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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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7.旧魔王とかき氷


「すまなかった、ゼレウス」


「……なんの話だ?」



 かき氷を返そうとすると、突然リーシャに謝られた。

 心当たりが見当たらず、ゼレウスはその理由を問いかける。



「気絶させてしまった件だ。すべては私がイリーリャを挑発したせいで起きたこと。悪かった」


「そんなことか。まさかああなるとは誰も思うまい。お前に非はない、気にするな」


「ホント、ボクもゼレウスがああなるとは思わなかったよ」


「てか私を挑発したことについて謝ってくれる?」



 フュージアとイリーリャから入る茶々を、ゼレウスとリーシャは華麗にスルーする。



「……そうか。ありがとう、ならもう気にしない」


「ふ……我はかき氷をたくさん食わせたことを謝られるのかと思ったぞ」


「──ははっ! それについては謝らなくてもいいみたいだからな?」


「ああ構わない、風物詩を楽しませてもらった」



 ゼレウスがニヤリと笑いかけると、リーシャも弾けるように笑った。



「ゼレウスさんは、かき氷を食べたことはなかったのですか?」



 ネザリーに問いかけられる。

 彼女もゼレウスが八百年前の人物であることは知っているため、説明すればすぐに手を打った。



「そっか、‶旧魔王〟さんですもんね! 私の記憶が正しければかき氷の歴史は相当長かったはずですが、流石に八百年前にはなかったでしょう! もしよろしければかき氷の作り方や機構をご説明しましょうかっ?」


「ふむ、気になるな。ぜひ頼む」


「では実際に見に行きましょう!」


「ちょうどいいな、ゼレウスの分のかき氷も買おう。好きな味を選べ」


「あ、だからゼレウスの分はなかったんだね。自分で選べるように」


「ええ」



 パラソルのもとから離れ、ゼレウスたちは連れ立って砂浜を歩む。

 シーズンに入り、本格的に客が増えると『海の家』と呼ばれる店が砂浜に立ち並ぶらしいが、まだそれらの姿はない。

 砂浜沿いの街道に上がり、間隔を置いて並ぶヤシの木のそばを歩いていけば、すぐに目当ての店へと辿り着いた。



「らっしゃっせ~。……って、あばば! ‶海闢王〟さまっ!? いらっしゃいませぇ!?」



 ひょっこり顔を出したマーメイドの店員が、不意に現れた自分たちの王の姿に声を裏返らせた。

 片目を前髪で隠した彼女は、眠たげな目を見開いて姿勢を正す。



「あ、そうかしこまらないでください! 少しかき氷作りを見学させていただきたいのですが、よろしいですか?」


「はい! あ、え、今からっすか!? ですか!?」


「はいっ! ……すみません、無礼は承知していますが……」


「いえいえ! どうぞ中へ! ……なんか生えてる!」



 皆がネザリーに続くなか、ゼレウスが店員の彼女の前を通った際、そんな叫びが上がる。

 慣れたもので、苦笑するエレイナ以外はもはや無反応だった。


 マーメイドの店員の案内で、ネザリーがカウンターに設置されたかき氷機のそばへ移動する。

 ネザリーは店内に入る際に‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟から降り、今は店員の彼女と同じように魔法で浮かばせた水球に腰掛けている。

 そのため、皆で並んで彼女の話を聞くことができる状態だ。

 店員のマーメイドへゼレウスたちを簡単に紹介したのち、ネザリーがカウンター上の機械を手のひらで指し示す。



「これがかき氷機ですね! この上部分の魔道具へ魔力を注ぐと、水魔法が発動して氷を生み出せます。かなり上位の魔法ですので魔力の消費は激しいですが、コスト軽減の魔法陣で多少抑えられています」


「内部に陣を刻んでいるのだな。やはり彫金技術の進歩の影響は大きい……氷を砕くのはどんな魔法だ? 風か、それとも土か?」


「手動です」


「えっ」


「なん、だと……?」



 虚を突かれ、フュージアとゼレウスがしばし言葉を失う。



「リカリスさん、お願いします」


「あはい、了解っす。あっ、わかりまっした。……ました」



 慣れない敬語にしどろもどろになりながら、片目を隠したマーメイドの店員──リカリスという名らしい──が、かき氷機側面のハンドルをくるくると回し始めた。



「む……!」


「おお~」



 ゴリゴリ。シャリシャリ。さらさら。

 受け皿となっている波打つ縁取りの容器へ、削られた氷が積み重なっていく。

 聞いてみれば機構は単純なものだった。

 上部のパーツが魔法で生み出された氷を押し付け、下部のブレード部分が回転して氷を削る。

 シンプルだが無駄のない機構だ。



「削るのにも魔法を使うものだと思い込んでいた。知らぬ間に考えが偏っていたようだな」


「魔法は私たちの生活の根底にあります。歴史的に見ても……いえ、現代においても魔法を前提に物事を考えてしまうことは多々ありますので、仕方のないことだと思います。私の乗っている‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟も、魔法を使わず動かすことも可能だと考えてますが、機構の巨大化と燃費の悪さという問題が出てきますからね。魔法が便利すぎるんですよ」


