A級パーティーを追放されたチート補助術士:ピント
「そりゃあ、ざまあみろって気持ちがないと言ったら嘘になりますよ。あのパーティーでは散々な目に遭いましたから」
──と、言いますと?
「雑用で寝る暇はない、報酬の取り分もない、機嫌が悪いと小突かれる、補助術師なのに前衛に立たされる、バフで貢献しても感謝一つされない。あげくの果てには役立たずだって罵られて、突然クビです」
──そんなA級パーティー《虎の尾》が、北の地では苦戦続きというお話ですが。
「戦術の調整には手間取るでしょうね。僕のスキルは単純な効果ですけど、替えが効かないというくらいの自負はありますから」
──【物理二倍】の補助術士がいるという噂は聞いていました。力、耐久、回避など、全ての物理系能力値に二倍のバフというのは、かなりのチートスキルと言えますよね。
「それがきっかけで、今のパーティーに誘ってもらえました」
──移籍先は《疾風怒濤》、新進気鋭のB級パーティーですね。騎士団出身の隊長リアーナさんの人気と共に、世間でもかなりの注目を集めています。
「僕のスキルとの相性もいいし、役に立てている実感があります。雑用を押し付けられることもないし、本当に毎日が楽しいんです。ここでなら僕も、立派な冒険者になれる気がします」
──ふむ。立派な冒険者ですか、素晴らしい目標ですね。
「あ、それは個人的な話で、パーティーとしてはS級昇格を目指しています」
──なるほど……。
昼下がりの食堂。
主婦たちの歓談の場になるような店で、冒険者たちは寄り付かない。
今日は客もまばらで、のどかな雰囲気の店内で、二人の若者が向かい合っている。
魔法杖を傍らに携えているのは、まだ少年とも言えるような見た目の冒険者で、名前をピントと言った。
やや緊張気味の彼と向かい合っているのは新聞記者を名乗る、こちらも若く見えるが落ち着いた雰囲気の青年で、先ほどからピントの話に相槌を打ちながらも、どこか上の空な様子。
テーブルの上にはティーカップと共に、10センチ辺ほどのキューブ型の道具が置かれている。
赤い光を帯びているのは、会話を記憶しているサインなのだと、新聞記者の男が説明していた。
「あの、オウルさん」
──はい。
「僕の話、つまらないですか?」
──そんなことないですけど、急にどうされました?
「あなたのインタビュー記事は読んだことがあります。もっと挑発的で、きわどい質問も多くて、それに比べると今日は何か穏やかっていうか……。僕はパーティーの宣伝になるならと思って取材を引き受けたんです。何か思うところがあるなら、正直に言ってください」
──そうですか。それならまあ、はっきり言わせてもらいますけど。
「はい」
──《疾風怒濤》がS級になるのは無理じゃないですか?
「え?」
──無理でしょう。A級もあやしいと思いますけど。
「何を言って……。だって、さっきは注目のパーティーだって」
──世間からの人気は大したものですよ。でもそれってリーダーのリアーナさんが美人だからでしょう。騎士時代からのミーハー人気が続いてるだけっていうか。
「リアーナ隊長の侮辱はやめてください!」
──立派だとは思いますよ。巷じゃファンクラブまであるそうで。実力不足でも資金が集まる、美人は得ですね。
ヒュン。
饒舌に話していたオウルの目の前に、鞘付きの剣が振り下ろされた。
二人が顔を上げると、【疾風】の異名を持つリアーナ本人が、微笑みを浮かべて立っている。
「それは光栄だな。ファンクラブに入りたいなら口を利こうか?」
──遠慮します。慎ましい女性が好みなもんで。
「そりゃあもったいない、お転婆の良さも覚えて行けよ」
「リアーナ隊長、揉め事はまずいですよ」
ピントがなだめるのを、冗談だからと笑っている。
店内の他の客たちもそれを見て、揉め事ではなさそうだと安心したらしい。
新聞記者オウルは何かを測るように彼女を見つめて、リアーナもまた堂々とそれを受け止めている。
キューブはまだ赤い光を帯びている。
「おっと、邪魔するつもりはなかった。ピントがハゲタカの取材を受けてるって聞いて、冷やかしに来ただけだ。どうぞ続けてくれ。何なら私のコメントも取っていくかい?」
──それは、ぜひ。《疾風怒濤》のリーダーとして、新加入のピントさんについての所見など伺えれば。
「申し分ないね。ウチはもともと物理攻撃主体でやってきたからな。その分、術系の魔物には苦戦することもあったが、ピントのすさまじいバフがあれば、速度で術をかいくぐって先制できる。S級までの道のりに展望が開けたよ」
──ふむ。それはピントさんというよりは、【物理二倍】の評価ですよね。
「……どういう意味だ?」
──ピントさん自身のステータスの低さは問題では? バフをかけてもお粗末な耐久値のせいで、パーティーはピントさんを守りながら戦うという立ち回りを強いられていませんか?
