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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第二章 冷たさにゆらめいて
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1.輝く水平線、きめ細やかな流線


 ‶観光都市〟シシュルトレーゼ。

 マーメイドの魔王が治めるこの海沿いの都市は、地上と海底の両方に街並みが広がっているのが特徴だ。

 白い建物が立ち並ぶ地上の都市は観光都市の異名どおり美しく、それだけでここに来た価値があったと思わせるほど。


 ゼレウス・フェルファングはそれらを背に、同じく白く美しい砂浜に立っていた。

 青い空と青い海を、輝く水平線が隔てている。

 足元には白い砂、そして眼前に広がるのは──



「海だぁーーーーー!!」



 胸元から少年のような声。

 ゼレウスの胸元に刺さっている喋る剣、魔封じの聖剣フュージアの声だ。



「見てよゼレウス! このキレイな砂浜! ほとんどボクたちの貸し切り状態だよ!」



 フュージアは周囲を見渡してそう言ったのだろう。

 だがゼレウスは同じく見渡したりはしない。

 とある理由があったためだ。



「待たせたなゼレウス、フュージア!」



 背後から声がかかる。

 凛とした雰囲気の中に混じる、どこか幼い響き。

 自信たっぷりな様子のそれは、聞き馴染んだとある少女の声である。



「リーシャちゃん! わー、似合ってるね! エレイナちゃんも!」



 ヴァンパイアの少女リーシャ・リネイブルと、人間の少女エレイナ・イーサニリス。

 どちらもゼレウスの大切な友人であり、同じ志を持つ仲間だ。


 フュージアは自分で動くことはできなくとも、背後を視認することはできる。

 ゼレウスと違い、彼は着替えた彼女たちを一足先に視界に収めたのだろう。



「に、似合ってる? 変じゃない?」


「うん! すっごくかわいい水着! しかもおしゃれ!」



 そう、水着である。

 ゼレウスは水着というものがどういうものか知らなかった。

 だがこの砂浜に出て、まばらにいる他の観光客たちを見て初めて水着がどういうものなのか理解した。



「私もいっしょに選んだんだ。ほっといたらエレイナ、無難なのにするところだったからな」


「ナイスリーシャちゃん! でもやっぱり露出度高いね。ボクが知ってる水着はお腹は見せないデザインだったよ。『スク水』っていうんだけど」


「あぁ、あの目立つところにあったやつか。妙な存在感を放っていたぞ。店員が言うには付加価値がどうとか……よくわからなかったが」


「あれはあれでかわいいと思うよ? リーシャちゃんにも似合うんじゃないかな」


「そうか? 私はこっちのほうが気に入っているが……ゼレウスはどう思う? 海を眺めるのもいいが、早く見てみてくれ」


「……ああ」



 振り返り、二人の姿を視界に収める。

 腰に手を当て自信に満ちた笑みを浮かべるリーシャと、お腹のあたりで指を絡めもじもじと視線を逸らすエレイナ。


 ヴァンパイアの弱点である日光を防ぐ‶夜陰の三角帽子〟はそのままに、上下に分かれた黒い水着を身に着けるリーシャ。

 水着の胸元や腰には編み込みが入っており、快活で洒落た雰囲気を醸し出している。

 ヴァンパイアらしい白い肌が太陽の光に輝くさまは、いやらしさよりも美しさが勝っていた。


 エレイナも同じく上下に分かれた水着を着ており、青みがかった白のものを選んだようだ。

 短パンを重ねて穿いているため、下の水着は腰にかかった紐部分と上のほうの生地だけがちらりと覗いている。

 デザイン自体はシンプルなものだが、エレイナのバランスの良いスタイルも相まって『かわいい』だけでは表現しきれない魅力があった。

 フュージアの言うように『おしゃれ』と形容するのが相応しいだろう。



「どうだゼレウス! 楽しみにしてただろう! 似合ってるか? 感想を述べたまえ」


「ああ……二人とも、名のある画家の(えが)いた女神の如き美しさだ」



 リーシャの明るい声とは対照的に、ゼレウスの声は落ち着いている。



「め、女神って……っ」


「そうか、美しいか! そうやって普通に褒められたら、私も普通に照れるぞ……水着着るの初めてだしな。なっ、エレイナっ?」


「うん……よかった、変じゃなくて。ありがとゼレウス…………ん?」



 ふと、エレイナは異変に気がつく。



「どこ見てるの、ゼレウス?」



 さっきまでは目が合っていたはずなのに、いつの間にかゼレウスの顔は真横を向いていた。

 リーシャといっしょに彼の視線の先を見ても、あるのは白い砂浜と同じく白い街並み、まだシーズンが早いからかまばらにしかいない観光客や、浮遊する水球に腰掛けて移動するマーメイドたちの人影だけ。



