クソガキ・オブ・クソガキ
忌避の象徴として崇められたこの依頼には未だ語られていない真実があった。
違う視点を持つことがクリアへの道筋であること、それに気付いたのは何も彼等が初めてではない。幾億もの先人達が我先にクリアへの鍵を手にいれたと歓喜し、皆そろって絶望した。何故ならサービス開始から今日に至るまで、この依頼の深淵に触れた者は一人たりとも存在しないのだから。
「もう、坊っちゃんには会ったんですか?」
通常なら掲示板で依頼届を受け取るが、簡易地図を持っているということは一度依頼主に会っているはず。こんな依頼を出してくるくらいだ、ドブをドブで煮詰めたような生粋のクソガキに違いない。親どころか祖父母の顔くらいは拝んでおかなければなるまい。
「会いましたよ。依頼を受注した途端向かいの酒屋の店主に声を掛けられまして、坊ちゃんさんはどうやら酒屋に引き取られた迷子のようなんです。」
迷子の身でありながら冒険者をこき使うなど言語道断、大人を嘗め腐ってやがる。
しかしまあ普通の依頼にしては中々に手の込んだロールじゃないか。簡易地図なんかもそうだが、異常にストーリー性が練られているように感じる。とは言ってもこれが初めての依頼なので俺の主観でしかない訳だが。
「少しお話したんですが、子供らしくてとても愛らしかったですよ。自分もあんな弟が欲しいです。」
彼女の話を聞く限り、そこまでマセている訳ではないらしい。俺も大人だ、ここは寛大な心で迎えてやろうではないか。
「おいババア、あれはなんだ。庶民の娯楽か何かか?」
酒屋の門を叩いた俺たちへと向けられた第一声は、俺たちと言うより、俺個人へと向けられたものだった。ババアと呼ばれたこの店の店主は、その悪態を気にも留めず小生意気な少年へと続けた。
「こら坊や、お客さんに向かってそんな口きくんじゃないよ。ごめんねお嬢さん、この子にはあとで言い聞かせておくからね。」
店主の言葉は小僧とは対照的に隣の橘にだけ向けられていた。来店してから一度たりとも俺と目を合わそうとしない徹底ぶりは流石としか言いようがない。しかし小僧の毒舌は止まるところを知らない。
「客?あれが?服を着ていないではないか、見世物の間違いだろう。庶民にしては中々に興が乗った道楽じゃないか。」
想定の遥か上をいくクソガキムーブだ。髪の毛先は一寸の狂いもなく一直線に揃い、この小汚い酒場には似つかわしくない豪勢な装い。更に貧乏揺すりが止まらない煩わしい足先には爪先が反り返った靴という、この世の豪華を一心に身に纏うその様は正しく金持ちのボンボンという言葉に尽きる。一体彼女はどこから愛らしさを汲み取ったのだろうか。ここは紳士足る者の処世術をご覧に見せよう。
「坊や、誰が見世物だって?お兄さんは歴とした冒険者なんだぞ。お前ももう少し大きくなったらなれるかもな。」
「おい、僕の許可なく話すな。見世物は見世物らしく踊りの一つや二つ見せてみろ。」
おっと手はダメだぞ俺。中々重めのジャブを貰ったが思い出せ、所詮は子供の戯言、寛容に受け流してこそ余裕のある大人ってもんだ。
「やめろ、それ以上近寄るな。馬鹿がうつる。」
「はははは、面白いこと言うじゃねえかクソガキ。お望み通り舞ってやるぜ!」
この際だ、良いことを教えてやろう。酒場には護身用にライフルがあるんだぜ!こっちは駆け出しの半裸冒険者、失うもんなんてねぇんだよ!!これが本物の訃報届ってな!!
この後、俺が正気を取り戻すまで店はてんやわんやだった。幸いにも橘の決死の説得によって事無きを得たのだった。