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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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12.‶海闢王〟の依頼


「ゼレウスさんたちには、海底神殿に侵入した魔物の討伐をご依頼します」



 玉座に腰掛けるネザリーから、微笑みとともにそう告げられる。

 海底都市の大通りを抜け宮殿へ案内されたゼレウスたちは、そのまますぐに玉座の間へと通された。

 本来であれば謁見の作法に(なら)いひざまずいて頭を下げるべき場面だが、ネザリーの計らいによって省略。

 数段高い位置の玉座に腰掛けるネザリーと、その隣に控えたルフゥ含む護衛のマーメイドたちを前に、ゼレウスたちは立ったままの謁見を許されていた。



「海底神殿だと? ゼレウスが水を苦手としているのは‶海闢王〟殿も承知だろう。そんな危険な場所で……」


「だからこそです、リーシャ姫。……昨日(さくじつ)は申し訳ありません。あなたの地位を忘れ、『リーシャさん』などと……」


「やめてくれ。私の肩書きなどあってないようなものだ。こちらこそ無礼な言葉遣いを謝らせてもらう、リッツァクア殿」


「いえ……それではお互いもっと気さくに呼び合うのはどうですか? 私のことはネザリーでお願いします」


「それは助かる。肩肘張ったやりとりは苦手だからな。これからよろしく頼む、ネザリー殿」


「はい、リーシャさんっ。エレイナさんとフュージアさんも、お名前で呼んでもよろしいでしょうか?」


「あっ、はい! どうぞ、ネザリー……さん」


「ボクももちろんオッケーだよ、ネザリーちゃん!」


「……ふふ、新鮮ですね」



 フュージアの調子のいい言葉にネザリーは嬉しそうに笑う。

 ちゃん付けで呼ばれるなんて王になって以来初めてだ、と。



「それで、『だからこそ』とはどういう意味だ」


「あ、はい、すみませんゼレウスさん。本題に戻りますねっ」



 いつの間にか少々前のめりになっていた自分に気づいたネザリーは、困ったように笑いながら背筋を正し、話を切り出した。



「ゼレウスさんは、私たちマーメイドの支配を望んでいらっしゃるんですよね?」


「!」



 『支配』などという物騒な表現に、エレイナとリーシャはひやりとする。

 あくまでもにこやかなネザリーだが、ゼレウスの目的に関して何か誤解があってはいけない。

 支配といっても、目指すものは平和なのだから。

 だがリーシャたちが提言するよりも早く、ゼレウスが彼女の言葉を肯定した。



「そのとおりだ。すべての種族の支配が我の目的。しかし現在成り立っている体制を大きく変えるつもりはない。特にこのシシュルトレーゼは上手く回っているようだからな。我はただこの永い争いを終わらせたいだけだ」


「なるほど。……ではサキュバスについてはどうお考えでしょうか? 彼女たちは人族を害せずには生きられない。ヴァンパイア、オーク、ハーピーも同様です。彼ら彼女らを擁したまま、平和が実現できると?」


「不可能だ」



 どうやら誤解をさせずに済んだ、と心の中で胸を撫で下ろしていたエレイナとリーシャだったが、ゼレウスのその言葉にまたも肝を冷やす。

 彼の言葉はエレイナたちだけでなく周囲のマーメイドたちにとっても衝撃だったようだ。

 先の戦場で魔王軍に敵対しておいてなんと無責任な、と。

 ざわりと空気が粟立ち、わずかに剣呑な雰囲気が滲み出す。

 だがゼレウスは怯まず、悠然と言葉を続けた。



「……少なくとも、今のままではな。今の我は知識も見聞も足りていない。判断がつかないというのが本音だ。我のいた時代と比べて、この世界は様変わりしすぎている。しかし、だからこそ大いなる可能性があるとも考えている」


「つまり現状は……まったく、なんの見通しもないということですか?」


「魔族が人を害するというのなら、その前提を覆せれば……という考えはある。オークもハーピーも、ヴァンパイアやサキュバスも、誰も、人族の命までもを欲しがっているわけではない」



