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ユグドラシル~初日に世界を終わらせた男~  作者: 猪突
淵源を知る時
12/16

この乞食にありったけの祝福を

「ど……どうかひもじい私めに施しを…………………………」


俺の必死の懇願は夜風に乗って遥か彼方へと飛ばされる。足を止める者どころかこちらに視線を向ける者さえ現れない。人生初めての挫折をまさかゲーム内の街道で味わうことになろうとは夢にも思わなかった。厳しい冷え込みの中、話は数時間前に遡る。








「とりあえず優先するべきは調合書と砥石の確保だな。」


防具武器周りは一旦割り切ることにして、まずは必需品の確保から。まずこいつらが揃わない限り例えPSがあっても戦いにならない。特に研石は今の俺にとって一番早急に確保しなければならないアイテムだ。棍棒同然の短剣では豆腐だって切れやしない。


「すいませ~ん。少しお時間いただいてもよろしいですかね。」


丁重な言葉使いで近くを通りかかった一人の女性プレイヤーに声をかける。

そう、今の俺にとって入手方法は他プレイヤーからの譲渡しかないのだ。防具武器と違って消費型アイテムなんかは譲渡できる場合が多い。代金さえきっちり手渡せば惜しみなく買ってくれると踏んだ。


「あっはい、どうかしまs……………………………………え……あっ、すいません急いでますので。」


振り返ったお嬢さんの表情が突如曇る。まるで汚物でも見るかのような眼差しで俺を一瞥した後、そそくさと去って行った。


あー………………………はいはい、そうだよね。いきなり話しかけたらびっくりしちゃうよね。仕方ないよ、きっとシャイガールだったのかな。


今度は確実に。見てくれと言わんばかりに筋肉をひけらかすタンクトップの男性プレイヤーへと声をかける。


「筋骨隆々のそこのお兄さん。ちょっと時間貰えます?」


どうだ俺のこの会話スキル。相手が欲しいだろう言葉を節々に混ぜつつ、こちらは腰を低く下手に出ることで相手が食い付きやすいような道を作っておく。これこそ俺がリアルで会得した話術における神髄である。


「お、あんちゃん分かってんな!まあ話く……ら……い……は……」


男の視線と共に声のトーンが段々と落ちていく。表情が徐々に青ざめ、困り眉のぎこちない笑みで俺ではなく下腹部のくまさんへと続ける。


「悪いがあんちゃん、俺にその気はねぇんだ。」


どうやら俺は半裸のお陰で"そっちの口"として見られてしまったようだ。確かによくよく考えてみると半裸の男に突然街中で話しかけられるなど狂気以外の何ものでもない。それが女性ともなると尚更だ。


その後も幾度となくトライするが悉く失敗に終わった。俺の旅は序盤にして早くも頓挫しようとしていた。それでも必需品が無いことには始まらない為、恥を覚悟で道端に座り込み乞食こじきの如く施しを乞う。

俯き加減の掠れ声で悲壮感を演出してみるが成果はない。ただ”こうはなるまい”と蔑んだ眼差しを向けられるのみ。


「あの、大丈夫ですか」


その時、俺は女神を見た。温厚篤実、温柔敦厚、どんな言葉を並べても尚、形容しきれないその朗らかな眼差しが優しく俺を包み込む。俺には彼女の背後から差し込む後光が見えるがこれは恐らく幻覚ではないだろう。


「お………………お母さん」


「へ!?いやっ…………………お母さんではないんですけど。」


慈母の如き温情につい古き日の母親の面影を重ねてしまった。心優しき乙女はやや驚きながらもその華奢な手を俺に差し出す。


「困ったときはお互い様です。何かお力になれるようなら手伝いますよ。」


「ほ、本当ですか。ありがとうございます………」


俺は止まらなくなった涙やら鼻水やら変な汁やらをズルズルと啜りながら、差し出された手を強く握りしめる。


「私のことは好きなように呼んでください。よろしくお願いしますね、サカタクさん!」


彼女の頭上に浮かび上がる「橘雫たちばなしずく」の文字。俺に真っ直ぐに向けられた笑顔からは本名でプレイしていることの羞恥心など微塵も感じられない。


「こちらこそよろしくお願いします、橘さん。早速で悪いのですがおつかいを頼まれてくれませんか?えーっと……………………………………お金の受け渡しってどうやるんでしたっけ。」


手持ちの二万ゼニーを渡そうと試みるが操作方法が分からない。


「それならフレンドにならないといけませんね。…………………今申請送りました。」


その場でフレンド通知が届く。こちらとしてはありがたい限りだが、些かガードが緩すぎるのではないかと不安になってくる。俺のような出会って数秒の変質者に何の迷いもなくフレンド申請できる辺り、中々に肝が据わっている。

お互いにフレンド登録を済ませ、所持金の二万ゼニーを譲渡する。


「これで買えるだけの砥石と各種調合書を買って来てほしいんです。とある事情で自分で買えなくて困ってまして。」


「そうだったんですか、それならお安い御用ですよ。少し待っていてください!」


彼女はどんな理由で買えないのか気にする素振りすら見せずに小走りで去って行った。各種調合書ともなればそれなりにするだろうが二万ゼニーもあれば足りるはずだ。これで当分の間アイテムに困ることはなくなるだろう。


「只今戻りました~」


待つこと十数分、息を切らして彼女が戻ってきた。何とか窮地を脱したかに思えたが、彼女の煮え切らない表情を見て事態を悟る。


「どうかしましたか?」


「それが……………………………………」


彼女が開いたアイテム欄を覗き込む。


「どうやら調合書は一人一冊までのようで買えませんでした。」


非情な現実がそこにはあった。一瞬で血の気が引き、目の前が真っ暗になる。自分の分の調合書しか買えない、それ即ち俺の回復手段が完全に無くなったことを意味する。

……………………………………いや待て


「大丈夫ですよ、気にしないでください。あの、一つ確認なんですけどこのゲームってアイテムの譲渡って可能ですよね?」


そう、調合書が無くても既製品を他プレイヤーから売ってもらえば問題ない。多少図々しいやつに見えるが、いまさらそんなステータスが追加されたところで痛くも痒くもない。


「ええ、もちろん可能ですよ。回復系以外は」


「あ~よかった。そうですよね譲渡可能ですよねぇ……………………………………回復系以外は?」


ん?あれ?聞き間違いかな?耳に大蛇でも詰まってんのか?


「はい、回復系以外は」


「まじ?」


「まじです。」


「あー………そうですか」


未だかつて回復の選択肢が存在しないRPGが存在しただろうか。いつの世も冒険には武器と防具と回復、最近は出会いすら当然の権利であるかのように落ちているのに対してこの仕打ちはなんだ。金なし、服なし、回復なし負の三拍子。冒険ではなく限界サバイバルの間違いだろう。


「あの……………………………………代わりに買えるだけ砥石買ってきました。」


追い打ちの如く、傷心を抉る二千個の砥石。どうやら彼女は浮いたゼニーを全て砥石に当てたようだ。その屈託のない笑みに悪気はない。当たり前だ、俺が買えるだけ買って来てほしいと頼んだのだから。


「あ…ありがとう橘さん。」


俺は今、うまく笑えているだろうか。正真正銘一文無しとなった俺の手元に残ったのは二千個の砥石のみ。




これで金輪際砥石に困ることはなくなっただろう。あはは、やったー

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