15:アナドリア沖海戦 後編
ふぅ、間に合った……
6月5日 午前10時08分 アナドリア沖 海上自衛隊 サドレア派遣艦隊 第2護衛隊群
ヘリコプター搭載護衛艦「しらね」を中心に輪形陣を組む艦隊が、迫り来るミサイルの群を察知したのはやはりイージス艦だった。
『「きりしま」より艦隊、対艦ミサイルと思われる高速飛翔体が接近。指示を乞うーー!』
司令部要員が入ったことで手狭になった「しらね」CICにて速水 海将補は無線を取り上げた。
『全艦、対空戦闘開始。連携しつつ叩き落とせ!』
最初に防空の口火を斬ったのは艦隊前衛に付く「きりしま」だった。
「敵ミサイル第一波24基はマッハ1.5の超音速で接近!」
殺意を持った誘導弾が飛んでくる中でもCIC要員たちは訓練通り冷静に対応していた。
艦橋側面に大きく貼り付けられたSPYレーダーは敵ミサイル群を探知して以降、一度もロストすることなく正確に捉え続けている。
「対空戦闘ーー!目標、敵ミサイルα群。SM-2攻撃始め」
「了解、CIC指示の目標。攻撃始めーー!」
前後甲板に埋め込まれたVLSの蓋が開くと同時に、立て続け様に艦隊防空の要であるSM-2が飛び出してゆく。
垂直に撃ち出されたSM-2はイージスシステムの元、飛翔を開始した。
かつてはソ連海軍の波状攻撃を防ぎ切るために開発されたイージスシステムはアメリカと物理的に寸断された今に至るまで日々改良が続けられているーー。
CICのディスプレイ上ではSM-2の航跡を捉え続けている。
「命中まで4、3、2、1ーー命中!全弾命中しました……!」
CIC要員の喜色ばんだ歓声ーー。
だが喜ぶにはまだ早かった。
『ーー哨戒ヘリより全艦!敵ミサイル第二波の接近を探知。その数70……いや84基ーー!』
SH-60Kからの通報があろうと速水海将補はあくまでも冷静だ。
イージス艦らはその持ち前の能力でスタンダードミサイルを発射し続けているが、ミサイル第二波はジリジリと迫り、やがて個艦防空圏内まで達しようとしていた。
「本艦も対空戦闘ーー!目標、敵ミサイル第二波。CIC指示の目標、諸元入力ーーっ」
高速で移動し続ける輝点を見据え艦長の池上1佐は言った。
「シースパロー発射機旋回完了。データ入力………よしっ!」
ヘリコプター格納庫上の八連装発射機が待つのは命令のみーー。
「シースパロー発射始め!」
閃光ーー!
轟音と共に白煙を曳きながら空中へと飛び出してゆく。
「命中!命中!」
同じく僚艦の汎用護衛艦が放ったシースパローも次々と命中するーー。
「敵誘導弾は更に接近!」
だが撃ち漏らしたミサイルが強力な防空網を掻い潜りながら20km圏内に突入し始めていたーー。
「4基が本艦を指向しています……!」
担当士官の一人が悲鳴も同然に叫んだ。
超音速で迫るミサイルにとって、たかが20kmは至近距離だーー。
「主砲で対応ーー!目標敵誘導弾4基、撃ちぃ方始めーーっ!」
ダンーーッ!ダンーーッ!
