くまさん襲来
「とんだファッキントカゲだったな………………………次あったら問答無用でポリってやる」
ワンティアへの帰り道、一向に静まりそうにない怒りを口にする。あれから約30分、森中を走り回ってようやく短剣を奪い返すことに成功した。それはもう跡形も無くなるまで木っ端微塵にしてやった。
「それにしても走りすぎたな…………………疲労感まで完璧に再現しやがって」
ステータスを開くとSPが2しか残っていない。SPの減りと身体への負荷が比例しているみたいだ。
そこから二十分間、一言も発することなくひたすらに目的地へと歩き続けた。
「着いた………………………………」
ゲーム開始から約一時間後、ようやく始まりの街に到着する。歩くだけではスタミナは消費されないようで現在はSPが23まで回復していた。単純計算で30分間で28減ったということはおおよそ一分走ってSPが1減ることになる。武器が軽めの短剣だったことを考慮すれば、武器種次第では更にスタミナの減りが早くなるかもしれない。ただ最初のうちは30分かけても倒せないような敵は出てこないだろうからあまり心配はいらない。
「流石ユグドラ、昼時なのに人で溢れかえってんな。」
頭にバンダナを巻いたお兄ちゃん、全身フル防具の騎士、二人組のカップルに半裸で鳥頭の変態まで様々なプレイヤーで賑わっていた。
「おお!坊主生きてたか!」
その時、背後から聞き覚えのある渋い声が聞こえてきた。振り返るとそこにはチュートリアルのおじさんが駆け寄ってきていた。
「いや~逃げちまって悪かったな。でも本当に生きててよかったぜ。そうだ!お前さんこの街は初めてだろ、俺が案内してやるよ!森でのお詫びだと思ってくれ。」
「た…助かります。」
どうやらまだチュートリアルは終わっていないようだ。突然の再会に少しばかり気圧されながらも彼の後を追う。
「ここは俺が経営している武器屋だ。俺の家は代々武器屋の人間でな、長男の俺がこの店を継いだのさ。各地で揃えた大剣に双剣、魔導書なんかも売ってる。お前さんには借りがあるからな、安くしとくぜ!」
武器屋の情報と共におっさんの家系情報を獲得する。
ありがたい話だが疲れも溜まってきたしここらで一度ログアウトしておくのが良いだろう。おじさんには悪いが一旦抜けさせてもらおう。
「あの……………悪いんだけどこの後予定があるから」
「予定?そんなもんに縛られてたら偶然の奇跡を逃しちまうぜ。この世界は行き当たりばったりぐらいがちょうどいいんだよ。分かったらついてこい!」
意外にもしぶとく食い下がってくるのでもう一押し。
「でも………………どうしても外せない用事で」
「行き当たりばったりには当然想定外の事態だって起きるもんだ。それを楽しむのも冒険の醍醐味だぜ。分かったらついてこい!」
「ちょっとトイレに………………」
「トイレ?なら俺の家のトイレを貸してやるよ。分かったらついてこい!」
急に強引になるオヤジ。何としても俺を逃がさないつもりのようで俺がついてくるまでこちらを凝視し続けている。ここにきて急に安っぽいRPG感を出してきやがったな。おそらくこのチュートリアルが終わるまで落ちることはできそうにないので、ここは大人しく従っておくことに
「…………とまあ街の紹介はこんなところだな。何かわかんないことがあったら俺に聞けよ。いつでも武器屋にいるからよ!」
あれから防護具屋に雑貨品店、セーブポイントとなる宿屋など計8つの店舗について約30分間、奴のマシンガントークが止まることはなかった。このゲームを進めていく上で重要な情報だったのは間違いないがタイミングが悪かった。
「助かったよおじさん。」
「おう!ただ買いすぎには気を付けろよ、何事も計画的にな!」
さっきと言ってることが違うじゃないかこのハゲ。そしてこの屈託のない満面の笑み。NPCの癖に煽り性能はなかなかに高いじゃないか。
そんなこんなで無事チュートリアルは終わり、武器屋のおじさんは去っていった。まだまだ試したいことは山積みだがここらで一度ログアウトする。一日はまだ始まったばかり、夜まで遊びつくしてやろうではないか。
軽く昼食を済ませ再びログインした俺は手始めに武器屋へと足を運ぶ。買えるかどうかはさておきどんなものが売っているのか見るだけでも心躍るものだ。
「おじさん、買いに来たよ」
「おう、来たか坊主。未来のお得意様にはサービスさせて貰うぜ」
右手の銭ジェスチャーがなんとも様になっている。しかし武器屋というだけあって今までの他ゲームで経験してきた武器は大体揃っていた。何なら見たこともないような武器種まで陳列されている。
