17.警告
「はぁ~~~~っ! 楽しかったっ!」
ぼすんっ! と大きなベッドに飛び込み、寝返りを打って大の字に手足を広げる。
フュージアの寝転がったベッドは天蓋付きの豪奢な物で、例によってヴェルナが生成してくれたものだ。
海は消し去り、最初に目覚めた白い空間で二人くつろぐ。
ヴェルナもまた一人掛けのソファに深く腰掛けており、フュージアの言葉に「喜んでくれてなによりだわ」と微笑んだ。
「結局、セーラー服がいちばん可愛かったかもなぁ~。なんか特別な感じがするし」
「制服だからかしらね? よかったらまた着替えさせてあげましょうか。おそろい♡」
「ううん、いい。これも気に入ってるしね。それより制服ってなに?」
上半身を起こし、ヴェルナへ問いかける。
あれから満足いくまで海で遊んだのち、二人の服装は最初の物へと戻っていた。
セーラー服のリボンを整えながら、ヴェルナが答える。
「セーラー服は本来学生が着るものなの。サキュバスの街に行けばもっとたくさんの学生服が見られるわよ。セーラー服以外にもね?」
「そうなんだ! いつか行けるかなぁ。楽しみにしとこ~」
全種族を支配するのなら機会もあることだろう。
そうでなくとも、ゼレウスに頼めばそのうち連れて行ってくれるかもしれない。
「……ゼレウスにも見せたいなぁ、ボクの姿。ねぇヴェルナさん、ゼレウスとボクをいっしょの夢の中に連れてけないの?」
「ごめんなさい……魔族は夢の中に引き込めないの」
「でもボクには夢を見せられるんだ? ボクも人族ってわけじゃないのに。……そうだ、ボクの理想の相手って誰なの? サキュバスならその幻影を見せられるんだよね?」
「本来ならそうね……」
口元に手を当て、考える様子を見せるヴェルナに続きを促す。
「あなたには幻影を見せることができないの。たぶん性欲がないからでしょうね」
「えー、そうなんだ? 性欲かぁ……よくわかんないよ。あでもおっぱいはあるよ? ──はっ! ちょっと待って!!」
「どうしたの?」
自らの胸を下から持ち上げるようにして触るフュージアが、愕然とした表情を見せる。
その深刻そうな様子にヴェルナもまた表情を硬くした……のだが。
「どうしよう! おっぱいがあんまり大っきくない!」
「…………」
ヴェルナの表情が、ここにきて初めての『無』となる。
すごくどうでもいいことだった、と。
とはいえ胸の大小について、男女問わず気にする者は多い。
少なくともヴェルナにとっては黒髪美少女である時点でもうなんでもいいのだが。
問題はどうフォローしてあげるべきか。
しばし頭を悩ませたヴェルナだったが……。
「まぁでもリーシャちゃんよりは大っきいかぁ。……あ、ヴェルナさんよりも大きいね」
「黒髪じゃなかったらはたいてたわ」
「ご、ごめんなさい」
心配して損したと、微妙な表情になるヴェルナだった。
「そういえばヴェルナさんはどうしてボクに夢を見せたの? ボクに性欲がないなら、そもそも来る理由もないよね?」
「ああ……黒髪美少女すぎて忘れてたけど、あなたたちに伝えたいことがあったのよ」
「……あなたたち?」
ベッドの上で胡坐をかいたフュージアが首を傾げる。
「そう。サキュバスは魔族の夢には潜れないし、人族の……‶エレイナちゃん〟だったかしら? あの子には警戒されるでしょうから。だからあなたを選んだの」
ソファから腰を上げたヴェルナがふわりと浮かび上がり、膝を抱えてくるくると回る。
羽ばたくこともなく浮遊することができるのはここが夢の中で、彼女がその支配者だからだろうか。
「夢を介したのは、できるだけこっそり伝えたかったからよ」
「なるほどー、サキュバスの力って便利だね。秘密の女子会も開き放題じゃん。人族と聖剣限定だけど。それで、伝えたいことって?」
「……‶海闢王〟ネザリー・リッツァクアは、魔物討伐作戦に乗じて‶旧魔王〟ゼレウス・フェルファングを抹殺しようとしている」
「!!」
クルクルと回るのをやめ、何もない空中に腰掛けたヴェルナ。
足を組む彼女のスカートは短いのだが、その中が見えることは不思議とない。
「今日、シシュルトレーゼのサキュバスたちに通達があったの。『明日は魔物の討伐作戦があるから、旧海底市街には近寄るな』ってね。あなたたちもそれに参加するのよね?」
「……どこでそれを聞いたの?」
「推測。あなたたちの存在は知っていたし、‶海闢王〟に謁見したのも知ってたから。今日、シシュルトレーゼのサキュバスの居住区で、ウミウシの姿をした魔物が現れたの。でも通りすがりのある人物が討伐し事なきを得た。彼は‶旧魔王〟を名乗ったそうよ」
「! うん……その話は聞いたよ、本人から」
「妙だと思わない? そんな偶然が起きるなんて」
「……どういう意味?」
ヴェルナが柔らかに着地し、ベッドの周りを歩き始める。
「シシュルトレーゼには水族館なんてものがあるの。あなたたちも行ったかしら?」
「あ、うん。今日行ってきたよ、エレイナちゃんとリーシャちゃんとで」
「それなら知ってるわよね。マーメイドたちは海の生物を熟知している。謎が多くて飼育が難しいらしいウミウシがその例の一つね」
腕を広げたり、肩を竦めたり。歩きながら語るヴェルナを、フュージアの視線が追う。
「うん、見たよウミウシ。色とりどりでかわいいやつだよね」
「そう、それ。それと、シシュルトレーゼを囲うアーチ状の建造物には音を出して魚を追い払う魔道具が設置されているの。自然界にない音を怖がる習性を利用してね。……それなら」
足を止めたヴェルナがその場でくるりと振り返る。
「ウミウシの魔物だって、操れると思わない?」
「……それは……」
否定の言葉を思わず呑み込む。
ゼレウスの眠っていたダンジョン、そこで出会った彼を思い出す。
フクロウの魔物。
フュージアがフーちゃんと名付けたあの魔物と、自分たちはわかり合うことができたのだから。
ヴェルナは硬い表情で、口元に手を当てながら言葉を続けた。
「今日は危うくサキュバスの一人が殺されるところだったわ。だけど狙いはサキュバスじゃないはず。おそらくだけど、ウミウシの魔物をけしかけることでかの‶旧魔王〟の実力を測るのが目的だったんじゃないかしら」
「それで……ネザリーちゃんがボクたちを殺そうって? なんのために?」
「目的まではわからないわ。でも……もしそうならおそらく強大な魔物か、あるいは魔物の群れを所持しているはず。……信じられなくてもいいから、気をつけておいてほしいの。大切な同胞を護ってくれたんだもの、あの‶旧魔王〟さまは」
「…………わかった。伝えとく」
フュージアが神妙な顔で頷くと、ヴェルナがほっと息をついた。
「わかってくれて嬉しいわ。はぁ……安心したら疲れちゃった。んん~~……っ! ねぇ、最後にもっかい抱きしめてもいい? 疲れちゃったから。ね? 癒すために。ね? はぁ……はぁ……っ」
伸びをして緊張感から解放されたらしい彼女が、ベッドの上のフュージアへ荒い息で近づく。
「…………お姉さん、美人だけどちょっとキモいよね」
せっかくのお誘いだが、謹んで断らせてもらった。




