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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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20.海底神殿


「魔物は内部にいるのだったな」



 神殿を見上げながら、ゼレウスがルフゥに問いかける。



「はい。警ら隊いわく、およそ十体弱と」


「多いな……ウミウシの魔物はよく出るのか?」


「いえ。しかし近くに大きな海溝がありますので、そこから現れたかと」


「そうか……水中では我の鼻も利かん。囲まれぬよう慎重に行くほかないな……入るぞ」



 立ち並ぶ柱の間を抜け、神殿の中へ。

 当然天井があるため内部は外に比べて暗い……と思いきや。



「想定より視界が通っている。それに──」


「綺麗……」


「天井から光が差し込んで……そっか、街に比べて上にあるもんね。その分太陽に近いんだ」



 円筒状の内部構造に、ドーム状の屋根。

 屋根の中心には大きな円形の採光窓があり、そこから陽の光が束になって降り注いでいる。



「この光は時間帯によって降り注ぐ場所が変わります。壁面をご覧ください」


「おぉ、マーメイドの壁画か!」


「わっ、もしかしてあの奥のやつが海神龍っ?」


「お気づきになられましたかリーシャさま、フュージアさま」



 内部は広い中心部と立ち並ぶ柱に隔たれた外縁部に分かれており、柱の向こうの壁にはひとつなぎになった横長の壁画がぐるりと一周するように描かれている。

 正面には龍を模したであろう彫像が、細やかな装飾の施された壁面のへこみに配置されていた。



「壁画はわたくしたちマーメイドの神話を、彫像は海神龍の姿を後世に伝えています。……ここに魔物はいないようですね。皆さま、どうぞ中へ。部屋の中央に立ってみてください」



 先導するルフゥに促されるまま、一行は部屋の中へと歩を進める。

 ゼレウスは降り注ぐ光を見上げながら進み、ふととある事実に気がついた。



「まさか……日時計なのか? この神殿そのものが……!」


「……慧眼でございます、ゼレウスさま」



 差し込む光の束はドーム状の天井を這うように照らし、その行く先を示している。

 外縁部上部の小窓。

 辿り着く先はそこだ。



「光は小窓を通って反射し、その下の壁画を照らし出します。照らされる壁画は柱によって区切られており、どの壁画が光っているかで時間がわかるのです。今は海神龍の彫像の左隣の壁画が照らされておりますので、十時頃ですね。十一時と一時には像の左右の通路が照らされます」


「ということは正午には海神龍の像が照らし出されるということか。それがかつてのマーメイドたちの礼拝の時間」


「ご明察のとおりです」


「すごい技術……」


「ああ。これほどの建築学……海の中だからこそ発展しやすかったということか? 景観美、機能美だけではない。歴史的、芸術的にも計り知れないほどの価値だ……!」



 思わずといった様子でゼレウスが海神龍の像へ近づき、ルフゥがそのあとに続く。

 神殿の中央から周りを見渡すエレイナの腰元で、フュージアが二人の背中へ問いを投げ掛けた。



「ほぇ~、そうなんだ? マーメイド的にはこれくらい普通なの、ルフゥちゃん?」


「いえ、わたくしは学が浅いので何とも……。しかしネザリーさまもゼレウスさまと似たようなことを仰っておりましたね。やはり王、物事の価値をよくお知りなのですね」


「そう褒めるな、我は王の座を追われた者だ」


「あら、褒めるのはゼレウスさまを見習ってのことですよ?」


「? どういうことだ?」


「ふふ……そのままでいてください。そのままのほうがあなたらしいので」


「む……よくわからんがわかった。お前の望むようにしよう」



 海神龍の像の前でルフゥとゼレウスが微笑み合う。



「エレイナちゃん……リーシャちゃんの言うとおり、ルフゥちゃんホントにやり手かも……っ。クールで上品な感じなのに、笑うとかわいくて純粋に慕ってくれてる感じがグッド! ギャップでゼレウスも落ちちゃうよ!」


「あたしに言われても……ていうかなんでリーシャもフュージアもあたしに……いや、やっぱ答えなくていい」


「え、だってエレイナちゃんゼレウスのこと──」


「答えなくていいのよ、フュージア?」



 エレイナが妖しい笑みを湛え、フュージアの柄を両手でギュギュギュ~っと力強く握る。



「ああっ! ぐわー目がーっ、何も見えないーっ、暗いよ怖いよー」



 棒読みで抗議するがなおもギリギリと力が籠められ、許しを請うまで解放されないフュージアだった。



「この暗さなら私の暗視能力で問題なく索敵できるな。魔物がいるのは奥なのだよな、ルフゥ殿?」


「はい。像の両隣の通路を通れば聖堂があります。さらに奥には至聖所が。通路は同じところに出ますので、左右どちらから入っても差異はありません。道中にも言いましたがわたくしは戦いませんので──」



 ふいにルフゥの声が途切れる。

 瞬間、ゼレウスたちは戦闘態勢を整えた。

 ぬるりと、音もなく。

 通路から這い出る、丸みを帯びた大きな蒼い影。



「奴だ……!」



 その見覚えのある姿にゼレウスは誰よりも早く駆け出していた。

 昨日サキュバスたちとともに対峙した、アオウミウシの魔物。

 あの時と同じように、背中の黄色い斑紋から触手が鋭く伸びる。



「させるかッ!」



 石を貫くほどの速度と強度を持った攻撃。

 だがゼレウスはその触手を掴み取って止めてみせた。

 触手がこの美しい神殿の床や壁を貫いてしまう前に。


 魔物が次の手を繰り出すより早く、ゼレウスが肉薄する。

 腰を落とし、滑らかに攻撃の動作を遂行。

 余計な力は魔物を押し込み、神殿にぶつけて傷をつけてしまいかねない。

 だからゼレウスの拳は、魔物に触れた瞬間制止していた。

 鈍く潰れたような音がウミウシの魔物の内部から響き、その余波がほんの少しだけローブを揺らす。

 ゼレウスが落とした腰を戻し構えを解いたその時にはもう、ウミウシの魔物は絶命していた。



「この神殿を傷つけることは我が許さん。……ルフゥよ、死体はどうする」


「え? え……あ、お邪魔でなければそのままで結構ですが……」


「ダメだ。血や肉片で神殿の美しさが損なわれる恐れがある」


「そ、それでしたら……外に出しておいていただければあとで警ら隊が回収いたしますので……」


「わかった。少し待て」



 息絶えたウミウシを肩に抱え、ゼレウスは神殿の外へ悠然と歩いて行った。

 呆けた様子のルフゥがハッと我に返り、エレイナたちのもとへ泳いでくる。



「す、すごいですね今の! まるで内側から破壊したかのような一撃! 一体どうやってあんなことを!? 皆さまならご存じですよねっ?」


「え、知らないよ?」


「あたしも知らない、です」


「私も詳しくは知らんが、打撃を極めれば内部からの破壊も可能になると聞いたことがある。それをしたんだろうな。実際に見るのは初めてだ」


「……なんだか反応が薄くないでしょうか? 私がおかしいのでしょうか」


「だってゼレウスならあれくらいできそうですし……」


「おかしいのはゼレウスなんだよー。あっ、陰口になっちゃった」


「本人にも言えばセーフじゃないか?」


「あそっか。ゼレウスーー? ゼレウスっておかしいよーーっ?」


「我が『おかしい』……だと? そうか。楽しんでくれているようで我も嬉しいぞ」


「ああ、本当に変わったお方なんですね」



 小さく「器は大きいですが」と付け足しつつ、ルフゥは帰ってきたゼレウスにどこか爽やかな苦笑を送った。


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