「この双剣はいくらするんです?」
陳列された中で一番安い双剣を手にする。どんなゲームでも銃があれば銃一択なのだが、無い場合は大体双剣を選んでいる。理由は簡単、動きやすいからだ。自分のプレイスタイルは手数で攻めるタイプなので専ら双剣とは相性がいい。
「それなら10000ゼニーだな」
現在の所持金はきっかり5000ゼニー、半額足りない。今使っている短剣も重量のある大剣やアックスよりかは使い勝手はいいが、できることなら早めに買い換えておきたいところ。
そしてこのゲームにおけるゼニー獲得手段は主に四つ。
一、NPCからの依頼クリア時の報酬金
これが大多数のプレイヤーにとっての主な収入源となっている。依頼は難易度も報酬額もピンキリのため初心者にも優しいシステムだ。
二、プレイヤー間での譲渡
これはゲーム内での人脈の有無に関係してくるが可能であれば一切の手間がかからないため楽でいい。それ目的のクランもあるとかないとか。
三、フィールド上でのお宝探索
これはゼニーを集めるというよりかは冒険の傍ら、偶然発見した副産物のような位置づけだろう。見つけるのには時間と手間がかかる上にゼニーがいくら入っているかどうかも不透明。収入源としてはやや釣り合っていない部分が多い。
そして最後の四つ目が………………
「この装備一式売ったらいくらくらいになりますかね?」
防具、武器その他アイテムの売買だ。当然購入時よりも価格は落ちるが今回は初期装備だったためあまり気にはならない。しかもこのゲームでは防具と武器にそれぞれ「重量」というステータスが設定されており、それが直接身体への負荷として適応される。一応STR(筋力)の値によってある程度は軽減されるが、手数勝負の俺にとって邪魔でしかない要素なのだ。
更に残念なことに初めの街ということもあり、掲示板の依頼届にはどれも低額の案件しか寄せられていなかった。しかもその大半が未入手の木の実や植物採取の依頼という些かモチベーションに繋がらない案件だった。
「それなら15000ゼニーで買い取ってやる」
なんと!これなら最悪腰だけ残しても足りるではないか。街中をズボンなしで闊歩するのは少々抵抗がある。初期装備に意外と高値が付いたことに驚く一方、心の中にある葛藤が生まれる。手に取った双剣の隣に鎮座する更に小振りの双剣。
武器:双剣:20000
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エビルスライス
性能値
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POW(攻撃力):30
FRI(摩擦):5
WEI(重量):5
性能面も見た目も一段階上。そして値札に彫られている20000ゼニーの文字。何としても俺を露出狂に仕立てたいという意思を感じずにはいられなかった。ズボンをとるか双剣をとるか
「じゃあそれ一式売ります」
「まいど!」
ズボンと恥を捨てて双剣を選択する。おそらく腰装備の下に何かしら履いているはずなので街中を歩けないなんてことはないだろう。なに、すぐに新しい防具を買うだろうからそれまでの辛抱だ。
「じゃあこの20000ゼニーの双剣買います。」
「おっと坊主、お前にそれはまだ早いんじゃないか。」
「え……………どういう」
意味の分からない発言に頭を傾げる。そして値段付近にある書置きに気が付く。
◇スネアスネーク10匹の討伐
時既に遅し。全てを売り払った後で購入条件を満たしていないが発覚。武器を買うのにも条件があるなんてのは初めての経験だった。
「このスネアスネークってのはどこにいますか。」
「それならさっきの森にうじゃうじゃいるだろうさ」
それなら問題ない。多少順番が変わってしまったが些細なことだ。
「それじゃあ10匹倒したらまた」
「おう、待ってるぞ」
まだ買ってもいないのに手触りや使い心地を想像する。やっぱりこの興奮はゲームでしか味わうことができないだろう。心なしか体がさっきよりも軽くなって、肌に触れる春風が心地いい。……………………うん、これは半裸だからだね。
「………………………………見てあの人」
「うわぁ………………………。わっ!こっち見た」
春風と共に妙な視線を周囲から感じる。ふと振り返ると二人組の女性プレイヤーが急に俺から視線を外した。装備なしってだけでそこまで珍しいもんか?…………………
俺はゆっくりと自分の姿を確認する。そしてそのあまりにも非情な現実を目の当たりにするのだった。
「くまさんの………………………………ブリーフ………………………………だと…………………」