島に解き放つーー。
そして突入班は地下への扉から侵入して厳重に封鎖された最奥の牢屋から囚人726号と呼称される人物を救出するーー。
『5秒で爆破する。5、4、3、2、1ーー爆破……!』
周囲を揺るがす地響きーー!
破片が飛び交い、混乱する看守らに目掛けて銃弾の嵐を浴びせる。
「先頭に続け」
一帯を警戒しながら進む突入班の面々だったが、支援部隊が囚人たちを牢屋から解き放ったことで辺りは積年の恨みを看守に果たそうとする囚人らとそれを食い止めようとする看守たちの騒乱で突入班は抵抗らしい抵抗を受けずに己らの目標へ向かい進み続けていた。
そう囚人ーー。
あの戦争以来、ミレリヤは本国においても治安の悪化ーーというよりは“対立と分断”がより一層深刻化している………。
先の戦役では無数の戦死者遺族が生まれたこともさることながら、現政権の方針転換により放棄された植民地に投資していた者は破産し、慢性的にミレリヤを襲う不況は帝国に暗い影を落としていた………。
一方の日本ーー。
戦後日本が初めて経験した“戦争”は日本という国家を新世界の列強諸国から中小国に至るまで知らしめ、日本は否が応でもこの新世界における“大国”の一国として振る舞わねばならなくなったのである……。
再びエルベ島。
突入班の面々は囚人726号と呼ばれる人物への邂逅を果たすべく、地下深くに深層部にまで到達した。
「囚人が暴れ回っている!」「そんなことよりあの襲撃者は何者なんだ!?」
吐き捨てるように恐怖に怯える看守たちを処理し、進みゆく突入班。
「726、囚人726号だけは決して渡すな!」
喚き立てる鎮圧部隊指揮官が一人………。
「1-4、狙えるか?」
「やってみせます」と隊員。
7.62ミリ口径の小銃に取り付けられた中距離照準器を覗き込み、照準を看守らの指揮官の脳天に合わせるーー。
引かれた引き金。
そして血飛沫を上げながら崩れ落ちる敵指揮官ーー。
追い詰められ抵抗を続ける鎮圧部隊にトドメを刺したのは脇の隊員が放った携帯ロケット砲だった。
轟音と共に爆発した弾頭は例外なく看守らを吹き飛ばし、絶命させる………。
周囲を覆う硝煙と血生臭い匂い……。
ここに至るまで目を通して来た独房とは違い、見る者に威圧を与える鋼鉄の扉を備える独房。
看守から取り上げた“鍵”によって間も無く独房は甲高い軋みを立てながら開いた。
隊員の一人がライトを独房内に向け、周囲の騒乱を他所に不敵に座る囚人726号の顔を照らした。
「鳥が狭い籠から大空へ飛び立つ時が来たようだな……?」
男の声だった。
しかし聞く者に威圧感ーーそして高揚感を与える声質ーー。
「お久しぶりです司令官!」
独房から進み出た男は直立不動で迎える隊員らの肩に手を置いた。
「良いか同志たちよ……新世界をこじ開ける“鍵”は我らのためにあるのだ。この新世界に革命を起こすためのなーー」
分かる人には分かると思いますが本話は某名作FPSゲームがモデルです。
しかし本章がそのストーリー通りに物事は動くとは限らないのだぞ……?同志よ。