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第2話 レイ

 バベルの入り口。そこは沢山の盗掘者たちで賑わっている。


 これから盗掘へと入る者たちは仲間内で方針を確認し合い、命からがらバベルから帰還した者たちは傷を負いながらも戦果を祝い笑い声をあげていた。


「いたっ。あ、ごめんなさい」


 痩せた少年が盗掘者の一人にぶつかり、声をあげた。


「てめぇ、どこみてやがんだよ」


 盗掘者の男の身なりは汚れていて、バベルから帰還したばかりであることがわかった。命を賭け生還した者のもつ精神の高揚からか、男は少年が口にした謝罪の言葉に耳を貸さなかった。


「その、ごめんさい!ごめんなさい!あっ……!」


 ついに胸ぐらまで掴まれてしまう少年。少年の脳裏に一瞬後に地に倒れ伏す自分が過った。やってくる痛みに備え少年が思わず目を瞑った瞬間、別の盗掘者から救いの手が伸びる。


「やめろ、キース。そんなガキに構うな」


 どうやら同じ徒党の人間のようだ。声の響きからすると少年を助ける意図もなかったのかもしれない。全体に気だるそうな雰囲気を纏っている。


「チッ」


 キースと呼ばれた盗掘者は少年の胸ぐらから手を離した。


「わっ……!」


 そのまま重力に従い、少年は地面に尻餅をつく。


「精算するぞ、早くこい」


「わぁったよ」


 キースは最後に地面に唾を吐いて、少年から視線を外した。すでに二人の目には少年は映っておらず、そのままギルドの精算所へと歩いていってしまった。


「怖かったぁ……」


 少年の胸の内には暴力に晒されずに済んだ安堵だけがあった。立ち上がり、尻を叩いてズボンについた土を落とす。


 少年の名はレイ。この地下にある貧民街に住む者の一人だ。彼は今日数えで13歳になり、国から『盗掘者認定』を受け取ったばかりだ。


 バベルの大いなる恵によって繁栄した地下社会は幾つもの欠陥を抱えていた。その一つが土地の問題だ。地下という特性により、面積の拡張は大規模な土木工事が伴う。新たな土地を作るためには時間も人もかかるのだ。


 政府の樹立以来、地下では土地の拡張を行ってきたが、ねずみ算のように増える人間には追いつけず、かつての頃と比べてシェルター内における人口密度が異常な数字になっていた。


 その歪な現状に地下政府は打ち出した政策の一つが「盗掘者制度」だ。一定の金額を納めていないものを盗掘者として認定し、バベルの果実を持ち帰ることを強制したのだ。盗掘者として認定された者はいっさいの国からの支援を打ち切られ、衣食住を

『ギルド特区』と呼ばれる場所で満たすことになる。


 これは形を変えた棄民政策の一つだった。


 元々、盗掘者の生還率は非常に低い。老化を理由にで引退出来るものは稀だ。もちろんバベルから持ち帰る果実は巨万の富を盗掘者へと与えるといった側面もあったが、その夢物語を現実にできる者は一握りだ。多くの盗掘者は日銭代わりに比較的安全に入手できる果実を求めるか、一攫千金を夢見て命を落とすかのどちらかだった。早い話、貧乏人は一山当てるか、地下社会を維持するための奴隷になるしかなかった。


 盗掘者に認定されると国からの福祉は打ち切られ、『ギルド』と呼ばれる組織からの支援へと切り替わる。そこに人間らしい法律は存在しない。あるのは時代錯誤の野蛮なルールだけだ。


 バベル周辺はギルド特区と呼ばれ、国家から独立した治外法権の場となっている。先ほどレイが暴力を振るわれていたとしても、それを規制するものは特区には存在しない。富裕層の人間が盗掘者を「猿」と蔑む理由の一つでもあった。


 レイは13歳となり、盗掘者へと認定された。国によって重い罰則が適応されるまで2年の準備期間が設けられることから、多くの人間は15の歳まで待って盗掘者へと身をやつした。


 レイはその準備期間を使わなかった。国の定めた資格を有した日、レイはそのままギルドへと赴いた。止める人間は誰もいなかった。レイの家族と呼べる存在は病で伏せる妹を除き、みなバベルを登った。妹もすぐにバベルを登るだろう。だからこそレイは急がなければならなかった。


 地下社会において死者を見送るとき「バベルを登る」という言葉を使う。死者の魂が天へ向かうことを表していた。


 レイの頭は控えめにいっても良くない。教育が足りてないからだ。盗掘者制度から逃れられる富裕層の同い年と比べると、その言動は随分幼く見られることだろう。


「よし、行こう」


 跳ねていた心臓が大人しくなってことを確認したレイは、一度だけバベルを仰ぎみてから、入り口へと向かった。


 バベルの入り口は想像していたよりも小じんまりとしていた。兵隊の詰め所と大して変わらないようにレイには見えた。


 入り口には全身を鎧に包まれた男が二人立っている。かつての時代を知る者は文明レベルと装備の歪さに眉をしかめることだろう。


 しかし、生まれたときからそれが当たり前だったレイはその姿に特に疑問を覚えない。富裕層の人間が見たら品の無いコスプレにも見えるだろう。


 幼い頃から働いた者が身につける卑屈な笑いを添え、レイは門番にブローチを差し出した。ブローチは自分が盗掘者であることを証明するものだ。先ほどギルドで手続きをした際に職員から渡された。


「よし」


 レイの手元に再びブローチが返ってくる。何を確認したのかレイにはわからなかったが、幼さ故に、レイはその大人への質問を呑み込んだ。ブローチをポケットに入れ直し、そのまま門番の横を通り過ぎる。すると、離れて見ていたもう一人が口を開いた。


「危なくなったら戻ってこいよ」


 若い命をここで送り出し続けてきた男の声だった。レイにはなぜだか謝っているようにも聞こえた。流れ作業の中で無駄が削ぎ落とされるように簡略化された言葉だったが、男が自分を気遣っていることがレイにはわかった。振り返り、黙って頭を下げる。


 今さら緊張してきたのか、再び向き直ったバベルの入り口は、さっきまでとはまるで違うものに見えた。その姿はまるで巨大な生き物が小さい獲物を呑み込むために作り出した口のようにも思えた。


 レイが唾を飲み込むと。乾きに引き絞られて喉がなった。


「よしっ……」


 小さな声だったが、なけなしの勇気を振り絞った声だった。レイの頭の中では寝たきりの妹の声が聞こえていた。大丈夫、お兄ちゃんは約束を守るよ。レイは力を入れて竦む足を無理やり動かす。そして通路の奥へ奥へと進んで行った。


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