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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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5.素敵な考え方


 ふわふわ。すべすべ。

 首筋や肩、頬に感じる相反する感触。

 ゼレウスはその不思議な感触に目を覚ました。



「はぁ~、あッついわねぇ~……」


「みたいだね~、なんかジリジリしてるもん景色。……あっ!」



 山なりの影が二つと、その向こうで弧を描く大きなシルエット。

 手前の影はわからないが、大きな影のほうはパラソルだろう。

 晴れ渡る空と輝く水面。

 縦に伸びる水平線を見て、自分が砂浜に寝転がっていることに気がついた。



「おっは~ゼレウス、気分はどう?」


「む……」



 フュージアに声を掛けられ、ゼレウスは反射的に起き上がろうとした……のだが。



「あら、起きたの? あ待って、動いちゃダメ」



 降り注ぐイリーリャの声。

 離れようとしたゼレウスだったが、そっと肩に添えられた彼女の手に制止させられた。

 目の前には白くきめ細やかな肌。

 どうやら彼女に膝枕をされているようだ。

 首筋や肩に当たるふわふわとした感触は、ハーピーの太ももの外側を覆う羽毛だったらしい。



「身体は大丈夫? 私の身体に見惚れて倒れたのよ、あなた。頭痛とか、体のだるさはない?」


「いや……ない」



 フュージアがほっと息をつく。

 山なりの影のせいでイリーリャの表情は見えないが、彼女の声は気遣いに満ちた穏やかなものだった。



「情けないところを見せた」


「ホントそうね。まぁでも暑さのせいかもしれないから……ゆっくり起きてみて」


「ああ」



 視界を埋めていた二つの山なりの影を避けながら、身体を起き上がらせる。

 上着で肌を隠し、足を崩して座るイリーリャの姿。

 やまなりの影の正体は彼女の胸だったらしい。

 今は上着によって隠されたそれだが、それでもなおその大きさを主張している。


 汗に濡れた首筋が空気に触れて、ひんやりと涼しい。

 身を預けていた時には気がつかなかったが、彼女の太ももの羽毛を汗で湿らせてしまっていたようだ。

 長い間膝枕をさせてしまった証拠である。



「暑苦しい思いをさせてしまった。すまない」


「いいのよ。一応私が原因だし」


「いや、そちらに非はない。すべて我の弱さゆえの出来事よ」


「まぁ……そうかもね?」



 くすりと笑いながら、イリーリャが羽根の一枚から水の魔法を展開する。

 操作されたそれは彼女の持つコップを洗い、新たに生み出された水がその中を満たす。

 ‶虹天王〟イリーリャ・ミディスの持つ、魔力を宿した七色の翼。

 羽根の一枚一枚から魔法を展開可能なそれが、水だけでなく火、風、土の属性も操れることは先の戦場でも確認していることだ。



「……やはり素晴らしい力だな。美しいだけでなく、神秘的ですらある」


「ふふ、ありがとう。はい、ゆっくり飲んで」


「助かる」


「……ねぇ、ちょっと聞いておきたいんだけれど」


「む、なんだ?」



 胡坐を組んで座るゼレウスにイリーリャが身を寄せ、ひそやかに問いかける。



「私の身体……気絶するくらいよかった?」


「……っ」



 イリーリャは上目遣いに上着の胸元を引っ張ると、ちらりと谷間を見せつけた。

 いたずらっぽく笑う彼女の表情は妖艶さだけでなく、どこか幼さを内包している。

 ……やっていることとスタイルはまったく幼くないのだが。

 ゼレウスは身体ごと目を逸らし渋面を作った。



「返答に困る……あまりからかうな、イリーリャ・ミディス」


