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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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8.ゆらめく青い谷


「私が提案したんだから、成功したら私の手柄ってことで」



 浅い浜辺、膝下までを波に浸けるゼレウスを視界の先に捉えながら、イリーリャが笑みを浮かべる。



「ほぉ~? じゃあ失敗してゼレウスが暴走したらお前の責任だな。そのときは一人で解決するんだな?」


「ふ~ん、ならもしそうなってもあなたは知らんぷりするのね? リーシャ姫ったら薄情ねぇ~」


「あ゛ぁん?」



 ()め上げてくるリーシャに余裕の笑みを見せつけようとしたイリーリャだったが、逆側から腕を引っ張られそちらに顔を向ける。

 腕を引いたのは‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟から身を乗り出したネザリーだ。



「いじわるはダメですよイリーリャさん! リーシャさんは前線で多くの魔族を救っていると聞いています! つまりイリーリャさんにとっても戦友なのです! 同じ魔族同士、仲良くしましょう!」


「いや今のはどっちかというとリーシャ姫のほうが先にケンカを売って──」


「はーあ、‶海闢王〟殿にそこまで言われては仕方ない。もしこの作戦が失敗しても助けてやるぞ、イリーリャ殿?」


「はぁ? おためごかし──」


「本当ですか! ありがとうございますリーシャさん! よかったですねイリーリャさん! あっ、合図がありましたよ!」



 イリーリャの文句はネザリーの勢いに圧されて消えた。

 視線の先のゼレウスと、そのそばに立つエレイナ。

 彼女が手を上げ、ネザリーへ準備完了の合図を送る。



「いきますよ~……はぁッ!!」



 ネザリーが下方へ伸ばした手を勢いよく持ち上げる。

 瞬間、魔力の波動が風のようにゼレウスたちのもとを通り過ぎた。



「おお……」



 気づけば、足首を等間隔に叩いていた波が消えさっている。

 自然、ゼレウスたちは感嘆の声を漏らしていた。

 左右には見えない壁で遮られたかのような海が、変わらぬ白波を運んでいる。



「見てよゼレウス! 後ろすごいよ! 海が!」


「道が、できてる……」



 エレイナが呆然と呟く。

 振り返れば左右には青い断崖があった。果てが見えないほどに続く、ゆらめく谷の狭間。



「それではもっと奥へ行ってくださーい!」



 遠くのネザリーから大きな声で促され、晒された海底をゼレウスたちは歩む。

 青い壁、白い道。

 ぽつりぽつりと佇む岩の塊のような珊瑚。

 よく見れば、海から露出した珊瑚たちは薄く水の膜を纏ったままだ。乾燥してしまわないように、というネザリーの気配りだろう。

 揺らめく海面が太陽の光を歪め、ゼレウスたちの肌の上で踊る。

 視界の果てでは、どこまでも広がる珊瑚礁が道を閉ざしていた。



「あはっ……!」



 ふとエレイナが無邪気に笑う。

 彼女の視線を追うと、突然現れた来訪者に驚き、途切れた海の壁から引き返す色とりどりの魚たちがいた。

 「そのあたりで結構です~!」と引き留めるネザリーの声がなければ、ゼレウスたちはさらに奥へ歩を進めていたことだろう。

 好奇心と歓喜の赴くままに。



「それじゃ……やるわよ、ゼレウス」


「ああ」



 ゼレウスが振り返れば、エレイナがその正面で立ち止まる。

 作戦の全容はこうだ。


 まずエレイナがゼレウスの胸に刺さったフュージアを抜く。

 ゼレウスが暴走しオオカミの姿に変身してしまったら、エレイナが襲われるよりも早くネザリーが魔法を解除。

 そうすれば左右から押し寄せる水の壁がゼレウスを襲う。

 逃げ場のない海に吞まれれば、たとえ暴走していたとしてもゼレウスは気絶する。

 気絶したゼレウスに再びフュージアを刺せば、再封印は容易だ。


 しかしもし暴走したゼレウスが目の前のエレイナを無視して海からの脱出を優先したなら。

 その場合は砂浜で待ち構えるリーシャ、イリーリャ、ネザリーが迎え撃つ。

 ネザリーは水魔法で、イリーリャは虹色の羽根から水を生み出して攻撃。リーシャは水魔法を使えないものの、闇魔法でゼレウスの動きの阻害。

 突破できる箇所が一か所しかないのならば、顔に水を当てるのも可能だろうという判断である。



「いきます!」


「よし来いエレイナ!」



 フュージアを握り声を張り上げるエレイナへ、リーシャが大声で応える。

 エレイナは細く息を吐き出すと、ひと息にフュージアを抜き去った。

 フュージアから(ほとばし)る青白い稲妻がエレイナの腕に落ち、痛みを残す。

 しかし今はゼレウスの挙動に注意を払わなければ。

 一歩下がり、エレイナは眼前の変化に集中した……のだが。



「あれ、なんともない?」



 拍子抜けしたようなフュージアの声にエレイナの警戒心も緩まる。



「……そのようだな。おっと、翼を抑えねば」



 けろりとした様子のゼレウスが、巨大な翼が顕現する前にその形状を抑え込んだ。

