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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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23.それならそれでいい


 ゼレウスたちが海流に連れ去られたあと、神殿内部の異常な流れは収まっていた。



「付近の乱海流は収まったようですね……」



 ルフゥが崩落した壁から外を覗き込み、周囲の安全を確認する。

 エレイナもまた穴に近づくと、彼女の背に問いを投げ掛けた。



「ルフゥさんならあれに追いつけますか」


「……戦いに行くおつもりですか?」


「知っているでしょうから言いますけど、魔物相手ならこの剣で楽に制圧できる可能性があります」


「……‶支配の魔剣〟」



 エレイナがフュージアとは異なるほうの柄をとん、と指先で叩くと、ルフゥが少々苦い表情を覗かせる。



「やはり知ってるんですね。それなら──っ!」


「落ち着いてくださいエレイナさま。まずは宮殿に報告を。ネザリーさまに助力を請いましょう」


「それはマーメイドの警ら隊でもできますよね? 報告は彼らに任せて、あたしたちはゼレウスを追うべきだと思います」


「あの巨大な魔物にはわたくしたちも今初めて遭遇しました。実際に攻撃され、実際に感じたあらゆる情報を余すことなく伝える。それが‶海闢王〟の側近であるわたくしの使命でございます。それに、エレイナさまが戦われるよりマーメイドの軍勢に任せたほうがより確実かと」



 本人にそのつもりはないのかもしれないが、ルフゥの言葉にエレイナは含みを感じた。

 ゼレウスたち三人の中で、エレイナが最も戦闘能力に劣ると。

 ウミウシの魔物たちとの戦闘を見ていたルフゥならその事実に気づかないはずもない。

 実際、図星だ。



「ゼレウスは水が苦手だし、リーシャだって帽子がないと焼け死ぬ!! あたしが弱かろうが、最善を尽くさない理由にはならない! 最善策は今すぐ! ゼレウスとリーシャを助けに行くことです!!」


「‶最善〟は報告ですッ!! あの魔物が向かった場所だって、わたくしじゃないとわからないんですよっ!!」


「……っ!」



 声を荒げるルフゥにエレイナは言葉を詰まらせた。

 気圧されたわけではなく、返す言葉がなかったからだ。

 それも当然だ。

 エレイナの本心はゼレウスたちが心配でたまらない、というただの焦燥感なのだから。

 それでも何か言い返そうと、エレイナが口を開いた時。



「ゼレウスなら大丈夫だよ、エレイナちゃん」



 フュージアが穏やかな口調で続ける。



「リーシャちゃんだってゼレウスがちゃんと護ってくれる。だから落ち着いて? 他でもないボクが言うんだから、ゼレウスなら絶対大丈夫っ!」



 彼のいつもどおりの声色に、少しだけ落ち着きを取り戻せた。

 取り乱した自分を恥じる。

 ゼレウスたちに背中を預けてもらえるような、立派な人になると決めたばかりではないか、と。

 エレイナが言葉の代わりに息を吐き出すと、落ち着いたことが伝わったのかフュージアが代わりにルフゥへ問いかけた。



「ルフゥちゃん、あの魔物がどこに向かったかって、なんでわかるの?」


「!」



 あくまでも穏やかなフュージアの問いかけに、エレイナは口を噤んだ。そしてルフゥの答えを緊張感に満ちた面持ちで待つ。

 エレイナを突き動かす焦燥感にはもう一つの原因があった。


 ‶ゼレウスの始末〟という、‶海闢王〟の陰謀の可能性。

 もしエレイナだけがこのまま帰還してしまえば、一人になったこの機会に自分たちも始末される恐れがあった。


 今はまだルフゥと一対一の状況。

 できるだけこの状況を維持したままゼレウスたちと合流すれば、エレイナとフュージアの安全にも繋がる。


 マーメイドがウミウシの魔物たちを操っている可能性はまだ捨てきれていない。

 わかってか否か、フュージアの問いかけはルフゥの失言の可能性を自然と探れるいい質問だった。

 もし彼女がその理由を答えられなければ、マーメイドがウミウシの魔物を操っている可能性が高まるのだから。

 が、なんのためらいもなく答えるルフゥにそれが杞憂だとわかる。



「向かった方角は‶反響定位(エコーロケーション)〟でわかっております。おそらくは近くの海溝に向かったかと」


「そっか、そういえば海溝があるって言ってたね。じゃあやっぱりいったん帰ってネザリーちゃんに助けてもらおうよ。ね、エレイナちゃん……それじゃダメかな?」


「…………そうね、わかった」



 今すぐ助けに行きたいというのは所詮、わがままでしかない。

 確かにゼレウスとリーシャなら簡単にやられはしないだろう。

 誰よりもゼレウスを大切に思っているフュージアがそう言うなら、とエレイナは引き下がった。

 そしてペコリと頭を下げる。



「ごめんなさいルフゥさん、声を荒げてしまって……フュージアも、ごめん。心配で仕方ないのはあなたのほうなのに」


「ううん。ボクもエレイナちゃんと同じ気持ちだと思うから、気にしないで!」


「わたくしのほうこそ申し訳ありませんでした。お気に病まれないでください。それに……好意を持った殿方の危機となれば、ご心配なさるのも無理はありません」


「…………え?」


「実は聞こえておりました、さっきフュージアさまがそのようなことを仰っているところを」



 ルフゥが口元を隠しながら、茶目っけ混じりに笑う。

 意表を突かれたエレイナは頬をわずかに染めながら、両手を振って否定した。



「そ、そういうのじゃないですからっ! リーシャのこともすっごく大切だし!!」



 何かを隠すなら、そこに真実を混ぜるのが効果的だと聞いたことがある。

 リーシャを大切に思っていることは揺るぎのない事実だ。

 だから理論上はうまく誤魔化せたはずなのだが……なぜだろう。

 ルフゥが妙に生暖かい笑顔を向けてくるのは。



「それでは一刻も早く海底宮殿へ戻りましょう。エレイナさま、お手を」


「……はい」



 ニコニコと……というよりどこかニマニマとした微笑みを浮かべるルフゥの手を、エレイナは微妙な表情で握った。



「あ、握りつぶされるよルフゥちゃん! さっきのボクみたいに!」


「フュージアうるさい」



 柄にデコピンをして抗議の意を示す。

 「あいたー」と返すフュージアにくすりと笑みを浮かべながら、ルフゥはエレイナを連れて出発した。



(……もしマーメイドが裏切っているのなら、あたしは殺される可能性がある)



 神殿を離れ、街の上を通過していく。



(‶裏切り者〟にはお(あつら)え向きの末路かもね。でも……)



 覚悟はできている。

 だけど……無駄死にだけは絶対にできない。



(ゼレウスたちが地上に戻った時、あたしの姿がなければ裏切りに気づけるはず……それ(・・)なら(・・)それでいい(・・・・・)



 この命はゼレウスたちの安全のために使う。

 エレイナはルフゥの手をしっかりと、しかし強すぎないよう注意を払って握りなおした。

 緊張が伝わってしまわないように。

 内に秘めるこの覚悟に、気づかれてしまわないように。


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