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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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31.これからずっと


「どうして‶従属の呪言〟を使った?」



 くそばばぁが少年をボコしたあと。

 リーシャが買い物を済ませて帰ると、リビングの椅子に腰かける彼女にそう問いかけられた。



「……ムカついたからだ」



 むっつりとした顔でリーシャが答えると、彼女はため息をつく。



「はぁ……ムカついたら殺しかけていいのか?」


「あれは事故だッ! これからは気をつける……それでいいだろ」


「ダメだね。座れ」


「はっ……偉そうにお説教か? 白々しい。放任主義なんだろ、ほっとけよ」


「本当に『生ガキ』だねぇ……ったく。じゃあこれ食ってていいから話聞け」


「……なんだ、それ」



 ばばぁが片手に持った紙袋をふりふりと揺らしてみせる。



「街で買ってきた菓子さぁ。新作らしい。せっかく買ってきてやったのに要らないとはねぇ。残念だねぇ~~?」


「ちっ……瞬く間に食いきってやる!」



 今まで菓子など一度たりとも買ってきたことなかったくせに。悪運の強いばばぁだ。

 と、リーシャは心の中で悪態をつきながら席に着いた。

 帽子を隣のイスの背もたれに掛け、ばばぁから紙袋をふんだくるようにして受け取る。

 ばばぁはその様子に「くっくっく」と笑ったあと、裂けた帽子のつばをちらりと見た。



「物を大事にするのはいいことだがね……。何があろうと、人の命を危険に晒すようなことはしちゃいけない」


「そんなことわかってる」


「わかってねぇ。わかってねぇから‶従属の呪言〟なんてもんを使うんだ」


「…………」



 返す言葉がないリーシャは、代わりに菓子に手を付けた。

 チョコレートでコーティングされた細長い焼き菓子を、ちょっとだけ齧る。

 パキッと音を立てて、ひんやりとしたチョコレートが割れた。



「万が一あのガキんちょが死んでたら、お前はどうした? どうなってたと思う」


「…………捕まって……牢屋に入れられる?」


「違う。……心が削られて、今のお前とは別のお前になる」


「な、なんだよ別って……」



 淡々と語られる恐ろしげな話にリーシャは少しだけたじろぐ。



「誰かを殺せば自分の心も死んでいく。決して戻れない。生まれた時から戦争に巻き込まれてるのは誰だって同じだが、当たり前だと思っちゃいけない。誰かを害することもだ」


「そんなの──っ! じゃあ死んだ親を笑うのが当たり前か? そいつらといっしょにヘラヘラするのが当たり前か!? 仕返しせずに耐えるのが当たり前だったのかッ!? 私だって殺してやろうなんて思ってないッ!!」


「なら‶従属の呪言〟はもう使うな。金輪際、何があってもだ」


「ッ…………」


「人には役割があるんだ。お前の役割はただ生きることだよ。呪言なんて使わず、誰も傷つけず」


「っ……呪言があるから私はここにいるんだろうがッ! 都合のいいこと言うな!」



 リーシャは菓子を紙袋へ戻すと、祖母へ向けて乱暴に投げつけた。

 脇目も振らずリビングから廊下へ。梯子を上って屋根裏部屋に。

 戸を適当な家具で塞いで下から入れなくしたあと、リーシャはベッドに潜り込んだ。


 わかっている。自分は間違ったことをしてしまったのだと。

 そんなことはわかっているのだ。

 イラつき、憤り。

 自分の中に隠していた感情を外に出した羞恥。

 失った悲しさと、それを笑われたような感覚。

 だけどそれでも……涙は出なかった。





  ◇





 翌日、昼。

 戸を塞いでいたクローゼットを元に戻し、リーシャは梯子を降りた。



(くそばばぁは……寝てるか)



 ヴァンパイアにとっての『昼』は他種族にとっての『真夜中』だ。

 だが他種族との交流が盛んな都会においては昼に起きるヴァンパイアも多い。

 都会の淑女を自称するリーシャにとって、昼に起きるのはもはやステータスである。



「うわ、置きっぱだった……クソッ」



 玄関に向かう途中、リビングのテーブルに置きっぱなしにしてしまっていた‶夜陰の三角帽子〟を拾って外に出る。



(私が帽子を忘れるなんて……くそばばぁのせいだっ)



 心の中で八つ当たりしながら近くの森へ赴き、いつもの場所へと向かった。


 森の中の空き地。

 木々が生えておらず、しかし森に囲まれているためか背の低くて柔らかな草しか生えていない、リーシャお気に入りのスポット。

 あえて日の当たる場所で読書をするという、リーシャの自称おしゃれ趣味にぴったりな場所である……のだが。



「お~い! 都会女~~っ!」


(げ、なんでここに来るんだあのクソ田舎ガキ!)



