天の時は地の利に如かず
森の奥地で邂逅した一匹のスネアスネーク。通常個体とは明らかに異なる純白の鱗に桁違いの大きさ。しかしその実態は的が増えただけの鈍足な色違い。短剣から伝わる感触は想定外の柔らかさで、連戦の果てに磨り減ったおんぼろ短剣&半裸でもPSで何とかごり押せる……………………そう考えていた時が俺にもありました。
「どうしてこうなるんだよぉぉぉぉぉ」
決死の嘆きは風に乗って後方へと流されていく。只今絶賛逃走中の俺は、背後から迫る大蛇を振り返る暇すら惜しい。脱兎のごとく走るその絵面は自然界の生態系ピラミッドを模した風刺画のようで端から見れば滑稽に見えるだろう。
ただこれは戦略的撤退というやつだ。
逃げ回ること風の如く
身を隠すこと林の如く
喚き散らすこと火の如く
死んだ振り山の如く
というどこぞの詩人の言葉にもあるように時には逃げ隠れることも重要なのだ。
初撃を回避し、更に一撃を加えたことで気の緩みが生じてしまった。奴の初撃を躱せたのは直線距離での単調な攻撃だったことに加え、開けた場所という地のアドバンテージも相まっていたためだ。
そのことに気づかず余裕綽々と奴に挑んだ結果、ホームグラウンドである樹林に追い込まれてこの有様である。乱雑に生える木々のせいで直線上に移動できない俺に対して、奴の蛇行は木々の合間を縫い合わせるかのように滑らかに動く。
ただ言ったはずだ。これは戦略的撤退だと
「疑似ムーンサルト!」
正面の木を利用した月面宙返りで宙を舞う。左右への回避なら難なく追い付いてきたが宙への回避ならどうだ?空でも飛ぶか?
次の瞬間、大蛇は龍になった。
「跳ぶの!?」
尻尾をバネに空中の俺へと噛みついてきたのだ。この状態では回避はおろか体勢を建て直すことさえ不可能。なら残された選択肢は一つだ。
「お邪魔しま~すうぅ…ぅ…」
俺の声は奴の体内へと消えていく。これはでかい賭けだった。体内へ入った時点で即死判定ではないのか、そもそも体内までプレイヤーが侵入するケースが想定されているのか。
しかしそこは神ゲー、俺の心配は無事杞憂に終わった。しっかりと作り込まれた食道に胃袋。蛇といえば丸飲みという共通認識もしっかりと再現されていた。
「おりやぁぁぁ」
食道の壁に刃を刺しながら重力に身を任せる。切り裂いた痕から血やら粘液やら何やらが一斉に頭上より降り注ぐ。
「うわっぶ………………………うえっ臭え!」
一際空いた空間に着地した俺をつんざくような激臭が襲う。足元に溜まった液体にはモンスターだったものの残骸がぷかぷかと浮き、その腐臭と胃液の酸臭が混じり合った刺激臭が充満していた。
「くそ、早くこっから出ねえとこいつらみたいになっちまう!」
胃液の影響でHPが着々と削られていく。助かったは良いもののこのままではスリップダメージによって結局死んでしまう。
「こうなりゃもうヤケクソだ!おらぁぁぁ……………………うっぷ」
一心不乱に短剣を肉壁目掛けて振り回す。外から響く奴の阿鼻叫喚に呼応するように此方も腹の底から雄叫びを上げるが、息を吸った瞬間に孵卵臭による吐気が込み上げてくる。
「こいつ借りるぞ!」
このままでは間に合わないと判断した俺は足元の胃液に片腕を突っ込み、腹の底に沈んだ今は亡きモンスターの牙を拾い上げる。
使えるもんはなんでも有効活用だ、即席の双剣にしては中々の出来栄えじゃないか
肉壁の一点に標準を定め、ただひたすらに切り捲る。奴の皮膚は柔らかい代わりに厚みがある。それに対して俺のHPは柔らかいくせに厚みもねえ!
「体感3秒で1ダメ!残りHP15!制限時間…………45秒!………………45秒!?」
頭をフル回転させて導きだしたタイムリミットは僅か45秒。そのあまりの短さに言語化して初めて気づかされる。しかもボロい短剣は既に擦りきれて木棒と成り果てた。こんなことなら研ぎ石を買っておくんだった!
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇ」
しかし意外にも45秒を待たずしてその時を迎えることに。俺はその瞬間、ボロい短剣を握る右手に確かな感触を得た。剣先は奴の腹部を貫通し、外の空気が一斉に吹き抜けてくる。
「シャバの空気をもッと寄越せぇ!」
左手の牙を捨て、貫通した短剣を両手で握り直す。そこから全体重を短剣に乗せて、傷口を一気に開く。短剣がみしみしと悲鳴をあげるが此処等でお前はお役御免だ!
「ギャバアアアアアアアア」
大蛇の絶叫が森中に響き渡る。腹から飛び退いた瞬間、大蛇はポリゴンへと爆散していく。ポリゴンの祝福を全身で受け止め、目を閉じ両手を広げる。
「ユグドラ最高………」
勝利の美酒ならぬ、勝利の汚液を身体に纏わせた変態は天を仰ぎ、久方振りの快感に身も心もどっぷりと浸す。
長きに続いた激戦は半裸の勝利で幕を閉じたのだった。
スネアスネーク<亜成体>
スネアスネークの幼体から生体への変態途中の段階。脱皮直後の鱗は純白で柔らかく傷つきやすい。その為外敵への警戒心が非常に高く、一番獰猛になる期間でもある。しかし自分から狩りはしないため脱皮前に食料を溜め込む習性がある。幼体が持つ粘泡袋、成体が持つ蒸毒袋共に有していないという特徴を持つ。