「……?」



 不思議に思ったエレイナとリーシャは首を傾げながら、ゼレウスの目を覗き込むようにトコトコと回り込んだ。

 ゼレウスの視界に入る。

 途端、彼は再び顔を逸らした。

 さっきまでとは逆の、真反対へと。



「どうかしたのゼレウス、そんなにキョロキョロして。何か心配事?」


「あーエレイナちゃん、たぶんこれは……」


「なんだ~ゼレウス? 私たちが美しすぎて直視できないか? な~んてな! ははははっ! ……………………え、マジ?」



 もう一度二人揃ってトコトコとゼレウスの視界へ入ると、彼はついに目を瞑ってしまった。

 そのまま顔を正面へ戻し、ゼレウスは言う。



「何も問題はない」


「嘘つけ。目ぇ開けてみろ」


「そんな反応されたらこっちが恥ずかしくなるんだけど……」


「ゼレウス、ボク情けないよ……」



 露出が多すぎるのだ。水着が悪い。

 ゼレウスがあまり周りを見ないようにしているのも、他の客の水着姿を見ないようにするためだった。



「これが水着とは……。不埒(ふらち)が過ぎる……」


「そういえばゼレウスってちょっと古風なんだった……八百年前の人だもんね」


「ゼレウスだって今半裸じゃん」


「……男と女では話が違うだろう」



 彼女たちが着替えているということは当然、ゼレウスも水着を着ている。

 着替えている時にも懸念していたが、男女関係なく、水着は現代の感覚でも露出が過ぎるのではないだろうか。


 過去の感覚に照らし合わせてみれば、男はまだしも女性がこれほど肌を出すのはあまり感心しない。

 現代の価値観なら多少肌を見せるくらいどうとでもないということは、ロントリーネやデニアス砦でもひそかに痛感していたことではあり、ゼレウスもそれに慣れつつあるところではあったが……。



「とりあえず目を開けろゼレウス。身体が見られないなら顔を見ていればいいだろ。せっかくの海、そんなんじゃ楽しみきれないぞ」


「む……そうだな、わかった」



 ゼレウスがゆっくりと目を開くと、エレイナと目が合った。

 彼女は羞恥から思わず胸元に手をやろうとしたが、ゼレウスを信頼していないような気がして取りやめ、所在なさげに下ろす。

 代わりに腰のあたりで両手の指先を合わせたが、そのせいで少々腕が胸を左右から押し込んでしまい、その大きさが強調されてしまった。


 が、ゼレウスもエレイナもその事実には気づかずに済んだ。

 二人とも、気恥ずかしさと気まずさから顔を逸らしたために。



「思春期か?」


「ボクは嫌いじゃないよそういうの! てか好き!」



 エレイナもゼレウスも、返す言葉が見つからなかった。



「しかし意外だな、ゼレウスが女体に耐性がないなんて。魔王であれば引く手あまただっただろうに」


「アーズルードにも同じような指摘をされたが、我にそのような暇はなかった」


「大変だったんだな……。ところでゼレウスは私の身体を見て興奮したのか? それともエレイナか」


「興奮などと……人聞きの悪いことを言うな。しかしこれ以上(いわ)れなき(そし)りを受けぬよう、正直に答えよう」


「謂れないかなぁ」



 フュージアの言葉は努めて無視する。



「はっきり言うが、二人とも我の目には毒だ。普段から思っていたのだ。リーシャは脚の露出が過ぎる、エレイナは肩を見せすぎだと」


「あとエレイナちゃんが矢筒から矢を取り出す時、チラッと見える腋が好きって?」


「ちょっと、これからやりづらくなるんだけど」


「……好きとまでは言っていないだろう」


「は、恥ずかしいんですけど!」


「すまない、これからは絶対に見ないようにする」


「じゃあ今までは見てたのかよぉ! いや別に見てもいいけど! お互い意識しない! それがベスト! これからもそうして!」


「善処しよう」



 思わず口調が荒くなるエレイナへ、ゼレウスは腕を組みながら頷きを返した。



「てかゼレウスにもちゃんとそういう気持ちあったんだね~。八百年で枯れちゃったのかと思ってたよ。ちょっと安心」


「どういう立場で言っているのだそれは」


「そうだ、思春期といえばさ、ゼレウスって今いくつなんだっけ? あ、八百年はノーカンでだよ? 聞いた記憶はあるんだけど、昔すぎて覚えてないんだよね~。そういえばエレイナちゃんとリーシャちゃんの年も聞いてなかったよね? 聞いていい?」


「我は二十三だ」


「あたしは十九」


「なんだ、二人とも年下か。私は三十だ」


「…………え?」



 エレイナとフュージアの声が重なる。



「さんじゅ……三十? リーシャが? え、あたしの聞き間違い? 十三? 十三かな?」


「いや、三十だぞ」


「り、リーシャちゃんさんじゅっさい……」


「リーシャさん、じゅっさい……?」



 焦点の合わない目でエレイナが虚ろに呟く。

 もしフュージアに表情があったなら、同じように呆然とした顔を見せていたことだろう。



「そんなに驚くことか? ふふん、これからはリーシャお姉さまと呼んでもいいぞ、三人とも」


「……ごめんリーシャちゃん、さっきの……スク水が似合うって言ったの忘れてもらっていい?」


「? なんでだ?」


「なんか……スク水着たらなんか……犯罪かも……」


「なんでだ!?」



 美しい白い砂粒をほんの少し、リーシャの叫び声が揺らした。


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