重厚な発砲音を轟かせながら弾幕を浴びせ始める。
艦橋窓から肉眼で見えるほどの距離で迎撃されたミサイルは撃墜され始めていた。
127ミリ調整破片弾は搭載の探知機器が察知するや否や、弾頭をミサイルの至近で爆発させ、ミサイルはたちまち火だるまと化したーー。
一基、二基ーーと瞬く間にミサイルは濃密な防空網に叩き落とされ、砲雷長の「全弾撃墜ーーっ!」という喜色ばんだ声ーー。
艦隊は第二波を防ぎ切ったのだったーー。
……海上自衛隊は創設以来、日本のドクトリンである専守防衛の名の下、軍備を調節し在日米軍の後詰めとしての立場を甘んじてきた。しかし冷戦終結後は在日米軍の二軍としてではなく、周辺情勢に合わせて一つの海軍として脱皮をし始め、それは新世界に転移したことでより確固たるものとなった。
有事に備えて刃を研ぎ続け、そして今それが成されようとしていたーー。
「こちらも反撃に移る。全艦、速力25ノットにて針路3-0-0に変針。回頭を終え次第SSMを放てーー」
「第一波と第二波、共に全て迎撃されました……」
艦隊前衛を征く駆逐艦「コルベネロ」艦橋では重苦しい沈黙に包まれていた。
おそらくは旗艦も同様だろうーー。
「副長、ミサイルは確かにニホン海軍に迎撃されたのか……?」
艦長席に身を沈めながらコルベネロ艦長のエイダク中佐は重々しい口調で言った。
「はっ……。当初の予測に反して、連中には強力な防空網が存在するようです……」
駆逐艦コルベネロが放った対艦ミサイルは24基ーー。
これは艦隊が放った108基の2割にあたる数だった。
八連装垂直発射筒3基を船体中央に据え付けたコルベネロはミレリヤ海軍のドクトリンである艦隊決戦において重要な一翼を担う存在であった。
全長140mという小柄な船体に見合わない巡洋艦に匹敵するミサイル搭載能力を持ってニホン海軍を撃滅するはずが、そのどれもが悉く撃墜され敵艦隊に到達しなかったことへの動揺があった。
コルベネロは搭載する対艦ミサイルを全て撃ち尽くしているものの、艦隊は第三波を放てるだけのミサイルがまだあった。
『旗艦より全艦に告ぐーー』
巡洋艦ヴォンゲルクからの通信が届き始めた時だった。
「艦長!2時の方向より高速で接近する飛翔体を探知ーー。これはミサイルです……!」
「何だと!?」
レーダー員が張り付いているブラウン管造りのモニターへエイダク中佐は駆け寄った。
微かに浮かび上がる輝点は探知と失探を示す点滅を繰り返している。
これは………海面スレスレを飛んでいるのかーー!
「通信士官!艦隊に敵ミサイル接近と通報しろーー!」
続けて中佐は続けた。
「対空戦闘だ!対空ミサイル諸元入力ーー」
「無理です!近すぎますーー」
訪れる絶句ーー。
「ならば艦砲で墜とせ!」
数秒の間を置いて速射砲が軽やかな油圧音と共に旋回する。
それに呼応して右舷側面に鎮座する25ミリ機関砲が黒光りする砲身を空中へ指向する。
「撃てぇーーっ!」
コルベネロの至る所から砲火が生まれ始める。
軽快な音を響かせながら発砲を始めた主砲。
対空用で半自動式の機関砲ーー。
ミレリヤ海軍は技術革新もあってレーダー管制による射撃を採用している。人の力に頼るよりも、搭載する射撃管制装置により敵の未来位置を予測して発砲するのだ。
だが不幸にも、その射撃管制装置がミサイルが急上昇ーーホップアップすることを予測するのはできなかったーー。
「敵ミサイルが急上昇ーーっ!」
「取り舵一杯……!」
護衛隊群が放ったミサイルの群れの内の一基はコルベネロの機関室に着弾。
薄い装甲を貫通したSSM-1Bこと90式艦対艦誘導弾はその内部で炸裂。
コルベネロの心臓たる蒸気タービンを爆発炎上させ、動力を喪失させたのだったーー。
再び旗艦ヴォンゲルクーー。
海戦前、無敵を呼号したはずの大東洋艦隊は主力艦の殆どが大破炎上し無惨な姿へと移り変わっていた。
大型艦から海防艦に至るまで例外なく損傷し、ヴォンゲルクの右隣を航行していた巡洋艦「レペロ」に至っては艦首部の主砲弾庫、ミサイル弾庫に誘導弾が直撃したことで、艦首部のほぼ全てが吹き飛んだことで浸水が発生。破口からの浸水によって船体を前部に大きく傾けながら炎上しているーー。