 前方へうねるように突き出す二本の角と、コウモリのような翼。

 デーモンの特徴だ。

 魔封じの力から解放され、ゼレウスは本来の姿となった。しかし暴走する様子は見られない。



「念のためエレイナは先に戻れ。経過を見よう」


「フュージアは?」


「預ける。いいな、フュージア?」


「もち~。エレイナちゃん行こー」



 了承を返し、エレイナが白い道を引き返す。

 彼女が砂浜へ戻ってもなおゼレウスの身体に異常は現れなかった。

 どうやら大丈夫らしいと、ゼレウスも遅れて合流する。


 ネザリーが魔法を解除。

 ざぁあっと青い壁の下部から波が生まれ、二つに割れた海がゆっくりと元に戻っていく。

 何事もなかったかのように、海の生物たちは壁のあった場所を通り過ぎていった。

 波風を立てず、とはまさにこのことだ。



「丁寧な操作だな。規模も精度も……素晴らしい魔法使いだ、ネザリーよ」


「ありがとうございますっ。悪い結果にならなくてよかったです!」


「ああ。礼を言うのはこちらのほうだな……ありがとう」


「どういたしましてっ!」


「私の手柄~♪ また一つ貸しが増えちゃったわね、旧魔王サマ?」


「これはリッツァクア殿の功績だろ、欲深め」


「皆さんがいたからこその作戦です! みんなの手柄ですよイリーリャさんっ!」


「そうそう、ケンカはダメだよリーシャちゃん。ほら、ボクの神々しさを見て清らかな心を取り戻して」


「私は常に清らかだが? ……しかし確かに美しいな。持ってみてもいいか? 何気に私は持ったことないんだ」



 本人の了承を得つつ、エレイナがリーシャへフュージアを手渡す。



「ふ~ん……重さは普通だな。てかバチバチしないぞ?」


「あれは拒絶反応だから。バチバチするのは適性を発現させている間だけよ。そういえばその間は剣も軽く感じる気がする」


「勇者とか魔剣使いは軽く感じるらしいよ。羽根みたいに」


「あたしはそこまでじゃないけど……本来の使い手との違いかな」


「ほぉ~……よし、気が済んだ。返す」


「えー、そんなあっさりー」



 フュージアの剣身をまじまじと眺めたリーシャは、満足するや否やすぐにエレイナへと手渡した。

 フュージアの悲哀の声を華麗にスルーしつつ、リーシャがゼレウスを見上げる。



「しかしよく平気だったなゼレウス」


「ああ。ここ一週間ほどだけだったが、やはり身体を鍛え直したのが効いたようだ」


「ふーん……でもさ、そんなことで暴走するかどうか決まるのってヤバくない?」



 まったくもってそのとおりだ。

 フュージアの鋭い指摘に微妙な沈黙が広がる。

 といっても何が暴走のきっかけなのか実験するのはリスクが高いため、現状放置するほかない。



「……オオカミの姿になるのは控えるべきだな」


「そうね、そうして……」


「まぁなにも起こらなくてよかったと考えようじゃないか。それより……みんな、ゼレウスの姿を見て感じることはないか?」


「む? どういう意味だ」



 ゼレウスが腕を組んでリーシャに問いかける。



「本来の姿にこう言うのもなんだが……違和感がすごい」


「わかる! ボクも思ってたんだ~、ゼレウスに羽と角があるの、変だよね!」


「こら、変とか言っちゃダメでしょ。……まぁあたしも違和感あるなって思うけど」



 本来の姿となったゼレウスだが、本人以外にとっては角も翼もない姿のほうが見慣れている。



「いや、我も違和感がある」


「いやあなたはあっちゃダメでしょ」


「視界の端々に映る翼が、まるで自分のものではないかのようだ」


「え、じゃあもしかしたら追いかけちゃうんじゃない? イヌの尻尾みたいに」


「…………」



 くるくるくる。

 無表情のゼレウスがその場で回り始めると、「わ~、あははっ!」とフュージアは楽しそうに笑った。

 ちなみにデーモンには尻尾もある。

 クルクル回るゼレウスに追従するそれを、なぜかリーシャも「わ~」と追いかけ始めた。

 そのあまりに馬鹿馬鹿しい光景をエレイナとイリーリャは真顔で見守る。

 なおも微笑みを絶やさないネザリーだけが救いだった。



「ねぇ、旧魔王サマの翼って、本来はもっと大きかったわよね? 空を覆うくらいに」


「ああ」



 正気を取り戻したイリーリャの問いかけにゼレウスの回転は止まった。

 リーシャもついに尻尾を捕まえることに成功し、横並びに立ち止まる。



「デーモンにとって翼は力の象徴! 空を覆うほどなんてすごいですね~!」


「でもあなたは小さくすることもできる。……それなら、もっと小さくしたらいつもどおりの姿になるんじゃない?」


「あ、そうかも! イリーリャちゃんナイス! ゼレウスできる?」


「よし、やってみよう」



 目を閉じ、ゼレウスは集中する。

 するとみるみるうちに彼の角と翼が収縮し始めた。

 リーシャの握る尻尾も同様に。



「……なぜ我の尻を触っている?」



 気づけば、リーシャの手は吸い込まれるようにゼレウスの腰のあたりに添えられていた。



「わ、リーシャちゃんってば大胆ですね」


「ままま待て! 私は尻尾を持っていただけだ! イリーリャといっしょにするな!」


「は?」


「じゃあ離せばよかったのに」


