いざ新世界へと!
太古の昔、未だこの惑星に生命が宿ることのなかった白紙の時代。この地に一粒の種が植えられた。種は広大な大地に根を張ることでこの地に様々な恩恵を授けた。荒れ果てた大地には色とりどりの草木が芽吹き、可憐な花を咲かせた。沈降した地表には溶けだした氷山が流れ込み、地平線まで続く大湖が生まれた。
そして時は巡り、この地に初めての春が訪れる。一粒の種は天へと昇るほどの大樹へと成長し、やがて祈りの果実を宿した。命の誕生、未曾有の天災、生命のサイクル、そして知的生命体の誕生。いつどの時代においても世界は”始まりの大樹”………そう「世界樹」と共にあった。命のバトンは悠久の時を経てとうとう我々”人類”へと託された。未開の地にあ
「長げぇよ」
つらつらとしゃべり続けるオープニング映像に辛抱たまらず、視界の端に表示されたスキップボタンを押す。最初くらいは見ようと思ったのだが世界観の説明ならやっていく中で掴めるだろう。
「性別は………男でいいか。おいおい………骨格の選択とか聞いたことないぞ」
ここまで来ると驚きを通り越して最早怖い。骨格から輪郭まで細部にまで拘った無限の選択肢が表示される。髪型なんて短髪と長髪以外の分類を知らないぞ………
試行錯誤すること約一時間、ようやく納得のいく顔立ちが完成する。リア友とやるとき少し気恥ずかしいのでリアルとはかけ離れた顔立ちにした。MMOである以上他プレイヤーとの交流も大事になってくるためキャラメイクに妥協は許されない。
「名前はもちろんこれしかないな」
プレイヤーネーム欄に打ち込まれた「サカタク」の文字。どのゲームでも基本名前は統一している。こうすることで自分が今まで積み上げてきた全てをこのゲームに捧げている感覚になれる。自分ではかなり大切にしている部分だ。
「あいつらも今頃始めてるのかなぁ………」
三か月後のイベントにはチーム「WASD」として参加するため、昨日の打ち上げで三人にそれぞれソフトが配布された。きんぴらはともかくアフロは見れば一発でわかるだろう。何せ先ほどキャラメイクの時にアフロヘアーがあるのを確認済みだからだ。あいつはあいつでアフロに対して尋常ならざる執着を持っている。
仲間に思いを馳せながらも、この身体は今にも未開の地へ飛び出したい衝動に駆られていた。新たな地に足を踏み入れていくこの高揚感、何度味わっても決して色褪せることはない。俺はこの先に待つ新境地に胸躍らせながらゆっくりと新世界の扉を開いた。
「………どこだここ」
目を覚ますとそこは一面真っ暗。どうやら何かに埋もれているようなので手探りで掻き分けていく。
「ったくどんな始まり方だよ………ってどういう状況だこれ」
まったくの予想外のスポーンに疑問を漏らすが、視界に映った光景を前に更に言葉を失う。どうやら俺は森の中を駆ける馬車の荷台に乗っているようだ。そしてその荷台に今にも飛び乗ろうかという距離に三匹のゴブリンが全速力で迫ってきていた。
「お、起きたか坊主!説明は後だ!その荷物あいつら目掛けて投げ捨ててくれ!」
運転席から声が響く。振り向くと中年のオヤジが片手で手綱を引きながら、背後から迫りくるゴブリン達を指さしていた。俺は指示通りに梱包された荷物をゴブリン目掛けて次々と転がしていく。しかしゴブリン達はそれを悠々と躱し、奴らとの距離は一向に開かない。
「クソ………追いつかれる!」
運転手のオヤジがそう雄叫びを上げたその時だった。突然目の前に二つの選択肢が表示される。
▷「おじさん、降りるよ!」
「おじさん、もっとスピード上げて!」
俺は選択肢を見て瞬時に理解する。おそらく上は戦闘のチュートリアルで下はVR経験者用のスキップと言ったところだろう。ストーリーに沿って矛盾なく展開していく辺り流石と言えよう。世界観に触れておくためにも一度戦っておくか
▶「おじさん、降りるよ!」
「おじさん、もっとスピード上げて!」
俺が荷台から飛び降りると同時に追ってきていたゴブリン達もこちらへ方向転換する。
「ちょっ坊主…………………生きてたらワンティエゴを目指せ!」
おじさんは少し躊躇いつつも馬車を走らせた。相手は三匹のゴブリン。手にはそれぞれ短剣、斧、石弓を携帯し、その気味悪い緑の肌と尖った鼻、卑しい目つきは堂々たる小物っぷりだ。
「初戦の相手はお前に決めた!」
記念すべき初物を短剣ゴブリンに捧げることを決意し、最短距離で詰める。それに合わせてゴブリンが短剣を振り上げるが構うことなくその歪顔に鉄拳を叩き込む。
「おっ………流石神ゲー」
崩れゆく短剣ゴブリンの背後より二体の邪鬼が迫りくる。一騎打ちが如く一匹やられるまで敵の仲間がぼっ立ちだった従来のゲームとは違い、しっかり敵も連携してくる。社運を賭けるほど力を入れているのも頷ける。一体どんだけのAI積んでんだよ………
「これ借りるぜ」
秒殺したゴブリンが落とした短剣を拾い上げ、斧の振り下ろしを勢いそのまま薙ぎ払う。
「これで二キル!」
後ろへ仰け反った斧ゴブリンの鳩尾に短剣を一突き。一瞬体がピクリと振動する辺り……なんか無駄にリアルで気色悪いな
そんな心配を払拭するかの如く速さで弓が飛んでくる。何とか目で追えたので反射的に素手で掴んでみた………が僅かにダメージ判定を受けたようで右腕にピリッと電気が走る。
「あぁぁ……たまんねぇな!」
負傷した際の痺れはどのゲームでも共通なようで、この生を実感しているような刺激が堪らなく好きなのだ。自分でも少し気持ち悪いとは思うがゲームを楽しんでいる何よりの証だ。
次の矢を装填する暇も与えることなく飛びつきざまにキャッチした弓を脳天へと振り下ろす。
「三タテ決まったぁ!」
雄叫びは森中へと響き渡った。チュートリアルなのにこの満足感。雑魚敵に積まれた超ハイスペックAI。圧倒的グラフィックにリアルと遜色ないレベルの操作性。どうやら俺はとんでもないゲームと出会ってしまったようだ。未だ心音収まらぬ中、この手には確かな実感があった
「これは当分ほかのゲームには戻れそうにないな……」
どっぷりはまってしまう未来を想像し、俺は思わず苦笑いを浮かべたのだった。