「ふふふっ、意外すぎて楽しいわぁ、あなたの反応」


「ちょっとイリーリャちゃん! それ以上ゼレウスをからかうのは許さないよ! ゼレウスとボクは一心同体なんだからね!」


「えー?」


「おお、そうだ、言ってやれフュージア」


「ゼレウスはボクの相棒!」


「そのとおり」


「ゼレウスはボクのおもちゃ!!」


「なに」


「エレイナちゃんとリーシャちゃんが怒るよ!!」


「我も怒るぞ」



 ゼレウスが胸元のフュージアを手刀でトンと叩くと、彼は「わぁ」とおどけた声で驚いてみせた。



「ところでそのエレイナとリーシャはどこにいる? 我はどれほど長い間眠ってしまっていた」


「十分もないくらいかなぁ。二人とも買い物に行ってるよ。ゼレウスのこと心配してたけど……う~ん、同じくらい心配してなかったよ」


「どういうことだそれは。どっちなのだ」


「ちょっと呆れてたよ」


「喜ぶべきか……失望されなかったことを」


「強いわね心」



 思わずゼレウスは天を仰いでいた。



「……ねぇ、少し話しておきたいことがあるんだけれど」


「え! もうさっきみたいなえっちなことしちゃダメだよ?」


「しないわよ」



 フュージアの言葉に苦笑うイリーリャ。

 声を静かに、どこか神妙な面持ち。



「あの娘が帰ってくる前に話しておかなきゃ」


「あの娘?」


「……リーシャのことよ。あなたに任せたほうがいいと思うから」



 フュージアの問いに応えながら、イリーリャがゼレウスの瞳を見つめる。

 ゼレウスは視線で疑問を示し、続きを促した。



「……オオカミの姿になったあなたが暴走した時、リーシャなら一人でどうにかできた……そう考えたことはない?」



 自身を巨大なオオカミの姿に変え、エレイナ、リーシャ、フュージアの力を借りて‶竜王〟ザナドを倒したあと、ゼレウスが支払わされた代償。

 目の前にいるイリーリャと、オークの魔王ギグルの協力を得てようやく、ゼレウスの暴走は治めることができた。

 それほどの騒動を彼女はリーシャ一人で解決できたと言う。



「それってどういうこと? ゼレウスを止めるのはみんなが力を合わせてようやく、って感じだったよ?」


「いや、そうか……‶従属の呪言〟か」


「そう。あの時‶従属の呪言〟をあなたに使っていれば、労せず事を収められた。もちろん呪言を唱える時間は多少必要だったでしょうけど」



 イリーリャの目が輝く海へ向けられる。

 パラソルの影に並んで座り、ゼレウスは彼女の横顔を見やりながら続く言葉を待った。



「リーシャが‶従属の呪言〟を使わなかったのは、使えなかったから(・・・・・・・・)よ」


「えっ……それってどういうこと?」


「トラウマか。デニアス砦で言っていた」


「ええ。……その様子だと、あの娘は自分の抱えるトラウマを話してはいないみたいね」


「ああ、聞いていない」


「ボクも」


「それなら……あなたたちには詳しく話しておこうと思う」


「リーシャのトラウマについてか?」


「知っておいたほうがいいわ。もう立派な仲間同士みたいだし……あなたたちみたいな関係、あの娘には今までなかったはずだから」



 まるでリーシャのことを気に掛けているかのような口振り。

 しかし二人は犬猿の仲だったはずだ。少なくともゼレウスたちの目にはそう見えていた。

 同じような疑問を抱いたフュージアが問いかける。



「あれ、イリーリャちゃんってリーシャちゃんのこと嫌いじゃなかったの?」


「生意気だし、話してると腹は立つわねぇ。といってもそうなったきっかけは私にあるし……いつまでもいじいじ引きずったままだったから、つい余計なことをね」


「いじいじ? あのリーシャちゃんが?」


「そう、あの娘のトラウマは──」


「待て」



 イリーリャの言葉をゼレウスが遮る。



