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田舎でスローライフを始めた元剣聖:ハーツフェルド

──復帰を望む声は今も多いですが。

「ないね」

──後進の育成は? 指導者の依頼はあるでしょう。

「ないない。知ったことじゃない」

──だけどハーツフェルドさん。かつて剣聖と謳われたあなたがですよ、こんな田舎で野良仕事に精を出しているというのは──

「あのなあ、俺は前々から決めてたの。引退したら田舎に土地買って、畑仕事やりながら家族と暮らすって」

──家族、ですか。

「ああ。見てくれよ、あの愛娘がワンコと戯れている光景を。心が洗われるだろう」

──どこで拾ってきたんです?

「森だ」

──娘さんの方ですよ。

「だから森だよ。ワンコとセットで拾ったんだから」

──えーと……。とりあえず、あの犬は、明らかにフェンリルですよね。

「名前がワンコなんだ。娘が名付けた」

──その娘さんもね、肌の色も褐色ですし、あなたと血がつながっているようには見えない。

「肌の色。君はあれかい、人種差別主義者ってやつかい?」

──ダークエルフでしょ。人種っていうか、人間じゃないでしょ。耳だって三倍くらい長いし。どうしたんですか、あの子。

「だから森でだな、エルフの集落でひと悶着あって──」


 山奥の川沿いに無理やり開いたような畑があり、大柄なひげ面の男が組み木の上で昼食用にと肉を焼いている。泥で汚れた農作業着をまとった姿に、剣聖と呼ばれた頃の気品はみられない。


 新聞記者オウルが、スキル【インタビュー】で発現したキューブに、会話を録音しながら、彼に取材を続けている。


「いい所だろ。冒険者時代の貯金と、武器も防具も全部売ってようやく買った土地だ」

──相場調べました? 周り数キロに人家ないんですけど。

「住めば都さ。たまに魔物出るけどな」

──武器を売ったのに、どう対処してるんですか。

「大体はワンコが倒してくれるよ」

──魔獣の王によくそんなことさせますね。

「前は鳥の被害も結構あったけどな、かかし作ったら寄って来なくなった。効果抜群」

──あのコカトリスの頭蓋骨、かかしのつもりだったんですね。人間も近寄らないでしょう。

「アポなしで急に押しかけてきて、ケチばっかりつけるなよ。君、昼めし食べていくかい?」

──ああ、それはどうも。

「ヨッチョちゃーん! 昼飯の時間ですよー」


 ハーツフェルドの呼び声に、魔獣と戯れていた少女が、走ってやって来て、水車小屋のそばの手作りのテーブルに昼食を広げて、三人で囲んだ。


 メニューは塩漬けボア肉のステーキと、山もりの野菜とキノコのサラダで、昼食にしては豪華だ。ワンコも尻尾を振りながら肉を頬張っている。


「あのねえ、お魚の日は、ヨッチョがとる係なんだよ」

──へえ、それはすごい。釣りが上手なんですか?

「川にカミナリさんうつとねえ、プカーってお魚ういてくるの」

──それは、雷系魔法……? その歳で?

「ヨッチョちゃんはすごいねえー。天才としか言いようがないねえー」

「その漁法、国で禁止されてますからね」


 ヨッチョというダークエルフの少女は5歳で、それにしても子供っぽく、喋りながら食べるから口からこぼすし、のどに詰めるし、食べ方が下手で顔も手もべたべたに汚れる。ハーツフェルドは上機嫌にそれを見守るばかりで、決して注意はしない。


