居酒屋の一角で世界は動く
「かんぱーい!!!」
騒がしい歓声とともに杯が酌み交わされる。溢れんばかりの大ジョッキが卓を埋め尽くさんとしているその傍ら、どうも似つかわしくない杯が一つ。
「いやぁぁ………まさかあの局面で挟み撃ちされるなんてある意味持ってるわなぁ」
慰めか煽りか、一番最初に死んだ奴にしては何とも嬉しそうな顔をしている。
「お前ほどじゃないさ。何たって二分の一を引き負けてババアに殺されてたもんなぁ。隣で笑いを堪えるのに必死だったぜ。しかも一番最初に死んだくせに試合後のインタビューでは一番長く喋ってたよな。一体何をそんなに話すことがあったんだ?」
「なんやとこらぁ!毛も生えてないくせに随分な口聞くやないか!?」
「んなっ!毛ぐらい生えてるわボケ!」
不毛なやり取りに周りの視線が集まり始める。
「ちょっと、他のお客さんも居るんですから控えてください。それに大学生でもたまにいるんですよ。まあ言っても星5くらいですかね」
仲裁に入るふりをして加勢してきたのはきんぴらこと金平亮。プレイヤーネームの「きんぴら」は苗字からとっているそうだ。
口調こそ誰に対しても丁寧だがその実ゲームでは弱いもの苛めが大好きなサイコパス系の鬼畜。こういうタイプはマッシュと相場が決まっているものだ。
「準優勝なんだからそう気を落とすな。ほら、冷める前にどんどん食え。」
楠木会長からトングで掴んだ焼き肉を差し出される。まだ赤みがかった表面は牛肉だけに許された特権だ。タレに絡ませて白飯を包んだまま口へ運ぶ。
チーム「WASD」は最終フェーズまで生き残ったがその後老夫婦の挟撃によって準優勝という結果に終わった。
VRホラーゲーム「game of tag」略称「got」。昨年リリースされたgotの三部作である「got3」は、当初流行を独占していたVRFPSから覇権を奪い取り、一躍時のゲームとなった。全盛期ほどではないが今現在でも根強い人気を誇っている。
廃墟となった館を徘徊するババアとジジイから生き残る協力型脱出ゲームで、五人~三人プレイまで可能である。難易度選択も「健康体」~「頻尿&癇癪持ち」の五段階に分かれている。
ゲーム進行は大まかに分けて二段階フェーズとなっており、第一フェーズはゲーム開始から朝を迎えるまでの5時間、実際には30分となっている。
第一フェーズでは隠密して、チェイスはなるべく避けるのが一般的。各隠れ場所についてそれぞれ五分間の制限が設けられているため少なくともゲーム中に六回は館を散策しなければならない。
更に隠れ場所に関しても足音や足跡、置物などに少しでも異変があるとばれる可能性があるため細心の注意が必要だ。今回の大会で「アフロ」が殺されたのは足跡が原因だった。
そして第二フェーズは夜明けからゲームクリアか全滅するまで時間無制限で行われる。第二フェーズ開始と共にジジイが解放されるため、もしこの段階で生存者が一人だった場合、二対一とほぼ負け確定となってしまう。そのためにも第一フェーズでのチェイスは避けなければならない。
優勝したチーム「百足千手観音」は今大会最速タイムを記録し、唯一のクリアチームでもあった。二位以下は俺たち含めて生存タイムの勝負となった。更に驚きなのが奴等「百足千手観音」は特殊クリア条件を達成しての優勝だったこと。
このゲームでは基本的に館からの脱出がゲームクリア条件となっているが、例外的なクリア条件も存在している。
それが「宝探し」と呼ばれる特殊クリア条件である。これは各部屋にランダム配置された十二個の特定アイテムを回収して、その部品でボウガンを作成するというホラーゲームの常識に真っ向から対抗した戦法である。
そしてこの攻略方法で最も重要なポイントがジジイが第一フェーズから確定で放出されるという点である。ジジイは鼾をかいて寝ているため部屋の特定は容易であり、そこの扉を開けない限り第二フェーズまではずっと寝ている。しかしボウガンの部品の一つが確定でジジイの部屋に沸くという鬼畜仕様のせいで、ボウガンが出来上がる前にジジイと対面することになるのだ。その山場を乗り越えた上で爺婆共に倒さないといけないため幻のクリアと言われていた。
