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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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22.逆巻く奔流


「至聖所に魔物はいないのか?」



 聖堂のウミウシたちをすべて排除し終わり、ゼレウスはルフゥに問いかける。



「待てゼレウス、ルフゥ殿の力は借りないという話だっただろ。私が確認してこよう。至聖所がどこにあるかだけ教えてくれるか、ルフゥ殿?」


「至聖所への扉は上の祭壇場にあります。お連れいたしましょう」



 暗視能力を持つリーシャを連れ、ルフゥが最奥の壁画のもとまで泳いで上がる。

 ヘビのように長い身体を悠然と晒す、海神龍の壁画。

 ここまで上がって初めてわかったことだが、壁一面に描かれているように見えた壁画は下方で途切れ、その下に扉が隠れていた。

 ちょうど下から見た時に扉が死角になるよう造られているらしい。



「この先が至聖所か……私が開けても?」


「どうぞ。……あら、ゼレウスさま。跳んでいらしたのですか?」


「ああ」



 振り返ると、ふわりと着地するゼレウスが。

 遅れてエレイナが泳いで登ってきて、浮かび上がりそうになりながら浮力制御を再起動させた。



「よし、開けてみるぞ。準備はいいな?」



 声を潜めるリーシャにゼレウスたちが揃って頷くと、扉がゆっくりと開かれる。



「どぅおわ! しーっ!」


「リーシャちゃんがいちばん騒いでるよ」


「白いのがいるぞ~~……!」



 声を潜めながらのリーシャの報告。

 どうやら奥に衝撃波を放つあの白いウミウシがいるらしい。

 まだ気づかれてはおらず他に魔物もいないようだが、至聖所はそこまで広くない。

 あの衝撃波を一度でも使われれば、内部の損傷は免れないだろう。



「もう一匹いるってことは、あの白いのは群れのリーダーでもなんでもなかったようだな。どうする、私が闇の魔法で撃ち抜くか?」


「いや、一撃で仕留めきれなければ衝撃波を撃たれるおそれがある。我が殴ってくる」


「じゃあそれで──」


「いえ、その必要はありません」



 ふと冷気を感じ、ゼレウスたちは振り向いた。

 渦巻く白い(もや)

