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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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10.夢の急接近?


 美しい砂浜を果てまで歩くと、ちょっとした洞窟があるらしい。

 ネザリーから教えてもらったらしいその情報を、昨晩エレイナはゼレウスから聞いていた。

 ということで実際にその洞窟へ。

 波間に足を浸けその感触を楽しみながら進めば、退屈を感じる間もなく辿り着いた。



「足元に気をつけろ、エレイナ」


「うん、ありがと」



 干潮時にのみ現れる道へ足を踏み入れる。

 奥まで進めば開けた場所に出るとのことで、そこには円形の広場があるらしい。

 足場は再び岩から砂へと変わり、頭上に空いた大きな穴から太陽の光が降り注ぐ……そんな場所が。


 他の観光客はおらず、ゼレウスと二人きり。

 イリーリャと和解したらしいリーシャは、今頃フュージアを交えて仲良く遊んでいるだろう。

 今まではゼレウスといれば必然的にフュージアといっしょだったため、この状況は非常に珍しい……というか初めてといっていい。

 妙な高揚感に、エレイナの歩は跳ねるように進んでいた。



「きゃっ」


「おっと……まったく、気をつけろと言っただろう」



 声色も所作も柔らかに、躓いたエレイナはゼレウスに肩を抱かれ支えられる。



「ご、ごめんなさい……っ」


「お前の綺麗な肌に傷がついたら大変だ」


「……え゜!?」



 あまりにも虚を突かれたため、あんまり聞かれたくないような声が出た。

 困惑に言葉が出てこない。

 ゼレウスの瞳がエレイナの瞳を覗き込む。



「美しい瞳だ……特別な日の朝焼けのように」


「な……な……」



 ──ななななん!!?

 何を言っているのだろうこの人は!?

 もともと臆面もなく正面から人を褒める彼だが、こんなことは言われた試しがない。

 こんな……歯の浮くようなセリフは!



「あの、どうしたのゼレウス? もしかして酔っぱらってるとか? こんな時間だけど」


「本心からの言葉だ。ようやく二人きりになれたなエレイナ。この時を待っていた」


「それってどういう……」


「こういうことだ」



 ゼレウスの手がエレイナの顎に添えられ、クイと上げられる。



「!?」



 正直言って、びっくりしすぎて彼を突き飛ばしてしまいそうだった。

 が、意思の力でなんとか押しとどめ、代わりに両手を上げてそれ以上の接近を阻む。

 彼のこと嫌っているなどと、あらぬ誤解をされたくはなかったからだ。



「ま、待って。いきなりすぎてわけわかんない……つまりその……あ、あたしをどうしたいの?」


「お前と触れ合いたい。もう耐えられないのだ」


「たえ!? ええぇ……っ、そ、それは……え! エッチな意味で!?」


「そうだ」


「ええぇえ!?」



 まさかそんな。いやこの状況ならそりゃそうか。いやでもあのゼレウスが……。

 旅の道中でも、常に紳士的な距離感を崩さなかったゼレウスが。

 馬車の中に干された下着すら目にしないよう気を配っていた彼が、まさかずっとそういう気持ちに耐えていたなんて。



(ぜ、ゼレウスってこういう感じなんだ!? 女の子口説くときこういう感じなんだ!?)



 思考がまとまらない。

 バクバクと跳ねる心臓がどこか他人事のように思える。

 この胸の高鳴りは緊張なのか、それとも興奮なのか。あるいは恐れなのか。

 もしかしたらこれが『恋』なのだろうか。

 でも……彼のことは確かに好きだが、これを『恋』と呼ぶのはなんだか違う気がするしあまりに心の準備ができていない。

 感情が入り混じり、交錯。エレイナはドキドキしすぎてなぜか涙目になっていた。



「ダメか? エレイナ」


「だ、だ……ダメに決まってるから。こんなところじゃ人が来ちゃうし……!」


「ならばいつならいいのだ? ……すべてが終わってからか?」


「すべて? ……そ、そう! 全部終わってから!」



 とにかく時間が欲しいと咄嗟に出た言葉だったが、あんまりにも引き延ばしすぎただろうか。

 普段のエレイナならそうやって自分の言動を顧みる冷静さがあっただろうが、今は混乱の極み。

 ふわふわと現実感がなく、自分が何を言っているのかすらあまりわかっていなかった。



「そうか。だが全部とはなんだ。具体的に何が終わったらだ?」


「ぜ、全種族を統べるんでしょ! そのあとゆっくり……ちゃんとお付き合いして結婚してから!」


「……結構先長いわね」


「え?」


「いや、なんでもない」



 あれ? 今、ゼレウスの口調が変わったような……。

 なんだか違和感。

 そういえば、自分たちはどうやって二人きりになったのだろう?

