19:ノダ-ヴィア
お久しぶりです。
ぼちぼち終盤に差し掛かってきました。
変更点としてミレリヤ軍の機甲部隊はドイツ軍のように装甲師団や旅団とします。
同日 午後15時45分 ノダ-ヴィアの森
会戦開始からおよそ五時間ーー。
戦闘の様相は当初は一見一進一退のように思えたが、ある恐るべき凶報が伝達されると共にケンドラン方面軍司令部は文字通り凍りついた。
『ーー第16装甲旅団がノダ-ヴィアの敵砲兵によって攻撃を受けているーー』
「まさかあの僻地にそれほどの価値があるとは……」とは幕僚たちの言葉だったが、無理もないだろう。
日本側が人工衛星や偵察機を駆使して現地の地形を完璧に把握しているのに対して、ミレリヤは技術的要因から人工衛星なるものはようやく打ち上げを始めようとする最中で、自慢の高性能偵察機も航空優勢を取れないとなるとバタバタと撃ち落とされていた。
白羽の矢が立ったのは北部戦線の主力のカーダス率いる第25師団であった。
黒煙を噴き上げながら帰還した偵察機の情報によればノダ-ヴィアの森に展開するニホン軍は僅か二個連隊程度で、斥候の情報がそれを確かなものとして裏付けていた。
そして沈み始めた太陽に紛れて密林に包まれた丘を登る第25師団の歩兵らを監視する一団があった。
第13普通科連隊の隊員たちであった。
彼らは自衛隊唯一の山岳部隊として訓練が施され、登山に疲労するミレリヤ兵を見下ろしていた。
巧妙に隠されたいくつもの塹壕には数名ごとに分散し、機関銃のキルゾーンを形成するのが作戦であった。
榎本 士長もその一人だ。
彼は89式を手元に置く代わりにM2重機関銃に取り付いていた。
傍には隊員らが分隊支援火器や89式を抱えてている。
そしてーー。
「コレを使うぐらいなら死んだ方がマシ」と古参兵が真顔で断言した隅に放置される年代物の機関銃ーー。
62式機関銃ーーそれが正式名称だった。
だが、こいつはまさに陸自の汚点と言っても過言ではない欠陥品で、『ろくに言うこと機関銃』『分隊自滅火器』などの悪名を持つ武器で、恐るべきことに撃てば一瞬でジャムるこの悪銃がなぜここにあるのだろうと誰もが首を傾げていた。
話を戻す。
赤外線カメラに映る敵兵との距離が縮まりつつあるのを認めた13普連の隊員たちはコッキングレバーを引き、号令を待つばかりとなった。
「敵歩兵部隊、防衛線に侵入!」
その瞬間、隊員の一人が乱雑に無数の配線が繋がれた機械のスイッチを捻った。
ドーンッ……!
