18:大会戦
地上戦は後、2〜3話続きます。
6月13日 午前7時40分 サドレア大陸中部
……会戦の機運が熟しつつあるーー。
世界各国の陸軍将兵らが士官学校あるいは一般兵教育所で学ぶ会戦は時代の流れと共に起こる回数は少なくなっていた。それはやはり戦闘の流動化と機動戦に起因するのだろうが、会戦の一つの形態として”決戦“があった。
これは一方が望んでも敵手が望まねば決して勃発しないものであったが、6月13日のサドレアの地においての大会戦はまさにそれであったと言えるだろうーー。
日本自衛隊としてはミレリヤ軍の抵抗の意思を挫くべく、大戦果を上げることを望み、対するミレリヤ帝国軍も蛮族の東進を阻み打ち砕くという決意があった。
後世の戦史家たちは自衛隊…‥”日本軍“の用意した地上兵力がミレリヤのそれに対して少ないことに着目している。
北から布陣する順番に第11旅団、第12旅団、第3師団、第6師団、第8師団、第7師団とさながら古の戦国武将武田信玄が用いた鶴翼の陣と呼ばれるものであったが、これに対してミレリヤ軍ケンドラン方面軍は第25歩兵師団、第34歩兵師団、第16機甲旅団、本国からの増援の第47機械化師団、第2装甲師団、第31歩兵旅団、第29歩兵旅団と、陸自およそ五万名に対してミレリヤ陸軍は八万名規模と明らかに自衛隊側は不利であった。
だがこれ以上の兵力を用意するのは物理的に不可能な話だった。
それ故に陸自の作戦計画としては機甲部隊である第11旅団と第7師団を南北から旋回するように攻撃を仕掛け、やがて包囲殲滅するというものだったが、地形に起因する大きな障害があった。
サドレア中北部のノダ-ヴィアの森だ。
これはこのサドレア平原を見下ろす高地にあり、このノダ-ヴィアを制した者が会戦を制すと言っても過言ではないだろうーー。
そのノダ-ヴィアを突いた尖兵が中央即応連隊だった。
彼らはノダ-ヴィアに居座るミレリヤ軍が1個中隊程度の小兵力と察知するや否や、山岳戦に長けた13普連と共同で強襲をかけたのだった。
ドドドド……!
AH-1Sコブラの暴風の如き近接支援ーー。
彼我の距離は100mに満たない至近距離。
森林地帯に起因する膠着を破ろうと同士討ち覚悟の上で攻撃ヘリを呼んだのだ。
二人の子供を持つ小原2佐も自ら89式小銃を手に取り、隊員らを鼓舞し続けていた。
そして敵陣地で慌てふためくミレリヤ兵を目に認めた後、小原2佐は叫んだ。
「総員、突撃ーーっ!」
木々や塹壕を飛び出した隊員たちは蛮声を上げながら敵陣地へ疾走する。
各々が抱える89式の先端には銃剣が取り付けられ、鋭い光を放っているーー。
鬼気迫る形相で陣地に飛び込んだ“ニホン兵”にミレリヤ兵たちはなす術もなかった。
ただでさえ繰り返される猛攻に士気を失っていたミレリヤ兵は次々と陣地から逃げ出し、脱兎の如く逃走を始めた。
小原2佐もまた頑強に抵抗を続ける敵兵に射撃を浴びせたのち、ボロボロとなった敵陣地を目にして驚いた。
連中は銃器をほっぽり出したばかりか、陣地の作り具合から見るにこのノダ-ヴィアの地を大した重要拠点と見ていなかったのかーー?
泥に塗れたミレリヤ軍の主力小銃と思しき自動小銃を手に取り、小原2佐はその重量に顔を顰めた。
普段持ち慣れている軽量な89式に対して、この小銃は金属部品を多用しているからか、AK-47を思わせる堅牢な造りに見えた。それ故にこうもズシリと重いのだろうがこの重さに好んで使おうと思う自分はいなかった。
「雨か……」
ポツポツと降り出し始めた雨粒と上空の薄暗い雲を見つめたのち、小原2佐は呟いた。
「嵐の予兆ーーいや、まさかな……」
遠雷が轟き始めていた………。
ーーー
午前9時40分 ミレリヤ軍ケンドラン方面軍 第2装甲師団
ーー攻勢をかけたのはミレリヤ軍だった。
大平原を疾走するのは見渡す限りの戦車の群れーー。
黒虎を意匠とした師団旗を掲げた装甲車をミレリヤ軍人がそれを目撃すれば、一体何処の部隊であるかこう即答できるだろうーー。
第2装甲師団ーーまたの名を暴風軍団と。
大地を疾走する鉄の獅子はミレリヤ陸軍主力戦車ヴェルガー3の姿こそあったが、それはどちらかと言えば少数であると言えるだろう。
戦車部隊の主力を構成する、重厚な威容を見せつける戦車ーー。
それこそが「ゼータ-ノルド」戦車と呼称されるミレリヤ陸軍の最新鋭戦車だった。