「あの巨体が魔法を使わず動くというのか! 凄まじい技術の進歩だ……いや、お前が特別優秀なだけか? ネザリー・リッツァクアよ」


「あはは、どうでしょう? 実際に試したことはまだありませんので」


「あの~、お味はどうします?」



 リカリスにおずおずと問いかけられる。

 イチゴ、レモン、メロン、グレープ、オレンジ、パイン等々……ゼレウスに与えられた選択肢は色とりどりだ。



「エレイナの食べていたレモンもそうだが……オレンジやパインは高級品のはず」


「ああ、それは──」


「待てネザリー。我もこの時代の変化に慣れてきているのだ。聞かずとも答えは推測できる。おそらくだが流通経路が強固に築かれ、‶歯車型魔法陣(マ・ギア)〟の発展によって大量の果実の冷凍保存が可能になり、輸出入が盛んになっている……だから価格が抑えられているのだ。そうだろう?」


「いえ、温室があるからですよ」


「む!」



 つらつらと並べた自身の推理が外れ、ゼレウスの眉根がギュッ! と寄る。



「あは、ゼレウスかっこわる~。まぁボクも知らないけど。温室ってなんでしょーかっ?」


「お二人にもわかるように言えば……ガラス張りの畑、でしょうか? 内部の温かさを安定させ、温暖な気候を再現できるんです。‶柑橘園(オレンジェリー)〟といって、富裕層から広がっていったものらしいですよ?」


「我の推測は間違っていたか……まぁいい。では我はオレンジを頼もう。苦味を楽しむのも悪くない」


「?」



 ゼレウスの言葉に、なぜか周囲には疑問が広がった。

 その雰囲気に困惑するゼレウスへ、ネザリーが得心のいった様子で声を掛ける。



「ああ、現在一般的にオレンジと呼ばれているのはスイートオレンジといって、おそらくゼレウスさんの知っているものとは別物なのでしょう。当時主に香料などに使われていたものと違って、甘くておいしいですよ」


「むむ! そうか……なんとも恰好がつかんな」


「大丈夫だよゼレウス! ボクなんてなーんも思いつかなかったし。落ち込まないでいいよ!」


「落ち込んでなどいない、楽しんでいるとも。ではオレンジを頼んでみるとしよう」



 食べ終われば器を返す決まりらしい。

 ゼレウスたちが話し込んでいるうちに食べ終わったリーシャとエレイナが、店へガラスの器を引き渡す。

 淡い橙色のかき氷を受け取ったゼレウスはリカリスへ礼を伝え、一同は再び砂浜へ続く街道を歩き始めた。


 長話のせいか、ゼレウスのかき氷はちょっと溶けてしまっていた。

 だが美味い。

 スイートオレンジの爽やかな甘みと憶えのある芳醇な香りを、ゼレウスはしばし楽しんだ。





  ◇





「聖剣ちゃん、抜いてみない?」



 砂浜へ戻るさなか、イリーリャからそんな提案が上がった。



「えっ、抜くって……ゼレウスからボクを? 危ないよ。あれからまだ封印を解いてないんだ。もしまたゼレウスが暴走しちゃったら……」


「わかってるわよ、まだ刺さったままのところを見ればね。でも旧魔王サマには弱点があるんでしょ? 『水』っていう、簡単に用意できる弱点が」


「そっか、もしあたしがフュージアを抜いてゼレウスが暴走しても、顔に水を当てれば大丈夫かも……?」


「ある程度の深さの流水に浸かっていれば、だったか。だがゼレウスが再びあのオオカミの姿になったとして、それが可能なのか? そもそもあの形態でも水が弱点のままなのか?」


「どうなの、ゼレウス?」



 思わず立ち止まって話し込み始める一行へ、ゼレウスはかき氷由来の頭痛に頭を抑えつつ答えた。



「獣になったとしても恐怖心は変わらない。むしろより過敏になるだろうな。弱点は弱点のままだ……当てられさえすれば、だが」


「あたしもリーシャも水魔法は扱えない……」


「私の羽根も確実に当てるのは無理でしょうね」


「じゃあ無理じゃないか。バカイリーリャめ」


「バカはあなたよリーシャ姫。ここにいるネザリーの二つ名を忘れたのかしら?」


「……深淵の秘宝?」


「あぁっ! やめてください、お恥ずかしい!」



 リーシャの代わりにフュージアが答えると、ネザリーは手を振って羞恥を誤魔化す。

 イリーリャは呆れた様子で訂正した。



「……そっちじゃなくて。‶海闢王〟のほうよ」


「あそっちか……てか‶海闢王〟は恥ずかしくないのネザリーちゃん? ボク的にはどっちもカッコいーけど」


「そちらは代々受け継がれている呼称ですので、恥ずかしがるのも申し訳ないというか……」


「それで、ネザリーに何をしてもらおうというのだ?」


「その名のとおり、海を割って(・・・・・)もらえばいいのよ。それなら外しようもないでしょ?」



 イリーリャがゼレウスへニヤリと笑い掛ける。

 彼女の言っていることへの理解が及んだ時、ゼレウスは思わずネザリーの顔をまじまじと見つめてしまった。



「よくわかりませんが、海を割ればいいんですか? わかりました!」



 そしてゼレウスは理解する。

 簡単に了承を返すネザリーの表情と声色には、今までの彼女から感じた謙遜という感情は微塵もないと。

 ただ可能なのだと、驕りも虚栄もなく彼女は了承したのだ、と。


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