「海防艦デ-ズン及び駆逐艦ワイトルン轟沈ーー!」
「巡洋艦レペロ、火災浸水が止まず艦長のザイレス大佐は退艦命令を発しました」
艦隊随一の大型艦だったヴォンゲルクも同様に被弾し、黒煙を噴き上がらせている。
護衛隊群はヴォンゲルクが旗艦であると察知するや否や、六基もの誘導弾を指向させその内の幾つかが防空網によって阻まれたものの、到達した90式艦対艦誘導弾は船体各所で炸裂し、甲板は火災と死傷者によって阿鼻叫喚の図だった。
「艦隊の総力を持って戦に臨んだのだがな……」
力なく呟いたエディアスは瞑目した。
21隻の大艦隊を威容を誇った大東洋艦隊は9隻が沈没、11隻が大破あるいは中破と惨憺たる有様だ。
健在なのは海防艦一隻だが、ミサイルは全て撃ちつくし、海戦の動向には何の役にも立たない。
海戦の趨勢は決してしまったーー。
東サドレア海の制海権は完全に奪取され、要の大東洋艦隊が壊滅したことで西サドレア海にすらも事実上ニホン海軍が進出できるようになったのだ。
私の軍内の栄達もこれまでだったなーーと中将は自嘲した。
だが、自身の進退よりも優先しなければならないものがあるーー。
背後を振り返った時、進み出た幕僚の一人が言った。
「提督!我が艦隊は痛手を負ったとはいえ、接近してこのヴォンゲルクの砲火力でニホン海軍を殲滅できるはずですーー!」
エディアスは頭を振った。
「ダメだ……。海戦の勝敗は既に決した。今優先すべきは洋上を漂う将兵たちの救助と海域からの撤退である」
だがそれに水を差す存在があった。
『こちらは海軍本部長である!中将、何故前進を止めるのだ。艦砲射撃で蛮族を撃滅するのだ……!』
喚き立てる無線機の電源を切り、エディアスは厳かに告げた。
「全艦反転。本海域より撤退するーー」
ーーー
午後14時00分 日本国 東京 首相官邸 危機管理センター
大河内自身による奇襲にも似た国会での開戦演説から幾つ夜が明けたのだろうかーー。
危機管理センターの大型ディスプレイにはアナドリア沖で敵艦隊を撃滅したことを示す戦況図が映し出され、閣僚たちも興奮が止まないようだった。
「安心するのはまだ早いーー。制海権を確保したがこの戦争を終わらす見通しは立っていないのだからな……」
その言葉に閣僚たちが沈黙した。
そう、自衛隊は各戦線でミレリヤに対して勝利を重ねていたが戦争を終わらすほどの痛撃をまだ与えていなかった。
そのミレリヤ側にしても、彼らは現時点での停戦をやむなしとせず徹底抗戦の構えを見せている。
戦争を終結させるには最終的に外交の力が必要となってくるが、ミレリヤ人を交渉のテーブルに引き摺り出すには地上決戦での圧倒的な勝利を大前提として捕虜や通商破壊など強力な外交カードがなければ無理な話だ。
「だがこのまま終わる見通しが立たずに膠着状態に陥れば先の大戦のように我が国は疲弊しますぞ」
一人の発言を発端に閣僚たちが口々に言い始めた。
「現に戦費はどんどん膨れ上がっているじゃないか」「しかしここで安全保障を確立できなければどうなる?この際連中の植民地を解放するべきだ」「解放するって大臣。アンタ、今だけで死傷者がどれだけ出ているか知ってるのかーー?」
混乱に陥った場を鎮めたのはやはり大河内だった。
「古賀幕僚長とも内々に議論を重ねていたが、我が方にとって最も望ましい結末は彼らの植民地ケンドランがサドレアの緩衝地帯となることだ。だが首都ヒガリまで陸自を進軍させるのはあまりにも無理がある……。よってだ、陸自の攻勢到達点はサドレア大陸西端までとなるがーーケンドランを緩衝とすることを否定するものでもない……」
「総理、それはーー」
大河内の言葉の裏に秘められた真意を察した閣僚が言った。
「諸君、ここはアメリカ式で行こうじゃないか」
不敵に笑う大河内を前に、末席に座る古賀幕僚長は静かに頷いたーー。
次話も週末辺りを目指します。