 その中心で、海水がパキパキと音を立てて凍り付いていく。

 背後に控えていたルフゥの手のひらで、それは迸っていた。



「……っ!」



 『‶海闢王〟は、魔物討伐作戦に乗じてゼレウスを抹殺しようとしている』……フュージアの夢に現れたサキュバスの言葉を思い出す。

 反射的にリーシャは拳をひそかに握り込み、エレイナは静かにフュージアの柄に手を添えた。

 もしもの際に先んじて攻撃するために。

 が、ゼレウスはさりげなく二人を制止し、落ち着いた声色でルフゥへ声を掛ける。



「扉を開けるぞ、ルフゥよ」


「お願いいたします」



 ルフゥから殺気の類は感じられなかった。だからゼレウスは二人を止めたのだ。

 至聖所への扉を開き、邪魔にならないよう扉を抑えたまま身を退かせる。


 ルフゥはゼレウスの懐に身を滑りこませ、自然と彼の胸元に手を添えながら通路の先へ魔法を放った。

 冷気を収束させて創った、氷の槍を。

 放たれたそれは白いウミウシを正確に貫き、凍結させることでその身動きを封じる。



「僭越ながらお手伝いさせていただきました。ゼレウスさま、とどめを」


「ああ、ありがとう」



 ゼレウスが駆ける。

 奥からバキンと砕ける音がして、最後のウミウシの息の根は止まった。

 一部凍ったままのウミウシの死体を抱え、ゼレウスが至聖所から出てくる。



「これで討伐依頼は完了したか。ルフゥよ、手伝ってもらってよかったのか?」


「ええ、もうこれ以上の力の証明は必要ありません。皆さまが強者であることは十二分にわかりましたから」


「急に魔法を使うものだから驚いたぞ、ルフゥ殿」


「申し訳ありませんリーシャさま。できるだけ静かに、かつ迅速にと思いまして」


「なんにせよ無事に終わってよかったね! 帰ろー」


「待て。帰るのは聖堂の死体を運び出してからだ。少し待たせる」


「待たないわよ、手伝うから」


「私も手伝うぞ!」


「ではわたくしも」


「おお、助かる。では壁の穴から外に出してしまおう」



 ゼレウスとリーシャが祭壇場から飛び降り、エレイナが二の足を踏みつつルフゥとともにゆっくりと下降し始める。

 その時だった。



「……? なんだ? 流れが……」



 崩落した壁の穴へ向けて、リーシャの外套が緩やかに引っ張られる。



「む……」



 ゼレウスもまた流れの変化に気がついていた。

 少しずつ、少しずつ。

 流れが強くなっていく。

 海は未知の世界だ。こういうこともあるのだろうと、ゼレウスは軽い気持ちで壁の穴へ近づき、なんとはなしに外を確認した。

 そして──



「なんだ、あれは……!!」



 影が差し、神殿が闇に染まる。

 強まり続ける流れがローブを激しく翻す。

 流れに背を押されながら穴へ近づき、リーシャもまた外を見た。



「でかい!! 竜か!?」



 海底に影を落とす巨大なシルエット。

 長い尻尾を持った身体に、三対の翼のようなもの。

 変身したザナドとも海神龍の壁画とも異なるが、確かにそれは竜を思わせる姿だった。


 ドオッ! と最初の部屋へ続く通路から、目に見えるほどの奔流が流れ込んでくる。

 流れの出口はひとつしかない。

 ゼレウスとリーシャのいる、崩落した壁の穴しか。



「ゼレウスっ!!」


「来るなエレイナ!」


「失礼しますエレイナさまっ!」



 鋭く警告を出すと同時に、ルフゥがエレイナの手を引き近くの柱へ向けて泳ぐ。

 海流が荒ぶる龍のように渦巻いてゼレウスたちへ襲い掛かった。


 ゼレウスなら壁にしがみつけば耐えられる。

 だがリーシャは……。

 ゼレウスは壁に手を掛けながら、彼女の手を取った。

 二人揃って神殿の外へ放り出される。

 繋ぎ止めているのは、神殿の壁を掴むゼレウスの左手だけだ。



「っ……エレイナは……ルフゥが避難させたか……っ」


「まずいぞゼレウス……奴が来るッ!!」



 影が再び神殿を覆い、神殿内部からの海流とは別の流れが、交差するようにゼレウスとリーシャを襲った。

 自然には起こりえない乱れた流れ。

 逆光に黒く染まるあの巨影が引き起こしているのはほぼ確定だろう。

 巨影はただ神殿の上を通り過ぎるだけで、直接手を出してはこない。

 いや、そもそもその必要がなかったのだろう。

 ゼレウスでなければ、この海流に耐えることなど不可能だったはずなのだから。


 互いの手を必死に握り合い、リーシャとゼレウスは海流に耐え続ける。

 が、最初に根を上げたのはそのどちらでもなかった。



「帽子が……っ!」



 あまりの海流の強さにリーシャの帽子の首紐はほどけていた。

 彼女の生命線である‶夜陰の三角帽子〟を抑えているのは、彼女自身の手のみ。

 海流が途絶えることはない。力ずくで帽子を抑え込むのも限界だった。

 帽子がリーシャの頭を離れる。

 もう巨影は神殿を離れたため、陽は容赦なく彼女のもとへと差し込んだ。



「っ──!」



 しかし襲い掛かってくるであろう痛みなど忘れ、リーシャは帽子に手を伸ばしていた。

 もう届かないことはわかっているはずなのに。



「少し耐えろ、リーシャッ!!」



 だがリーシャが肌を焼かれ始めるよりも早く、ゼレウスは動き出す。

 リーシャと神殿の壁を掴んだまま、身体の上下を反転。

 神殿の壁に足を着ける。


 ──諦めるしかない……。

 リーシャとともに、なんのリスクもなく神殿に戻ることはッ!!


 ゼレウスは壁を強く蹴り出し、激しい奔流の中へ身を投げ出した。

 リーシャの帽子を掴み、急いで彼女の頭へ被せる。



「ゼレウス……ッ」


「よく耐えた」



 陽の光に少し肌を焼かれてしまったようだ。

 だが彼女は叫び声も上げず、言われたとおり耐え続けた。

 痛みの中、ゼレウスを信じてしがみつき続けていたのだ。

 海流に離れ離れになってしまわないよう、互いの背に回した手をそれぞれ強く握り締める。

 二人を遮っていた風の魔法が結合し、体温が伝わる。



「すまない……私のせいで」


「違う。あの魔物の仕業だ」



 リーシャの自責をきっぱりと否定し、去りゆく巨影の姿を見る。

 うねる海流に呑まれ、ゼレウスたちは巨影に追従するように運ばれていく。

 脱出は不可能だ。



「どんどん沖へ持ってかれてるぞ。このままじゃ……!」


「この海流は奴が生み出し操作しているのだろう。ならば、奴を討伐するほかない」



 背後の神殿が海の蒼さの向こうに消えていく。

 ふと巨影がその姿を下方へ隠した。

 深く長く続く海溝。

 海流の動きが変わり、二人はゆっくりと、しかし力強く海溝へと飲み込まれていく。

 大地を引き裂く海溝の闇。その深淵から覗く、巨影の姿。



「これは……骨が折れるぞ、ゼレウス」



 鮮やかに浮き上がる青白い身体に、頭部から尾までを走る二本の藍色のライン。

 ずんぐりとした頭部と対照的な、細長い尾。

 翼のように見えたものは腕か、あるいはヒレか。

 無数の指の生えた手のひらにも思えるそれが、胸部のあたりから尾の根元まで大、中、小と三対。

 根元から藍色、白、爪先でまた藍色と美しいグラデーションを描き、やはり翼のようにも見える。


 どっちつかずの異形。

 竜のように、あるいは青い天使のように。

 美しく、しかし不気味に。


 影は海溝の闇から浮かび上がり、ゼレウスたちへゆっくりと迫ってくる。

 目的地はここだと伝えるように。

 海流を操り、獲物を自らの領域へ招き入れたのだろう。

 ゼレウスの苦手とする海の中、深い深い暗がりの底。


 ここが奴の‶狩り場〟なのだ。


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