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恵みのクソ女神

 


「あの少しいいですか?」

「何でしょうか、アノム様」



 大地と恵みの女神アノム。魔力が営みの中にある世では精霊は神と同一視され信仰される事がある。人と時を共にする精霊は時としては人の姿を似せて言葉を交わす事がある。アノムは数百年前も前にとある少女と言葉を交わしてから、このアーノリアという街がまだ村である頃から共にあり続けてきた。


 そんな長い時の中で稀にだがアノムの姿をみれる者が現れる事がある。その者によりアノムの似姿は絵画や像として伝えられ、このアーノリアの街では他の神像とともに転々と飾られている。



「あの像は何ですか?」



 ただ田畑の魔力へと働きかけた後。

 街にある異彩を放つ物へと気がついて。

 アノムは自身の次に知性のある精霊に聞いたのだ。



「ああ、アノム様の像ですね」

「あの手に持っている物は……何でしょうか」


「ウンコですね」



 両の手の平に鎮座する物を慈しむように見つめるアノムの像がそこにある。丁寧な仕事だ。鎮座する物もまた丹精込めて作られており、どこからどう見てもそれ以外の物に見える事はない。



「どうやら田畑へと糞尿を混ぜると実りが良くなるというのが広まり、アノム様の恵みだという事で新たな像が建てられたようですね」


「はぁ……たしかに屎尿が大地の肥やしになる事があるのは、地の精霊としては常識ではありますが」



(これを私は咎めるべきなのでしょうか)

(でも、これは信徒は良かれと思いなした事)

(その心を無碍にするというのも辛い話です)

(ただこんな像なのに今までの像よりも)

(仕事が丁寧なのが少しムカつきます)



「立派なアノム様のウンコですね」



(流れるように私のにしないでほしいです)

(いや、他の方のでも嫌ですが……)

(いや、自分のでも嫌ですし)

(仮に家畜のでも嫌ですね)


 アノムがどうした物かと考えていると。

 その隣を信徒達が祈りを捧げ。

 自身が耕す田畑へと消えてゆく。


(これは私の感性の方がおかしいのでしょうか)

(私ならあれを手にする像とか嫌なのですが……)


 ただいくら考えた所で精霊の姿や声を聞こえる者がいなければ何もできないというのに気がついて、保留という形でアノムは諦める事とした。アノムはアーノリアへの愛着もあれば、像一つなど目くじらを立てる程に狭量という訳でもない。


 そう考えていたのだが。



「増えていませんか、あの像」

「この街の皆は、アノム様が好きですから」

「……手に持つ物はあれ以外ダメなのでしょうか。

 例えば、野菜などはどうでしょう」



 アノムの問いに精霊は首を払る。

 アノムは地の精霊であり街よりも。

 田畑を見ている事が多く、人に疎い所がある。



「そんな像をす造れば他の野菜を作る農夫から苦情が上がります。この街に住む者ならば皆が皆、アノム様により近づき感じたいと思うものですから」



 知恵ある精霊には名はないが商いと運命を司る風の精霊に類する者である。噂話や世俗についてはアノムよりも詳しいし、何よりも住む場所が街中であるから人についてはアノムよりも頭が回るのだ。



「でも……あれよりは、よいのでは?」

「いえいえ、ダメですよ」



 そう言われてしまえば。

 アノムが言える事はない。



(今は像が新調されて皆、興味があるのでしょう)

(そのうちに他の像と同じ扱いになるでしょう)



 似たような像を複数も建てられた事がなく。アノムは少し動揺しはしたが何とか納得する。そもそも汚物を素手で触れている像に忌避感を覚えない者がいるはずがない。今はしばし記憶に残る造形に皆が驚いているだけなのだと納得する。


 納得したのだが。



「何故……何故、街の中心にあの像が!」



 収穫も終わり、街で開かれた豊穣祭。

 その頃になり、アノムはその存在に気がついた。



(たしか、あそこは噴水のはずですが)

(ああ、噴水の上に新設したのですね)


(…………)


(いや、手にあれを持ちながら)

(その足下が水浸しというのは)

(色々とマズいのでは!?)



 アノムが見渡しても知恵ある精霊は今いない。

 風の精霊は一ヶ所に留まるような事はない。

 季節と共に巡る彼はこの時期にはいないのだ。


 困惑するアノムを他所にアーノリアの民達は今年の豊作を喜び、翌年の恵みを祈願する。アノムは今更になり、あの像が街の転々とした所へと大小様々な形で根付いているのに気がついた。


(こ、これは悪夢か。何かでしょうか)


 アーノリアは冬の季節になる雪が降る。そうすると大地の精であるアノムは休眠をする事となる。豊穣祭はアノムへの感謝と共に眠りゆくアノムが心地よく休める為にする催しだ。


 ただその年はアノム史上。

 最も不穏を感じながら眠る年となった。




「起きて、アノム様。アーノリアが大変だ!」



 アノムが目を覚ますと知恵ある精霊がおり。

 自身が街の中心近くで倒れているのを理解する。


(ま、まさか、衝撃のあまりに休眠するとは)


 アノムが周囲を見渡すと街は物々しい雰囲気へと様変わりしており、武装した者たちがアーノリアの街中を闊歩する姿が目に入る。そして、次に目に止まるのは彼等が街中にある像を壊している光景だ。



「ああ、そんなアーガレスの像さえも」

「彼等は戦神ではなく、唯一神の信徒です」



 唯一神とは光の精霊だ。本来なら光の精霊は何も力を持たないが大きく力を蓄えると、無いものを有るものとして不可能を可能とする力を持つ事がある。それは自然と共にある他の精霊とは相反する力であり救いのある奇跡の力でもある。


 では、なぜ精霊さえも神と呼ばれる世で唯一神などと呼ばれるのかというと精霊の力を行使するのに大きく力を使うからであり光の精霊にとっては他の精霊への信仰は邪魔なのだ。


 ただ次々と倒されてゆく像の中。

 何故か、倒されてない像がある。



「何か、揉めているようですね」



(ああ、まさか私の信徒が身を挺して)

(私の像を守ろうとしているのでは)



「な、何でこの像はウンコを待ってるんだ?」

「なぁ、お前が縄をかけてくれよ」

「嫌だよ、石像でも何か汚ねぇよ」

「てか、何でうんこをここまで再現してんだ」


「や、奴等め。何て無礼な連中なんだ!」


(何故でしょう)

(私の信徒より異教徒の方が)

(私の感性に近いのでしょうか)



 異教徒達はいくらか話していると「この像がある方が信仰を集めないだろう」と結論をだしてそれ以外の像を壊しに移動した。そして手慣れた様子で破壊活動を終えると異教徒達は次の街へと消えてゆく。そんな後ろ姿を眺めながらアノムは思う。



(何故でしょう)

(私の信徒が造った像なのに)

(壊して欲しかった気持ちがある)



 その後、知恵ある精霊は噂話を聞いた。どうやら光の精霊を祀る国は滅びたらしいと。どうやら堆肥となる物を畑に撒く信仰を排斥した結果、国力を落として他国から攻め入られたらしい。


 そんな噂を聞きながら、知恵ある精霊はアーノリアの街で女神の恵みである糞尿を雑に扱うのは良くないと教会を中心に進められだした下水道開発の工事を眺める事にした。そこに嫌々している者はいない。


 そんな光景に知恵ある精霊はため息を吐く。


(今日もまたあの女神様は街の人々にどれほど信仰されているのか知りもせず、真面目に田畑へと恵みを与えているのだろう)


 そう考えて伸びをした。





綺麗に終わる話を書いたので。

こんな汚い話を書きました。


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