湧き起こる衝撃波とそれに続く爆風ーー。
それはミレリヤ兵らにとって青天の霹靂も同然であった。
彼らが踏み込んだのは凶悪な地雷原の一つで、何が起こったのか理解することもなくミレリヤ兵の意識は閃光と共に途絶えた。
「撃てーーッ!」
密林の中から起こる無数のマズルフラッシューー。
地雷爆破からの混乱から立ち直れていないミレリヤ兵を続いて襲ったのは無数の弾幕であった。
特にM2重機関銃の射撃は凶悪だった。
身体のどこかに当たりでもしたら肉体ごと貫通し、痛覚を理解した兵士が絶叫を上げるーー。
ケンドラン方面軍の古株である第25師団将兵にとって、陸上自衛隊との戦闘は未知との遭遇に違いなかった。
彼らは反乱軍とのゲリラ戦を経験した戦歴こそあれど、戦車が進めない森林のしかも山岳部での戦闘の経験はなかった。
そこがカーダスの誤算であっただろう。
だがカーダスを弁護するのであれば、彼が学び、そして経験してきた”戦争“というのは平原での『会戦』であって、いわゆる山岳戦や森林戦というもの自体、ミレリヤ軍の教本には無かった。
したがってーー。
「やむを得ん。兵を後退させろ」
正しい決断だった。
前線部隊には敵砲兵の猛攻撃も加わり始め、人海戦術で押し切ろうとすれば師団そのものの戦闘能力を失いかねなかった。
巧妙に隠蔽された狭い司令部の中にカーダスと彼の参謀たちは戦況図と大まかな地形図とを見比べていた。
攻撃部隊からの報告によれば敵は機関銃と砲兵、地雷の組み合わせで守備にあり、歩兵による突撃が無意味であることに改めて悟った。
そして航空支援を得ようにも、空軍はサドレア上空の制空権を奪取しようと必死で地上軍支援は限定的なものとなっており、制空権争いは我が方の不利とのことだーー。
「作戦を変えよう。現状、我々が成すべきことはノダ-ヴィア奪取というよりも地上軍攻撃の妨害の方が有効だろう……参謀長、砲兵の状態はどうか?」
「はっ。砲兵連隊は士気練度共に良好。ただ懸念点として、少なくない砲弾を主力部隊に譲渡しているため充足率は8割程度でありますがーー検討しているのは戦車連隊を自走砲兵として転用することであります。榴弾を使えば十分でありましょう」
カーダスは頷いた。
「全軍の展開を終え次第、総攻撃を開始する。一気に畳み掛けるのだ」
対して陸自側ーー。
ノダ-ヴィアを守備する中央即応連隊と第13普通科連隊もまた陣地を整備し、各々の装備への手入れを入念に行なっていた。
時折、雷鳴の如く轟く音はミレリヤ軍の榴弾砲が着弾する爆発音だ。
中央即応連隊の隷下一個中隊を率いる小原2佐は無線機を片手に深刻な面持ちで話し込んでいた。
内容はこうだ……。
ノダ-ヴィアを守備する二個連隊は敵の第一次攻撃を退けたが、迎撃戦で多分に弾薬を消費してしまい第二波に対応できても第三波となると到底足りないとのことだ。
加えて、攻撃機あるいは戦闘ヘリの支援は主力戦線に出払っており、手持ちの航空戦力は僅かな数の武装したUH-1に過ぎないーー。
「ーーそもそも会戦はどうなっているんですか?当初の予定では爆装P-3Cの支援が受けられるはずでは……」
『ーー小原2佐。会戦の動向がそれを許さない……。ノダ-ヴィアは確かに戦略的要所だが、幕僚連中の予想に反して奴さん共はこちらに一個師団だけ貼り付けて、その他の戦力は全力を持って主戦線に叩き込もうとしている。地上軍の戦力で劣る我々は主戦線に注力せざるを得ないし、物理的にこちらも主戦線に戦力を注ぐ状況となれば最早、このノダ-ヴィアの価値は特科部隊の砲撃だけだ。第7師団と第11旅団が包囲網を形成し終えない限り、我が連隊と13普連はこのままジリ貧だろう……』
連隊本部からの悲痛な言葉に小原2佐は空を仰ぎ見た。
流星ーー?
日が沈み、暗くなった空に浮かぶ一筋の光ーー。
それは数瞬の後に無数の飛翔体として次々と出現し、夜空を覆うーー。
違う、敵の攻撃だ……!