 食後にハーツフェルドがコーヒーを淹れて、オウルが礼を言ってすする。ヨッチョとワンコは川に入って、水浴びをしている。


 アポなしで訪問して取材を申し入れたオウルだったが、子供と居場所について記事に出さないことを条件に、すんなりと了承された。


 ハーツフェルドとしても、未だ冷めやらぬ復帰を望む声が少しは落ちつけば、という狙いがあったらしい。


──あの子は、甘やかし過ぎですね。一般的な意見として。

「君も父親になればわかるだろうよ。厳しく叱るとか無理だから」

──子育てのマニュアルなら、本になってますよ。

「わかってないねえ。ヨッチョちゃーん、トットは芋畑に行ってるからねー!」

「はーい!」


 大した距離でもない畑へ移動しながら、茶色の煙草をくわえて火をつけた。


 人気のない銘柄の紙煙草は、剣聖ハーツフェルドのトレードマークでもあり、王宮の晩餐会や、魔王の眼前で一服したという逸話まである。


「他の物は全部なくしちまったが、これだけはやめられなくてね」

──禁煙するべきですね。娘さんのことを思うなら。

「押しかけ記者にモラルを説かれたくないな。そういや、どうやってこの場所がわかったんだ。《蜂の巣》のメンバー以外には知らせてないんだがな」

──企業秘密ってやつです。

「早く帰れよ。それか、芋掘り手伝っていくか?」


 《蜂の巣》は、当時のゴベルナ王国で唯一のS級パーティーだった。魔王を倒せるとしたら彼らだろうと、国内外から期待が寄せられていたが、四天王の一角を落としたあと、魔王との激戦の結果、惜敗して王都へ帰還した。


 政府の発表に国民は嘆き悲しんだが、彼らを責める声は少なかった。人々が望んでいたのは再戦で、それ以降姿を消したハーツフェルドの消息を、誰もが知りたがっている。


「音楽なんか鳴らせないの?」


 芋畑のうねをクワで掻きながら、麦わら帽子をかぶった剣聖が言う。オウルは首をかしげる。


──何の話ですか?

「だからさ、王都で楽団の演奏会なんかあるだろ。あれをそのキューブに記録しておいて、ここで流しながら芋掘りできたら最高じゃないか」

──面白い発想ですが、楽団の利益を損ないます。

「ははは。君、やってるな?」

──……そういう、人を見透かしたような物言いは、愉快じゃないですね。。

「だって君、わかりやすいぜ。その音を記録するって箱にしても、何か付属効果あるだろ。隠してるな」


 オウルは答えない。これまで、発動前にその能力を見破られたことはなかった。


「君は戦闘能力低そうだろ。でも荒くれ者も多い冒険者連中に取材して回ってるってんなら、何かカラクリがある。秘密をしゃべらせるような精神系じゃない、俺が食らってないからな。じゃあ逃走系か、防御系。お、防御系か」


 反応を見られていたことに気が付き、オウルは赤面した。国内外で腕利きの冒険者たちと相対してきたが、これほどプライドを傷付けられた経験は多くない。


「スキルに頼ってると成長しないし、その内、痛い目を見るぞ。君はまず、自分が若くて弱いということを知るべきだ」


 指摘を受けたオウルは、ばつが悪くなって彼からそらした視線を、川の方へ向けた。それは偶然だったが、彼の弱点になり得るだろう存在を、無意識に確認したのかもしれない。


 視線を戻した時にはすでに、かつての剣聖が目の前に立っていた。足音どころか、空気の乱れ一つない、完璧な踏み込みだった。


 オウルは自分のスキルのことも忘れ、反射的に後ろに飛びすさって、ベストの内ポケットからナイフを取り出して握る。


「そんな目で人の娘を見るなよ。過保護な父親だっているんだぜ」

──人の娘、でしたっけ?

「無意味な挑発もやめろ。手加減できなくなるぞ」

──私のこと、ナメてます?

「当たり前だろ。君なんてどうにでも出来るんだから」

──剣を捨てたあなたに何が出来ると?

「これがある」


 余裕の表情で、クワを示して見せる。舌打ちしたオウルは、臨戦態勢でそれを睨み付ける。


──私のスキルに付属する効果は、【絶対防御】です。例えあなたがどれだけ強力な攻撃をしようと──

「あー、やっぱりガキだな」


 ドン!