 こんな場所、リーシャやフュージアが興味を示さないはずはないのに。



(リーシャとフュージアは今頃あのイリーリャ、さんと遊んでて……あれ、あの二人はどうやって和解したんだっけ)



 犬猿の仲であるリーシャとイリーリャが和解したのなら、その理由が印象に残らないわけはない。

 思えばどういう流れでここへ来たのだったか。

 リーシャやフュージアにはなんと話したのだろう?

 違和感が確信に変わる。

 この状況は何かがおかしいと。



「『全種族を統べる』か……到底待てないな」



 ゼレウスに右手首を軽く掴まれ、自然と壁際へ追いやられる。

 かなり距離が近いが、強い違和感がエレイナに冷静さを──



「愛しているぞ、エレイナ」


(ばぅん!?)



 取り戻したはずの冷静さはまたどこかへ旅立ってしまった。

 変な声を我慢した自分を誰か褒めて欲しい。

 そんなことを考えているうちに、ゼレウスの顔が、瞳が、唇が近づいてくる。



(うぉおっ、流されるなあたしーッ!! こんなのゼレウスじゃない!!)



 いったん思考を停止。エレイナは自由な左腕をゼレウスの胸に押し当て、ぐっと押し返した。

 が、その瞬間。



「あ、あれっ?」



 押し返したはずの感触がない。

 見てみれば、まるで身体が透けたかのようにゼレウスの胸へ沈み込む自分の腕があった。



(あー! これ夢だ!?)



 気づき、納得する。

 水着姿であんな反応を見せていたゼレウスが、こんなに積極的なわけはないのだ。


 しかしほっと一安心できたのも束の間。

 触れられないということは、ゆっくりと迫る彼を止められないということ。

 なぜか向こうはこちらへ触れられる。

 そしてこちらには掴まれた腕を解く方法はない。

 ゼレウスが甘く囁く。



「嫌か? エレイナ」


「ぁ……ぅ」



 ──近いちかいチカイ! もうずっと近いってゼレウスの顔が!!

 エレイナの処理能力はすでに限界を迎えていた。



「…………に゛」


「に?」



 今まで、顔が近すぎて大きな声を出すのは控えていた。

 だがもうそんなことを考える余裕はない。



「に゛ゃあぁぁあああぁあッ!!」



 変な叫びとともに目を瞑ったエレイナ。

 瞬間、ふわふわとした感覚が突如消失した。

 再び目を開いたエレイナの視界に飛び込んだのは、見覚えのある白い掛け布団。



(あ……覚めた)



 気づけば夢から目覚めていた。

 じんわりと浮かぶ汗。深く息を吐き出して、乱れた呼吸を整える。

 朝日が差し込む寝室。

 昨日借りたマーメイドの街の貸別荘だ。

 同室したはずのリーシャの姿はなく、彼女が寝ていたベッドにはしわだけが残っている。



「あ~~~、変な夢みたぁ……」



 思い出すだけで赤面してしまいそうだ。

 どうしてあんな……あんな夢を見てしまったのだろう?



(ゼレウスに言い寄られる夢なんて…………あ゛~~~!)



 自分が望んでいるからあんな夢を見た?

 ……いや、違うはず。

 彼が夢に出てきたってことは、普段から彼のことばかり考えてしまっているということだろうか?

 ……それはまぁ、否定できないかもしれない。

 深層心理の中で、ゼレウスがあんな口説き方をすると思っているのだろうか。もしくは自分がああいうシチュエーションが好き?