 沈黙が広がる。

 今語られたゼレウスの考えは、平和を望む者であれば子どもでも思いつくような理屈だ。当然、それが夢物語であることも誰もが理解している。

 気づけば、いつの間にかネザリーの微笑みは消えていた。



「……不可能ですね。ゼレウスさんはこの時代に希望を感じているのでしょうが、それは間違いです」


「……そうか。ならば希望を見つけ出さなければな」


「お心当たりはあるのですか」


「何を言っている。お前がその希望の種なのではないか」


「……えっ」



 心底不思議そうな顔をするゼレウスに、ネザリーは虚を突かれた。



「平和を望む者すべてがこの世界の希望だ。そして力あるもの、知識持つ者がそれを叶える。であればネザリー・リッツァクアよ。お前はその両方を持った希望そのもの。我に足りぬ知識と見聞を埋めるのに、お前ほどの適任者はいないだろう」


「え、えと…………なるほど、知識と見聞ですか。それがあなたが我々マーメイドに求めるもの」


「そうだ。我はこの時代に復活し、すでにいくつもの希望を目にした。エレイナやリーシャもその希望のうちのひとつ。この街も、マーメイドたちも。我にとっては輝く希望にほかならない」



 静かに、しかし力強くそう宣言するゼレウスに、周囲の空気が少々変化する。

 左右に列になって控えるマーメイドたちから漏れる、感心と感嘆の声。

 「あの‶旧魔王〟が我々を……」などと聞こえるその声を聞けば、ルフゥの『マーメイドに最も深く関わった旧魔王として記録に残されている』という言葉が真実なのだとわかった。



「……やはり、ゼレウスさんには討伐依頼を受けていただきます」



 考え込む様子を見せながらネザリーが言う。

 顔を上げ、こちらを見据える彼女の表情は真剣そのものだ。



「お褒めに預かり光栄ではあります。しかしどれだけ言葉を交えても、今のあなたは一介の魔族。あなたの言うとおり、今のマーメイドは上手く回っています。他種族との大きな争いもなく。そしてもしここにいる私たちがゼレウスさんに協力することに納得しても、民が納得するかは別の問題です。ならば、ゼレウスさん自身がその価値を示さなければ」


「マーメイドに我と協力するメリットを、ということか」


「はい。この海の中で、私たちの領域で、あなたの強さと価値を証明してください」


「苦手とする水の中だからこそ(・・・・・)、マーメイドたちからの強い理解と信用が得られる……か」


「そのとおりです。‶旧魔王ゼレウス・フェルファング〟が水を苦手としていることは、よく学んでいる者なら知っていますから」


「……いいだろう。詳しい説明を頼む」



 ゼレウスが腕を組み頷きとともに笑みを浮かべると、ネザリーもまた微笑を湛えた。



「はい。海底神殿は、このシシュルトレーゼより海深くにある‶旧海底市街〟に存在します。神殿はもう使われていませんが、旧市街にはまだマーメイドが住んでいますので……」


「早急な対処が必要だな」


「ええ。とはいえ……魔物たちは旧市街に多数現れたのですが、市街地に現れた者の殲滅はすでに済んでいます。近いうちに神殿内の殲滅作戦を決行するつもりでしたが……それはゼレウスさんにお任せを。案内にマーメイドの戦士を一人お付けしますので」