「そのやり方で、私達は十分な戦果を上げている」
──今はね。上を目指すなら直に行き詰まる。現に、北の地へ拠点を移そうとしていた《虎の尾》には、彼は必要とされなかった。それだけのスキルを持ちながら──
「黙れ!」
「……リアーナ隊長?」
──落ち着いてください、リアーナさん。
「お前に、追放された人間の何がわかる!」
──ふむ。故郷の村を追われたあなたにはわかると?
ギン!
瞬きするほどの間に、オウルの喉元に抜き身の剣が斬りつけられ、けれどその刃は見えない何かに強く弾かれた。
──私の能力で、インタビュー中の直接攻撃は無効なんです。まあバリアみたいなものと考えてください。
冷静に言ってみせるが、オウルは驚いている。
能力がなければ首が飛んでいたのは明らかで、冒険者資格のはく奪など微塵も気にしていない様子のリアーナに、名のある冒険者特有の危険さを感じ取っていた。
「……私のことを調べたのか」
それとは逆に、リアーナは落ち着きを取り戻しており、剣を鞘に納めて、感情のない目でオウルを見下ろす。
──子供としては強過ぎたんでしょうね。山奥の村では、怖れの対象となるほどに。次第に疎まれ、無実の罪をでっちあげられて、村を追い出された。
「そうは知られていない話なんだがな」
──職業努力ってやつです。しかしひどい話ですよ。運よく政府関係者に勧誘されて、騎士団見習いになれたからよかったものの。
「それほど悪い連中じゃなかったよ。孤児だった私の面倒をよく見てくれたさ。取材はもう十分だろう。ピント、戻るぞ」
──そのようですね。
オウルがキューブに触れて、「再生」と唱えると、光の色が赤から緑に変わる。
するとそこから人の話し声が聞こえ始め、帰りかけていたリアーナが、目を見開いて振り向く。
『……きっかけは、政府の使者じゃったがな。村の総意でもあった』
──本人の同意はなしで?
『優しい子じゃったからな。村のために居続けることを選ぶとわかっていた。年寄りばかりで、若い力が必要じゃったからの』
──それでわざわざ辛く当たって、村を出ていくように仕向けた、と。
『罪深いのは承知じゃ。それでもな、あの子が国を守るような英雄になれるというなら、その姿を拝んでみたいと思うたんじゃ』
そこまでで音声は途切れ、続きはなかった。
ピントは不安そうに見ていたが、リアーナはかすかに微笑んでいるようだった。
「……懐かしい声だ。あのじいさん、まだ村長やってるのか」
──ご健在です。まあ政府の企みに乗せられたわけですが、謝礼は頑なに断ったそうですよ。過疎集落には、よほど必要だったでしょうに。
「ふ。あの頑固な連中が、そんなもの受け取るはずないだろう」
そう言うと、リアーナ片手で顔を覆い、笑うでも涙するでもなく、ただ黙って立ち尽くしていた。
事情の呑み込めないピントに、オウルが声をかける。
──と、まあ。追放する側にも物語はあったりするわけです。ピントさん、《虎の尾》がなぜ北へ拠点を移したか、考えた事がありますか?
「え、それは」
──これからも北上を続けるのなら、行き着く先には、アルイーシア大陸がありますね。
「アルイーシア……、魔王城? そんな馬鹿な!」
──まあただの推測ですが、ありえる話でしょう。隊長のコーディさんは過去にも魔王と戦った経験がある。
「レイドで、ですよ。今のパーティーで魔王軍に挑むなんて無謀過ぎる。少なくとも僕のスキルは必要だったはずだ。何で──」
──んー、目的違いじゃないですか。立派な冒険者になるためには、戦果を重ねて冒険者ランクを上げればいいんです。危険を冒して魔王討伐になんて挑むべきじゃない。あなたにとって彼らは、役に立たない。
ピントは言葉を失くして、静かにうなだれている。
リアーナも顔を伏せたまま動かない。
時間が止まったような空間で、新聞記者オウルだけが口を開いた。
──取材はここまでにしましょう。ピントさん、それからリアーナさんも、ご協力ありがとうございました。これからもご活躍を期待していますよ。
「終了」と唱えると、キューブの色が褪せたように薄れ、オウルはそれを手にして席を立ち、会計を済ませて店を出て行った。