そう理解した瞬間、流星群ーーロケット弾や榴弾は巨人が拳を振り下ろすかの如く、大地を揺るがした。
「敵襲、敵襲ーー!」
「伏せろ……!伏せるんだーー!」
陸自が装備する155ミリ榴弾砲が子供に見えるほどの怒涛の爆発ーー。
ミレリヤ軍が放った203ミリ砲弾は各地の防御陣地を貫き、高威力ロケット弾は強烈な爆風で木々を吹き飛ばし、その破片が隊員たちを打ち付けるーー。
「止んだのか……?」
粉塵で辺り一体が土埃の世界と化す中、至る所から衛生兵を求める声が響き始める。
倒れた木々によって崩れかかった陣地から這うように抜け出した小原2佐は思い出したかのように土で薄汚れた無線機を取り上げた。
「中隊より連隊本部!応答を願う、繰り返す応答をーー!」
部下に損害報告をさせる最中、小原2佐は呆然と立ち尽くしていた。
ここに”運命の一弾“と呼称される偶然が起こっていた。
小原2佐は知らなかったが、ミレリヤ軍第25師団が放った203ミリ砲弾は不幸にも連隊本部に直撃し連隊長以下司令部要員は即死していた……。
かくして中央即応連隊は指揮系統が寸断されることとなったがーー。
カーダスは陸自側の苦境を知っているかのように全兵力を投入した。
「ミレリヤ軍の総攻撃を確認……!」
地獄の釜が開こうとする音を小原2佐は聞いた気がした。
既に一帯は闇が支配する世界となっていたが、カーダスは単眼式の暗視装置を装着し最前線であろう小高い丘の中腹部を見つめていた。
同士討ちーーつまりは味方への攻撃を覚悟の上で砲兵部隊は”最前線”への砲撃を繰り返している……。
第25師団はこの総攻撃に文字通り全兵力を投入していた。
総攻撃の前に一斉砲撃で敵軍を混乱させたのち、隷下三個歩兵連隊を主軸にノダ-ヴィアの森を構成する丘陵を正面と北部から突撃させ、敵の戦力の分散を強いたのちに機動力に優れた軽戦車を押し立てながら急遽編成した歩兵大隊が比較的傾斜のなだらかな南部より攻撃する……。
自衛隊側は未だ気づくことはなかったが、ノダ-ヴィアから放たれた155ミリ弾は偶然にもケンドラン方面軍の第16装甲旅団司令部に直撃し、旅団長以下彼の幕僚たちは皆死んでいた。
これを大変脅威と捉えたこともあったが何よりもケンドラン方面軍は第7師団及び第11旅団の旋回運動に驚愕し、包囲網が形成されつつあるのを文字通りの危機として捉えていた。
すなわち、第25師団は直ちにノダ-ヴィアを陥落させ背後より攻撃を加えよーーというのが安全なヒガリに陣取る方面軍総司令部の言い分であったが、前線司令部からするとそれは前線を知らぬ楽観論として受け止められていたが、方面軍司令官の癇癪が爆発し、自らに抗命罪が降りかかることを恐れて誰も逆らおうとする者はいなかった。
今の戦況でのノダ-ヴィア奪取にやはりカーダスも懐疑的であったが、後世の戦史家たちの間ではもし第25師団がノダ-ヴィアではなく左旋回を行おうと北上する陸自第11旅団に対処していたのなら、会戦の結果はまた違ったものになっていたと評されているが、そうなることは無かった……。
ーーなおも砲撃は続いている……。
地響きの如き着弾音が身体の芯まで響くのをカーダスに随行する数名の幕僚は顔を顰めていたが、彼は動じることなくただ黙々と暗視装置を覗き込んでいた。
「参謀長、どうも敵の様子が変だと思わないか?」
とっくに老境にある腹心を呼び寄せた。
「私はもう遠目が効かんので良く分かりませぬが、確かに十分な防御を取れているとは言えませんな。あれほど強力なニホン軍にしては指揮統制が行き届いていないというか……」
ミレリヤの指揮統制が不十分であるという皮肉を込めた発言にカーダスは笑ったが、その目はどこか遠くを見つめていた。
『もしや……』
湧き起こった疑念を証明すべく、カーダスは言った。
「あの地点を左右から攻撃を仕掛けろーー」
そして数分後のことであった。
『33-1地点のニホン軍部隊の後退を確認……!』
その報告と共にカーダスは自身の推測が正しかったことを確信した。
「どういうことでしょうか?」と言う周囲。
おそらくはニホン軍は撤退したに違いないと漏らしたのちにカーダスは命令を下した。
「全軍、突撃ーー!」