「わかった。決行日はいつだ」


「こちらはいつでも行けますが……それでは一週間以内を期限に──」


「明日だ」


「えっ」


「いつでも行けるのなら明日だ。今日準備を進め、明日(あす)の朝に合流し、昼前には出発しよう」


「か、構いませんが、そんなに急いで大丈夫ですか?」


「エレイナもリーシャも歴戦の戦士、問題はない。一刻も早く、民の心に安寧をもたらなければな」


「! ……そうですね。それでは明日(あす)の朝、宿に迎えを出します」


「頼んだ。では少々不躾だが、我々は帰らせてもらうぞ」


「わかりました。退出を許可します」



 門衛の開ける扉を通り、ゼレウスたちは玉座の間から退出した。

 長い廊下を進みながら、これからの予定について話し合う。



「まずはフュージアの鞘を作っておくぞ。簡易的な物にはなるだろうが今よりはましだろう。水中で戦うのなら、エレイナの主力は剣になるはずだからな」



 今のフュージアに鞘はなく、エレイナの剣帯に剥き出しのまま取り付けている状態だ。

 持ち主の意志によって切れ味は抑えられるため怪我をする心配はないが、戦闘時では事故も起こり得る。

 皮か何かを原料に、簡易的な鞘を作っておくのが得策だろう。



「鞘を作るなら、フュージアはゼレウスかリーシャが持っておいたほうがいいんじゃない? あたしには魔剣があるし……」


「魔剣の力も強力だが、魔法を斬り裂くことができるフュージアのほうが護りに長けている。基本はフュージアで護りを固め、魔剣の力は最後の手段とするべきだろう。それに、フュージアであれば適性を顕現させなくとも力を使える……拒絶反応の痛みに耐える必要もない」


「! ゼレウス…………ありがと」



 エレイナの感謝に、ゼレウスは静かで穏やかな笑みを返した。



「鞘かー。武器屋さんに行けばあるかな?」


「いや、この街に武器屋はないと聞いた記憶があるぞ。鍛冶屋あたりに行って、鞘を作れる店がないか聞いてみるのがいいんじゃないか?」


「よし。ではエレイナとリーシャは鍛冶屋を探してくれ」


「わかった。ゼレウスは?」


「我はサキュバスを探す」


「え!?」



 エレイナの腰元、フュージアから驚愕の声が上がる。



「さ、サキュバスに会って大丈夫なのゼレウス!? えっちなお姉さんに誘惑されちゃうよ? また気絶しちゃうよ!」


「誘惑などされん」



 フュージアと同じ意見なのか、エレイナもまた心配そうな目でゼレウスを見やる。

 ゼレウスも否定はしたものの、ビーチでは何度も情けない姿を見せてしまったためそれ以上否定の言葉を重ねることができなかった。

 が、助け船は意外な形で出される。



「あー、だいぶ古いなそのイメージ。今のサキュバスは普通に身持ち堅いし真面目だぞ」


「えっ」


「そうなの?」


「なんだと?」



 フュージア、エレイナ、ゼレウスがそれぞれ声を上げ、一行は思わずといった様子で立ち止まった。

 遅れて立ち止まったリーシャは振り返ると、呆れたような表情を見せる。



「なんだゼレウス、それで勝算があると踏んだんじゃなかったのか」


「いや、我も魔王だった時代にサキュバスたちと話したことはある。誘惑など効かんことはこの身を以って実証済みよ。そもそもあまりされることもなかったが」


「それは王さま相手だからじゃ……?」


「まぁ会いに行くのはいいが、『誘惑』とかサキュバスの前で言うなよ? 失礼だからな」


「もちろんだ」


「それで……ゼレウスはサキュバスに会って何をするつもりなの?」



 エレイナが真剣な表情でそう問いかける。



「少し話をしたいだけだ。直接話さなければ民の心は知れまい……当たり前のことだがな」


「まーゼレウスならそんな感じだよねー。ボク心配してないよ。ゼレウスは変なことしないもんね?」


「当然だろう」



 再び歩き出し、これからの予定と合流の時間を確認しながら宮殿を出る。

 地上へ向かうエレイナたちを見送り、ゼレウスもまた海底都市の別の通りへと足を踏み出した。



「この街は上手く回っている、か……」



 頬に触れる海の冷たさが、やけに強く感じられた。





  ◇





「ふぅ…………‶王さま〟らしくできたでしょうか」



 ゼレウスたちの去った玉座の間にて、ネザリーが小さく息をつく。

 目を閉じ背もたれに身を預ける彼女へ、ルフゥは労いの言葉を掛けた。



「少し威厳に欠けますが、ご立派でした。お疲れさまです、ネザリーさま」


「い、威厳よりも親しみを出したいのです。これは狙ってのことですからね? というか今さらゼレウスさんたちに荘厳な感じでいっても、生暖かい目で見られるのがオチですよ。背伸びをした子どものように!」