「リーシャが何かを抱えているとしても、我は本人以外からそれを聞くつもりはない」


「……たぶん自分からは話さないわよ?」


「それはまだリーシャにとって我が話すに値しないだけのこと」



 有無を言わさない、ゼレウスの真摯な眼差し。

 気圧されるイリーリャではないが、彼の意志を変えることは困難だと悟り、小さく息をついた。



「素敵な考え方ね……でも確かに、あなたたちにならいつかリーシャも話すかも。だけど残念、からかっちゃったお詫びにと思ったんだけど」


「詫びなどいらん」


「そう?」



 肩を竦め、イリーリャは小さく笑った。



「あ、帰ってきたかな」



 ギュ、ギュ、と近づく、砂を踏む音にフュージアが呟く。

 エレイナとリーシャの足音だ。

 そう思ったゼレウスたちは振り返るが、その一瞬前、先に背後を視認したフュージアは驚愕の声を上げた。



「んなんこれ!!?」



 胸元から大きな声がふいに上がれば、流石のゼレウスも多少は驚く。

 フュージアの声色に恐怖のようなものが混じっていればなおさらだ。


 振り返ってみれば、黄褐色の輝く艶めき。

 その奇怪な姿そのものに見覚えはないが、よく似た物は記憶に新しい。

 ゼレウスが訝しげに呟く。



「……‶噪天の爪(ラークスパー)〟か?」



 デニアス砦で乗り回した空飛ぶ馬、‶噪天の爪(ラークスパー)〟とは似ても似つかない形状だが、金属製のボディに排気用パイプと、共通する要素がいくつか見て取れた。


 二本脚の生えた卵のような造形のそれ。

 卵部分は雛の生まれたあとのように上下に分かれており、上部には屋根と背もたれ、下部には人ひとりが腰を下ろせる程度の空間があった。

 いわゆるコックピット。そこに人が搭乗し操作をするのだと、何の知識を持たないゼレウスでも見当がついた。

 そこに座り、機体の内側、左右のレバーに手を添える女性がいたために。



「よくぞ聞いてくれました! しかし答えは否! これは‶噪天の爪(ラークスパー)〟を元に開発した歩行式(・・・)噪天の爪(ラークスパー)〟! 名を‶魔女の泡沫(デルフィニウム)〟といいます!!」



 ごついシルエットの革のゴーグルを着けた彼女が、快活に言う。

 説明してくれるのはありがたいが、どう返すべきかわからずゼレウスとフュージアはしばし閉口してしまった。



「ネザリー……あなた、どうしてここに?」


「イリーリャさんがいらしたと聞いて会いに来たんじゃないですか! つれないですねぇ、もう!」


「別にわざわざ来なくてもあとでこっちから会いに行ったのに」


「ホントですか!? 嬉しいです! あ、そういえばミネシアさんもいらっしゃってますよ! あとでいっしょにお茶会でもどうですか?」


「いいけど……怖がられないかしら、私」


「大丈夫ですよ! イリーリャさんはいい人だって私が誠心誠意お伝えしますので! では準備を進めておきますね!」



 機械に乗った彼女が満面の笑みでイリーリャと言葉を交わす。



「知り合いか?」


「ええ。いちおう……同僚、って感じかしら?」


「……なんだと?」



 ‶虹天王〟イリーリャ・ミディスの同僚。

 第四魔王、ハーピーの魔王である彼女の同僚となれば、その地位は一つしかないだろう。

 イリーリャが返事とともに立ち上がり、彼女を手のひらで指し示す。



「この子は第五魔王、マーメイドの魔王よ……こんななりだけど」


「こんななりってなんですかぁ! ……お初にお目に掛かります、‶海闢かいびゃく(おう)〟ネザリー・リッツァクアです! これからよろしくお願いしますね、‶旧魔王〟ゼレウス・フェルファングさんっ?」



 革のゴーグルを額へずらし輝くエメラルド色の瞳を覗かせて、彼女は柔和な笑みをゼレウスへ向けた。


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