 クワで地面を叩きつけた、とオウルは思った。剣筋は捉えられず、ただ、足元に深い穴が出来たから、そうだとわかっただけだ。


 砂埃の中で数メートルの深穴へ体が落下を始めるまでの刹那にオウルの頭をよぎったことは、そのでたらめな膂力についてのことや、このまま落下すれば【絶対防御】など関係がなく、単純に埋められれば這い上がれない、といった辺りの内容だった。


 そして落下を始めると同時に、目の前に差し出された手を自然と掴み、それが過ちだと気付く。ハーツフェルドはもう一方の手でクワを握っており、自分は彼の手を掴むために、【絶対防御】を解いている。


「トットー!」


 先ほどの一撃の衝撃音に驚いたのだろう、川にいるヨッチョが、大声で父親を呼んだ。


 ハーツフェルドは、オウルの体をそっと地面に降ろし、少女に向き直って手を振る。


「何でもないよー。ちょっと勢いよく掘り過ぎちゃった。オウルのお兄ちゃんと、たくさんお芋掘るからねえー」


 ヨッチョが手を振り返している間、オウルは地面に手をついて、自分の生を確認するかのように、大きく呼吸をしている。鼓動は速く、全身から汗が噴き出す。


「俺は、魔王と戦ってないんだよ」


 耳元に顔を寄せて、ハーツフェルドが言った。


「玉間の手前で逃げ出したのさ。漏れて来る魔力を感じて、こりゃ勝てないとわかった。すぐに引き返して、転移魔法陣の構築を指示したんだが、うちの術師は得意じゃなくて、発動まで数分掛かるんだ。最後の一本のつもりで煙草くわえて、絡んできた魔族を斬りながら、まあ生きた心地がしなかったよ。それが剣聖様の最後の一戦だ」

「……政府は、そのことを?」

「ギルドに報告してるからな。発表はフェイクだが、まあそれも仕方ない。冒険者全体の士気に影響が出る」

「後悔はなさそうですね」

「あるわけないだろ。俺たちは全員が生還したんだぞ」

「《蜂の巣》は、結成以来、同じメンバーだったとか」

「新人時代からな。あいつらと世界中旅をして、飯を食ってキャンプ張って、力の限り戦ってな。俺はもう、満足しちまったんだよ」

「……なるほど。あなたのことは、よくわかった気がします」


 再び差し出された手をとって立ち上がると、オウルは姿勢を正して、深く頭を下げた。


「インタビューはここまでにしましょう。失礼な態度をお詫びします」

「おお、もういいのか? じゃあこっからは君が協力する時間だな」


 午後の強い日差しの中で、シャツの袖をまくり、裸足になったオウルが、ハーツフェルドと並んで芋を収穫していく。


「手際いいな。初めてじゃないのか」

「クワで直接掘ると芋を傷付けます。周りの土だけ掘って、なるべく手を使うのがコツですよ」

「虫を触りたくないんだよ」

「何で未だにそんな素人みたいなこと言ってるんですか。誰か詳しい人に教えてもらった方がいいですよ」

「わかってないなあ、オウル君。手探りで挑むから楽しいんだろ」

「根っからの冒険者ですよ。あなたは」

「トト―! お魚―!」


 大きな魚を抱えたヨッチョが、ワンコと駆けてくる。


「またでかいの獲ったな。君、晩飯も食っていけよ。泊めてやるから」

「それはどうも。ではお礼に、一つ忠告です」

「何だよ」

「私がここへ来られた理由です。田舎に土地を買った体格のいい、ひげ面の男がいる、という話を耳にしたんです」

「その程度の情報で確かめに行ってたら、きりがないだろうに」

「時々村に下りてくるその男は、野菜の苗や調味料、それから、あまり人気のない茶色の紙煙草を買って行く」

「……あー」

「娘さんの安全に万全を期したいのなら、禁煙をお勧めします」


 煙草を踏み消した男が、魔獣と駆け回る少女を優しい目で見守っている。


 畑には、王都で演奏されて話題になった楽団の演奏が流れており、水車の回るギイギイという音がそれに合わさるように鳴っている。

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