「でも無事小さくなりましたよ!」


「うーむ確かに! 前からみればいつもどおり! 違和感ないな、うん!」



 ゼレウスのそばを離れ、正面に回ったリーシャが誤魔化すように言う。

 角は髪に隠れ、翼は手のひらサイズに。水着を少々ずり降ろしていた尻尾も、今は逆に水着の中に納まってしまうほどだ。

 実際、リーシャが慌てて離した尻尾をゼレウスは水着の中に収めた。



「ちっちゃい羽かわいーね、ゼレウス」


「なんだと」



 エレイナが背中側を覗き込んだため、手のひらサイズの翼がフュージアの視界に入った。

 パタパタと小さく羽ばたくそれに率直な感想を述べると、ゼレウスが眉根をしかめる。



「あれ、イヤなの?」


「少々……不服だ。それを見知らぬ者に見せるとなるとなおさらな」


「そっか。じゃあ戻していいよ?」


「ああ。……尻尾はこのままでいいか。服を着るまで翼は顕現させておこう。角は……あったほうが余計な混乱を生まずに済むか」



 角のないデーモンは目立つだろう。尻尾は視界の下方にあるため、なくても案外気づかれないと判断。

 そのとおりに身体の形状を変化させる。



「細かな操作が可能なんですね~……デーモンの皆さんがこれを可能ってわけではありませんよね?」


「少なくとも私は聞いたことないわね。もちろんハーピーも無理」


「マーメイドもです。もしいつでも人の脚に変えられたら便利でしょうね~。まぁ私には‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟がありますけど!」


「はぇー、じゃあゼレウスって結構すごいことしてるんだねぇ。流石は旧魔王サマ?」


「さぁな。我自身にも何が条件で可能になるのかわかっていない。しかしこれで晴れて封印は解除された。魔法も使えるし、念願の着替えも自由にできる……む、着替え? ──まずい!」



 突如ゼレウスが慌てた様子を見せた。

 いつも泰然とした態度を崩すことのない彼の珍しい姿に、フュージアが不思議そうに問いかける。



「どったのゼレウス」


「服だ! フュージアが刺さっていても着替えられるように手直しを頼み、仕立屋に預けた! だがもうその必要はない! 早く伝えねば!」


「あー、そういえば一張羅だからって渋ってたもんね。やっぱ直すの嫌だったんだ? 思い出の品だし。でももう脱ぐ時に裁断しちゃってたじゃん」


「今すぐ伝えれば最低限の手直しで済むはずだ……急がねば!」



 水着に着替える前、ゼレウスは自らのローブをこの街の仕立屋に預けた。

 必要最小限の裁断を施し、八百年振りに脱いだ魔王としての衣服。

 仕立屋に手渡す瞬間すら強く掴み、フュージアに諭されてようやく手放したほどに思い入れのある品だ。

 言うやいなや踵を返し駆け出そうとするゼレウスの背中に、イリーリャが慌てて声を掛ける。



「ちょ、水着で行くの!?」


「問題ない! 最初からそのつもりだった!」


「あ待ってください! 私が案内しましょうかっ? 近道わかりますよ!」



 ゼレウスたちは今日、昼前にこの街についたばかりだ。

 当然土地勘はない。

 知っているのは今日泊まる宿といくつかの店、そしてこの浜辺の位置だけ。

 ネザリーの案内があれば、確実かつ迅速に目当ての場所へ辿り着けるだろう。

 ゼレウスは振り返り、‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟へ駆け寄りながら答える。



「では頼む。しかし急いでいる。抱えてもいいか?」


「あ、はい!」



 ‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟から身を乗り出し、ネザリーは両手を伸ばす。

 そうしたほうが抱えやすいだろうという彼女の配慮だ。

 しかし焦っているからかゼレウスはその仕草に気づかないまま、機体のそばに屈み込んだ。



「しっかり掴まっていろ」


「わ、わ、はいっ!」



 まさか‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟を──? そう思いながらネザリーは慌てて操縦(かん)を握る。

 彼女の予想どおり、ゼレウスはネザリーを‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟ごと抱え込んだ。



「ち、力持ちですね……」


「安心しろ、丁重に扱う」


「あ……はい、ありがとうございます」



 あまりにも当たり前に持ち上げられたため、それ以上の言葉が出なかった。

 ネザリーとエレイナたちへそれぞれ一言声を掛けると、ゼレウスは砂浜を駆ける。

 翼を羽ばたかせ、勢いそのままに空へと飛び立った。



「……逆に遅くならないのかしら、あれ」



 ‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟の重さゆえに深く刻まれた足跡をちらりと見ながら、イリーリャが呟く。

 流石のリーシャもその言葉には「うぅん……」と曖昧に頷くしかなかった。


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