 ばばぁにボコられたあの少年。

 読書に集中していて気づかなかったが、すでに日は傾き始めてしまっている。

 田舎といえど、もうヴァンパイアたちが動き始める時間帯。

 次からは別の場所で暇を潰そう……そう心に決めながら、リーシャは読んでいた本を閉じた。



「おい、無視すんなよ! 謝りに来たんだって!」


「……あ~~?」



 無言で背を向け立ち去ろうとしたリーシャだったが、少年の言葉に訝しげに振り向く。

 すると彼は頭を下げ、何か小さな箱のようなものを差し出した。



「帽子傷つけてごめんなさい! これ針と糸! 小遣い前借りして買った!」



 ……まさかあのクソガキがこんな殊勝なことをするとは。

 あまりの驚きにリーシャはしばらく無言だった。


 するといつまで経っても反応を返さないリーシャに痺れを切らし、少年が頭を上げる。

 それで納得できた。

 少年の頬には、誰かに叩かれたような赤みがあったのだ。

 おそらくばばぁを介して事情を知った彼の両親が、平手打ちと説教のコンボでもくらわせたのだろう。

 まぁそんなことは知ったこっちゃないと、リーシャは不機嫌な様子を隠さないが。



「……これで直せって? 誰にやってもらうんだ? お前はできないよな? 誰かに頼むんなら依頼料もいるんだが、誰が払うんだ?」


「う……そ、それもおれが払うよ! いいから見せてみろって!」


「触るなッ!!」



 帽子を見に近づこうとした少年だったが、強い嫌悪感を示すリーシャにびくりと立ち止まる。



「わ、わかったよ……それで、直せそうか?」


「直せりゃいいって話じゃないだろ…………あれ?」


「なんだよ?」



 被ったまま帽子のつばをぐるりと確認して、初めて気がついた。

 傷ついてしまったという事実を実感するのが嫌で、見ないようにしていたその傷跡。

 だけどその傷跡が──



「……これ返す!!」


「え!? おいなんでだよっ!」



 リーシャは針と糸の入った小物入れを押しつけるように返すと、少年の返事も聞かずに駆け出した。

 森を抜けて村道へ。

 今しがた起きてきたのだろう村人たちの挨拶に雑な返事をしながら、自分の家を目指す。



「くそばばぁ!!」



 扉を開き、開口一番に目的の人物を呼んだ。

 しかしリビングに姿がなかったため、リーシャは彼女の寝室へ無遠慮に飛び込む。



「起きろばばぁ! 起きろ起きろ!」


「うぉ~? やめろてめぇ~~……こっちは疲れてんだよ、寝かせろぉ……」


「うっさい起きろ! これ見ろ! ほらこれ! ばばぁがやったのかっ?」


「あぁ~~?」



 帽子を脱いで、リーシャは興奮した様子でその縫い目(・・・)を指さす。

 ぴったりと閉じ、注視しなければ気づかないほど丁寧に縫われたそれを。



「……さぁね。忘れた」


「素直じゃないばばぁだな! 客も来ないこの家で他に誰が直すんだっ!」


「おめぇが寝たあとにたまに来てんだよ。ジジババより早寝早起きしやがってガキが」


「じゃあ誰かに頼んでくれたのか!? それともばばぁが縫ったのかっ? 教えろってェ~~~~ッ!!」



 ベッドに丸まるばばぁの上に乗り、ゆさゆさと揺らす。

 ちゃんと答えるまで退かないつもりなのだ。



「重っ…………あ゛ーもうわァーかったよ! あたしが縫ったんだ! このルージュさまにかかりゃそんくらい晩飯前よ。オラ退けっ、あたしゃまだ寝る。若者だからな」


「意外と裁縫とかできんだな! ありがとうばばぁ!!」


「ばばぁじゃねぇ~~…………ったく」



 満面の笑みを浮かべたリーシャが部屋を出る。

 頑として目を瞑ったままのばばぁ──もといルージュはその笑顔を見なかったが、それでも笑っているとわかるほど嬉しそうに。

 礼を言う言葉遣いじゃないだろと思いながらも、不機嫌そうに寝返りを打つルージュもまた、小さな笑みを浮かべていた。





  ◇





 リーシャがこの村に来てからしばらく経ったある日。



「なぁ、ばばぁ」



 深夜。リビングのソファでくつろぐルージュにリーシャが声を掛けた。



「なんだ、今日はまだ寝ないのかい?」


「ん? んー」