「そうでしょうか? 結構怖いと思いますよ。ギャップと変貌ぶりで」


「怖がられるのはイヤですよ~……あ、皆さん今日はありがとうございました。もう解散してくださって結構ですよ。明日の手配はやっておきますので~」



 列になっていた配下たちに声をかけると、各々ネザリーへの礼を示してから退出していく。

 ネザリーは再び背もたれに体重をかけ、ため息混じりに呟いた。



「……あれが‶旧魔王〟……あんなに手放しに褒められているのにお世辞に聞こえないなんて、なんだか不思議な感じです」


「そうですね……嘘も誤魔化しもしない。それがゼレウスさまのやり方なのでしょう。しかし彼もまた魔王として君臨したほどの人物…………嘘をつく必要もないほどに強者、ということでしょうか」


「強い人でも嘘はつきますよ?」


「……そうですね。ネザリーさまはどうなさるおつもりですか?」



 嘘をついているとまでは言わないが、隠し事はしている。

 ネザリー本人に自身が強者であるつもりはないのだろうが、だからこそルフゥは彼女の言葉に納得を返した。

 ネザリーもまた‶王〟であり、マーメイド随一の‶強者〟なのだから。



「彼を始末(・・)いたしますか?」


「……決めかねています」



 ここから先はゼレウスたちには聞かせられない会話だ。

 ゼレウスがマーメイドにとって排除の対象に成り得る、などという話は。



「ルフゥさんはどうお考えですか?」


「彼は……降って現れた新たな可能性。ですが危険でもあります」


「同じ考えです。今の体制を維持すると言っていましたが、それがどこまで適用されるのか……胸襟(きょうきん)を開くにしても、彼に警戒されては万が一の際に始末することができない。でもゼレウスさんがこの街にいて、私たちを信頼してくれている限りいつでも……彼を殺すことは可能です」


「今はそのときではないと?」


「どうでしょう……あの方はすぐに遠くへ行ってしまいそうで」


「わかります。期限も明日までにされてしまいましたしね」



 ルフゥが困ったように、しかしどこか楽しそうに笑う。

 その様子を見れば、彼女がゼレウスに対して悪い感情を持っていないことがわかった。

 ……同じだから困る、とネザリーも少々苦い笑みを浮かべる。



「ネザリーさま。彼の存在を受け入れ、信じてみるのはいかがでしょう? 彼がもたらすものが、この街にとってよい変化であると」


「それは……‶王さま〟のするべき仕事ではありません。まだ未熟な私が言うのもなんですけど……」


「いえ、ご立派です。しかし……未知を切り開くのが‶海闢王〟の理念では?」


「……ですが……」



 言葉を詰まらせたネザリーは、玉座の間を仰ぎ見た。

 高い天井と立ち並ぶ柱。

 白で統一されたこの建物は、神を祀る神殿のような純潔の美しさだ。



「ですがその理念が‶海神龍〟信仰を失わせました。この宮殿がまるで神殿のような意匠なのは、建設時にはすでに信仰心を失いつつあったから。我々の理念が何もかもを良い方向へ導くとは限りません」


「信仰とは自由とともにあるべきもの。失われていくこともまた自由かと」


「人の命が懸かっていなければ、そのとおりです」


「……相応しくない言い回しでした。お許しを」



 ルフゥが頭を下げる。

 失われる可能性があるのが『命』でなければ、ネザリーも彼女の言葉に賛同していただろう。

 だが……。



「ゼレウスさんの選択次第では……サキュバスを滅ぼしかねない……」



 ‶王さま〟となったのなら、相応の冷たさを持たねば。

 ネザリーは常日頃からそう考えている。

 だけど幸運なことに、まだこのような難しい選択を迫られた経験はなかった。

 人の命を天秤にかけ、どちらかを切り捨てなければならないような。



(‶王さま〟としての冷たさを持つなら、それを誰に向けるべきなのか……)



 サキュバスたちか、それともゼレウスか。

 天秤にかけられたその二つの重さは、決して吊り合ってはいなかった。


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