このゲームには「宝探し」以外にも「停電」という外の天候が嵐の時のみに起こる理不尽ギミックや一定回数以上通ると床が抜ける「墓穴スポット」、稀に出現する屋根裏部屋へと続く「隠し梯子」などの特殊ギミックが数多く存在している。
このようにPSに加えて、運要素の絡んだ展開がこのゲームの魅力でもある。
「got」一周年記念イベントの一環として開催された今大会。全国から集まったプロゲーミング団体から、有名配信者、地方予選を勝ち抜いた一般人による素人チームまで、様々な団体が入り交じった激戦。その奔走の模様は某有名配信サイトなどで大々的に配信され、配信後わずか数時間でチャートを独占するほどの注目を集めた。
俺達「WASD」はリーダーの「三秋三郎」、通称「アフロ」を筆頭に「金平亮」、通称「きんぴら」と俺「坂本拓人」、通称「サカタク」の三人で構成されるプロチームだ。主にVRゲームをプレイする「Fゲーマー」といわれる分類のプロチームである。
「Fゲーマー」の「F」は「FREE」から来ており、特定のジャンルテリトリーを持たないプロゲーマーのことを指す言葉である。「WASD」はピクトグループホールディングスの傘下企業であるため、自社作品の宣伝目的で雇用されている。なので他社のゲームは基本行わない。
「坂本くん、酒は飲めないんだっけか。」
大ジョッキを一気に飲み干した会長が俺に問いかける。ジョッキの縁には真っ赤な口紅が疎らに残っていた。
「俺まだ未成年ですから。パッチテストは余裕でしたけどね。」
「ならセーフだな!今夜は好きなだけ飲め飲め!お母ちゃんには黙っといてやるから!」
いや普通にアウトだろ。未成年に酒を進める大人、世間的にも完全にアウトだ。
…………まあ飲むけど
「じゃあウーロンハイで」
「すいませーん!ウーロンハイ二つで!」
あんたも飲むんかい。こうなってしまったら最後、会長には誰も手が付けられない。いつもの凛々しい姿はどこへやら、ぐでんぐでんに酔っぱらったおやじへと豹変する。
「少し話があるんだけどいいかな」
そう声をかけてきたのは俺達のチーフマネージャーである真鍋さん。何か仕事の依頼があった時は基本この人から伝えられる。それに加えて酔っぱらいの介抱も彼の仕事だ。
「一段落したところで悪いんだけど次の依頼が入っていてね………」
そう口にする彼の表情はどこか重たげだった。何か気の乗らないような依頼なのか……はたまたあまりに事が大きすぎて失敗できない超重要案件だったり………
「今回は我が社の社運を賭けた特大プロジェクトでね………上もいつも以上に期待してるみたいなんだ。我が社の新作VRMMOが先月発売したのは知っているかい。」
「名前までは忘れちゃいましたけどCMとかでやってる"アレ"ですよね」
最近は大学での話題もこのゲームの話で持ち切りだ。VRゲームにしてはプレイヤー層も厚く子供から大人まで総じて人気がある印象。聞いたところによるとプレイチャートでも軒並み一位を独走しているらしい。間違いなく今一番波に乗っているゲームだろう。
「そうそう。それでね、あんまり大きな声じゃ言えないんだけど……ゲーム内で三ヶ月後に大型イベントが実施される予定でね………その中に今回みたいなプロチームによる参加型企画が用意されているんだ。」
今一番来ているゲームの重要機密事項が街の居酒屋の一角で明かされる。リリース後初の大型イベントともなるとそれなりに注目を浴びることになる。ここを成功させるか否かでこのゲームの行く末が決まるといっても過言ではない。
「分かりました………………でも具体的には何をすればいいんですか。三か月ってことはただレベル上げするだけじゃないですよね。」
「君たちにはこの三か月間ひたすらこのゲームをプレイしてほしい。ただそれだけだ。VRゲームといっても作品によって微妙に操作性能などが異なるからね。三か月というのはこのゲームに慣れるという意味合いも含まれていると思ってくれ。」
三人にゲームソフトが手渡される。
「そうそう「ユグドラシル」だ」
パッケージにはでかでかと「ユグドラシル」の文字が刻まれている。
今一番人気のゲームがどんなもんか手早く調理してやろうではないか……まあ……明日くらいには
今はこの疲弊しきった体を休ませるのが最優先だ。なにより肉がうめぇ!