 …………。



「ん゛んに゛ゃぁぁああぁあぁああ~~~!!」



 ゴロゴロと、ベッドの上でしばし悶えた。

 自分が気になる男性に『美しい瞳だ』だの『もう耐えられない』だのと言われるのを望むような、身の丈に合わない恥ずかしい趣味をしているはずがない! と。



「大丈夫かエレイナ!? なんかすごい声聞こえたぞ! しかも二回!」



 エレイナがベッドの上から動けずにいると、突如開いた扉からリーシャが顔を覗かせた。

 彼女の手にはフュージアも握られている。



「うぅ、大丈夫…………いやちょっと待って。あたしの声、みんなに聞こえてたの?」


「そりゃそうだろ。ゼレウスも心配して来てるぞ。隠れてるけど」


「隠れているわけではない。女性の寝起きなど見てはならんだろう。だから見ない。それだけだ」



 扉のそば、壁の向こうからゼレウスの声が届く。彼がそこで背を向けているのが、声の感じからなんとなくわかる。



「はぁあ~~~~……。大丈夫、ちょっと変な夢見ただけだから」



 妙な声を聞かれたことに長いため息が出たが、同時にちょっと安堵もしていた。

 ああ、これがホントのゼレウスだなぁと。



「夢? 変な夢ってどんな夢だエレイナ」



 リーシャが顎に手をやり、考えるような仕草でそう問いかける。



「え、あの、えー……なんてことない夢です」


「いや変な夢だったんだろ? ……あ、そうか。ゼレウス、席を外してくれるか」


「む? わかった」



 何かに気づいた様子のリーシャに促され、ゼレウスがその場を離れる。

 その足音が充分に遠ざかったあと、リーシャが切り出した。



「エロい夢を見たな、エレイナ?」


「!?」


「なに言ってんのリーシャちゃん」



 リーシャがニヤリと笑う。

 答えに詰まるエレイナの代わりに、リーシャの手に握られたフュージアが怪訝そうに問いかけた。

 するとリーシャは笑みを抑え込むようにして続ける。



「エレイナ、フュージア……まだ話してなかったが、この街にはサキュバスがいる」


「……え?」



 なんだか嫌な予感。



「彼女たちが生命エネルギーを奪うのは主に男からだが、聞くところによると女からも奪えるらしい。効率は悪いらしいが」


「そうなんだ? ふーん……え、てことはエレイナちゃんは……」


「ああ。エレイナがエロい夢を見たのは、おそらくサキュバスの仕業だ」


「み、見てない……見てないから」



 エレイナは目を逸らし弱々しく反論するが、リーシャはもはや確信してしまっているようだ。完全にスルーされる。



「サキュバスは夢の中に潜り込み、理想の相手の姿を見せると言う。心を覗き、望む言動をその幻影に取らせるらしい」


「すごーい、ボクだったらどんな夢見るんだろ」


「うむ、私もちょっと興味はある……が、魔族の夢には潜り込めないらしいのだ。聖剣はどうかわからんがな。まー今は人族の姿もほとんど見えない。エレイナはサキュバスの貴重な食糧源となったのだろう。ということでエレイナ、もう一回聞いていいか? ……どんな夢を見たんだ?」



 再びニヤリと笑うリーシャ。

 いやらしく笑うその表情は、あのイリーリャを彷彿とさせた。

 二人の仲が悪いのは似た部分があるからじゃないだろうか。

 エレイナはリーシャの問いかけを意識的に無視しながら、そんなことを考えていた。

 ……だからだろうか、続くリーシャの問いには意識を割けなかった。



「……ゼレウス出た?」


「出てない!!」



 図星を突かれ、食い気味にそう叫んでしまう。

 「あ……」と何かを察したかのようなフュージアの声に、エレイナは自分が致命的なミスをしたと悟った。

 リーシャは「おー」と頬を緩めるばかりでそれ以上の追及はせず、諦めの境地に至ったエレイナもそれ以上の否定はしなかった。

 ただただ『今のは我ながらバレバレだな』と、リーシャがゼレウスをこの場から遠ざけたことに納得と感謝をしていた。

 まぁ聞かずにいてくれたのなら、それがいちばんよかったのだけれど。


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