革命前夜
稀少個体…………………………………なんて甘美な響きだろう。腹の中で胃液塗れになったことなど笑って許してやれるほどの喜び。いや、この汚れこそ今の喜びを引き立たせるためのヒールなのだ。
「ではでは…………」
手を擦り合わせながら、地面に転がる戦利品へと手を伸ばす。死闘の果てに手に入れた宝物はいったい俺にどんな景色を見せてくれるのだろうか。
「うひょぉぉぉぉ!」
手に取る素材全てに光が宿っているかのような神々しさ。
白銀の万鱗に………………………………白絞蛇の堅殻、こっちには白絞蛇の骨髄まで……………………………あぁ、ここはいつの間に聖域になったのだろうか
今までのスネアスネークの素材は青絞蛇シリーズだったためこいつのとは別物。しかもサイズに比例してか一匹からドロップする素材にしては規格外の量だ。そして極めつけは何といってもこいつ。
「牙ゲットだぜ!」
これでスネアスネークの素材はコンプしたことになる。
え?部位破壊しないと入手できないんじゃないかって?よくぞ聞いてくれた。
これはさっきの大蛇から取れた素材ではない。あいつが捕食したモンスターの残骸から取れたものだ。
俺が胃の中で見つけた牙はどうやらスネアスネークの物だったようで、大蛇が死んだ後もしっかりと素材として残っていた。素材はプレイヤーのためだけでなくこのゲーム全体の自然循環を成り立たせるファクターとしてもしっかり機能しているということだ。
「あ、レベルも二つ上がってんな」
至福の時はまだまだ続く。ステータス画面に表示されるレベルがようやく二桁に到達した。一日目にしてはかなり上出来だろう。そして獲得したポイントを振り分けようとした時、ステータス画面に新たな項目が追加されていることに気付く。
「ス…スキルきたぁぁぁぁぁ!」
歓喜の雄叫びが森中に轟く。ゲームを語る上で欠かせない絶対的要素。仮想世界が初めてリアルを超える瞬間、それは正しく現実の不可能を超越したときだろう。そしてその空飛ぶ羽のことを我々はスキルと呼ぶのだ。
このゲームではプレイヤーの能力値に合わせてスキルが獲得されるので千差万別の個性が生まれる。おそらくその能力値の方針がある程度固まってくるのがレベル10から、というのが運営の想定なのだろう。
skill
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
:ムーブスロットル New
効果:ダッシュに追加補正
:エッジソルト New
効果:パリィ後の一撃に追加補正
:アサシンスピア New
効果:突きのダメージに追加補正
:ディガークロー New
効果:同一部位への攻撃に追加補正
:フラッシュアーク New
効果:パリィした時の摩擦による影響を軽減
見た感じ、移動スキル一つに攻撃スキル四つの計五つのスキルを獲得したようだ。それにしてもプレイヤーに合わせたスキル獲得とは言ったが、まさかここまでの精度だとは驚きだ。聞いた話だとプレイヤーの能力値だけでなく、それまでの戦歴においてどのような戦法を取ったかなども事細かに記録し、反映させているらしい。
そう考えると「エッジソルト」と「フラッシュアーク」といったパリィ系スキルはスネアスネークとの戦闘が影響しているはずだ。最後の一匹は例外として残りの九匹との戦闘ではパリィや会心系、状態異常など基礎的な効果の確認をさせてもらった。そこでわかったことだが、どうやらパリィは弾くタイミング以外にも何かしらの要素が関係しているようだ。完璧なタイミングで敵の攻撃をはじけてもパリィ扱いになるときとそうでない時があった。このゲームにおけるパリィはその後の挙動に補正が入るのと、いなしたダメージを軽減させるといった効果があるためかなり重要な動きになる。
そして「ディガークロー」だがこれは先の大蛇戦での戦歴だろう。腹部への集中攻撃がスキルへと昇華したと考えられる。「ムーブスロットル」はおそらく基礎的スキルな為特定の条件などはないだろう。しかしここで浮かび上がる一つの疑問…………………………………「アサシンスピア」は何の条件を満たしたのか。
効果からして”突き”に関しての記録が昇華したと考えるのが妥当だが、生憎突きはあまり使ってこなかったし、意識もしていなかった。何せ武器が短剣だったため突きよりも斬撃が重宝された。
俺はこのゲームを始めてからの自分の挙動を一度振り返る。
チュートリアルが長かったよな………………………………で、そのあとワンティアに着いておじさんに案内してもらって…………………………まあ色々あって半裸になって……………………
俺は記憶の断片にある光景を見つける。
半裸になって………………くまさんと出会って……………………色々試行錯誤したよな………………草を巻き付けたり……………………泥を塗りたくったり……………………樹に腰を振り続けたり…………………………………………あっ
心当たりが一つ。でもそれがトリガーだとは信じられない、いや信じたくない。樹への腰振りが「アサシンスピア」の引き金だとでもいうのか……………………端から見たら童貞の無意味なイメトレとしか言いようがないような”アレ”が「アサシンスピア」に進化したとでもいうのか…………………………………俺は一体このスキルをどんな気持ちで使えばいいんだ!
「………………まあ、割り切っていこうじゃないか」
出所はさて置き、今はレア素材とスキル獲得の喜びに浸ろうではないか。
レベルアップのポイントを各所に振り分けて、この日の締めくくりを果たす。大一番を終えて疲労困憊の中、ふと上を見上げると空には緑と青と黄色のヴェールがかかっていた。リアルを彷彿とさせるほどのオーロラにただただ言葉を失う。時間も忘れ、独り善がりに黄昏るのも悪くない。
「行くか」
一頻り一日の終わりを目に焼き付けた俺は重い腰を上げ帰路につくことを決める。俺の帰りを待つ双剣に思いを馳せ、自然と駆け足になっていた。吹けもしない口笛を吹くその様は、なんと暢気なものだろうか。ただまあ仕方のないことなのかもしれない
何せこの日、ユグドラシルの根幹を揺るがす大事件が起こることなど今の俺には知る由もないのだから。