避弾経始を意識した流線的な造形のヴェルガー3に対して、ゼータ-ノルドはおよそ避弾経始などという考えを無視したかのように思える直角的な砲塔にはヴェルガー3の115ミリ滑腔砲よりも更に攻撃力が増した125ミリ滑腔砲が据え付けられている。そして戦車を覆う象の厚い皮膚を思わせる重装甲の上に、更に爆発反応装甲と呼ばれるタイルのような板状のそれが至る所に貼り付けられている。
ーー去るアフェリカ大陸での植民地を巡る戦役では、ミレリヤ領を掠め取ろうとする、とある列強国に対して送り込まれたヴェルガー3が遭遇したのは未知の強力な大型戦車だった。
そして恐るべきことにヴェルガー3から放たれた115ミリ徹甲弾を敵戦車の装甲は難なく弾き返し、直後に放たれた主砲弾はヴェルガー3の正面装甲を容易に貫通し、砲塔を噴き飛ばしたのだ。
戦役自体は制空権の確保で辛くも勝利を手にしたが、軍部首脳はこれを大変重く捉え、新型戦車開発を指示。
そこで誕生したのがゼータ-ノルドであった。
その高性能さから調達価格はヴェルガー3の二倍以上となっており、目ぼしい敵対国もごく少数であることから配備は装甲師団といった機甲部隊が装備するのみとなっているが……。
ともかく、このゼータ-ノルドはサドレアの地において無敵を呼号するのだーーという神話をミレリヤ軍将兵は全面の信頼を置いていた。
第2装甲師団前衛部隊の第121戦車連隊の戦車小隊 小隊長のレムロス少尉は車長席から身を乗り出し、土煙を巻き上げながら進軍する自軍に頬を緩めた。
“国境会戦”では現場部隊が慢心していたことや制空権を獲得していなかったことで敗北したが、このサドレア中央ならば空軍の支援を得られるーー。
おそらくは今頃ニホン空軍を撃滅すべく我が軍戦闘機が飛び回り、やがて対地攻撃機の強力な支援が訪れるだろうーーと若い青年少尉は思いを馳せていたが、彼……いや、彼らミレリヤ人にとって不幸なことにニホン空軍こと航空自衛隊はF-15やF-2といった高性能機を有し、操縦士たちの技量も世界最高水準で、“レムロス少尉の想像する航空優勢”を獲得するのは不可能な話だったのだ。
しかし、いつ接敵するのだろうかーー?とレムロス少尉が思案したとき、答えは訪れた。
ドォンーーッ!
突如、右翼を走行していた味方戦車が爆炎に包まれた。
あまりの状況に呆然とするレムロス少尉に事態を解らせたのは立て続けに爆発する味方車輌であった。
「敵の攻撃だ!砲手、敵は見えるかーー?」
ややあって応答があった。
「見えました!距離はおよそ4000mであります」
なんて精密射撃だーーと愕然するレムロス少尉に砲手は怒鳴った。
「少尉、撃ちますか!?」
「あ、あぁ。撃て、とにかく撃ち返せ!」
狼狽える新米少尉を目覚めさせたのは自車の発砲音だった。
それだけで彼の動揺は覚めた。
『連隊本部、連隊本部!ニホン軍の攻撃を受けているーー!こちらは第14戦車小隊のレムロスであります。敵戦車部隊の強力かつ精密なる攻撃を受けてーーー』
だが無線はそこで途切れた。
レムロス少尉は自らの身に何が起こったのか理解する暇もなく、155ミリ榴弾砲の一斉射撃でこの世からの生を絶たれたのだったーー。
「敵戦車部隊沈黙を確認ーー」
第121戦車連隊を襲撃したのは第3師団の戦車大隊と特科大隊であった。
特に戦車大隊は小高い丘陵から狙い撃ちしたことで、夥しい数の損害を敵に対して与えていた。
「前進開始!」
ブウゥゥン……!
重々しいエンジン音に比例するように10式戦車は勢いよく前進を開始した。
第3戦車大隊隷下の戦車小隊の宇野准尉が座乗する10式も国境会戦以来から運命を共にする“相棒”であった。
砲塔には撃墜マークならぬ撃破マークが数多く描かれていることこそが戦果の証明だろうーー。
車長席から身を乗り出し、眼前に広がる光景を目の当たりにした宇野准尉は息を飲み込んだ。
「すげぇ……」
前衛部隊が壊滅しようと蟻の群れの如く押し寄せるミレリヤ軍ーー。
戦車を押し立て突進する敵機甲軍に陸自は155ミリ榴弾砲や多連装ロケット砲といった重兵器で長距離攻撃に徹し、敵軍に多大な出血を強いている……。
この大会戦が始まる直前、自衛隊サドレア派遣部隊総司令官 大村 源太郎 陸将はこの会戦こそが戦争の趨勢を決すると判断し、次の訓示を残している。
「今次戦闘は単なる会戦に在らず。この戦役の勝敗を決する決戦である!全ての訓練はこの時のためにあったと心得よーー!」
私事ですが修学旅行でしばらく執筆もできなくなると思いますが、ご了承ください。
今後とも本作をよろしくお願いします。
感想と高評価、ありがとうございます。
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