 自分から話しかけたというのに、気のない返事。

 考え込む様子を見せるリーシャを訝しみ、ルージュはソファの背もたれから背中を離した。



「ばばぁって……私の母さんの母さん、なんだよな」


「ああ。それがどうした」


「じゃあばばぁは…………母さんが死んでどう思った?」


「!」



 たとえ親であっても、子どもが何を考えているかはわからない。

 親の親……祖母ならなおさらのことだ。

 普段のリーシャならともかく、悲しいような恐ろしいような……あるいはただの無表情のように見える今のリーシャの考えは、ルージュにも読めなかった。



「自分の子どもが死んで、悲しかったか? 人族に……復讐したいって思ったか?」


「……お前はそう思ってんのかい?」


「私は……復讐したいなんて思わないんだ。……変なのかな、私は…………薄情者なのかな」


「……そんなわけがないだろ」


「でもっ、私は……二人が死んだって聞いて泣かなかったんだ。涙が出なかったんだっ。それって、私は悲しんでないってことだよな?」


「違ぇよ」


「でもっ──!」


「違うっつってんだろ。あのなリーシャ……あたしだって、復讐しようなんて思わねぇ」


「そう……なのか? なんでだ……?」


「あの二人が自分で選んだ道だからだよ。あの子が自分で決めたことだ……その先に何があろうと、あたしにゃ関係ねぇ。あたしとあの子は違う道を行ってんだから」


「じゃあ……自分の道を行ったら……もう家族じゃなくなるのか?」


「バカガキが。家族ってのはそんな甘ぇ関係じゃねぇ。もっともっと強いしがらみ……呪いみたいなもんだよ。離れたからって消えるもんじゃねぇ」


「私は呪いだなんて思ってないぞ! そんな嫌なこと言うなっ!」


「ああ悪かった。でもよ……だから消えてねぇ(・・・・・・・・)んだ。お前の中から、まだあの二人は。だから涙が出ないんだよ」


「消えてない……そうなのか?」


「ああ。もし泣きたくなったら、その時泣きゃいい。そうすりゃたとえそのあとに消えちまったとしても、忘れずにいられる」


「そっか…………そうなのか……」



 俯くリーシャが神妙な顔で呟く。

 読みづらいその表情に納得したような雰囲気が浮かび、ルージュはほっとひと息をついた。

 まさか急にこんな深刻な話をし始めるとは。

 まったく、子どもというものは何をするのか先が読めない。

 しかしほっとしたのも束の間、リーシャが急に顔を上げた。



「……私は決めたぞ、ばばぁ!」


「あん? 何をだ」


「私は泣かない! これからずっとだ! そしたら父さんも母さんも、私の中から消えないってことだろっ?」


「! っふ……くっくっく……そうさね。そういうことになるかね」



 やはり子どもの考えは読めないと、ルージュは噴き出すように笑った。

 と、その時。



「ルージュさんっ! よろしいですかっ!?」



 玄関の扉が叩かれる。

 その向こうから聞こえる切羽詰まったような声色に、ルージュの表情は鋭くなった。



「ヴィレオーサのせがれかい。どうした」


「森に魔物の群れが。怪我人が多数出ております」


「群れの規模は?」


「二、三十ほど。しかしすでに三分の一は討伐しています」


「わかった、すぐ行く。リーシャ、お前は家にいろ。安全が確保できたら使いを出す。それまでは一応寝るなよ」


「私も行くぞ! 治癒魔法ならばばぁに習ったし、役に立てるはずだ!」


「あんなの子ども騙しだよ。効率も速度も悪くて戦場じゃあ使い物にならねぇ」


「な、私は騙されたのか!? ……でも立派だな。大人の淑女である私を騙すなんて。もう子ども騙しなんて呼べないだろ」


「じゃあバカ騙しに改名しとくか。大人しく待ってろよバカガキ」


「わかった、バカばばぁ」



 リーシャが淑女に相応しい笑顔を浮かべると、ルージュもまた憎たらしい笑みを返した。

 ヴィレオーサ……たしか村長の家名だったはずだ。

 その息子らしい彼とともに家を出るルージュを、その背中をリーシャは静かに見送った。


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