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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
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39.混濁する心


「あ……起きた?」



 聞こえる少年のような声に、ゆっくりと瞼を開く。

 知らない部屋、知らない天井。

 柔らかなベッドの上に寝かされているのだと、背中から伝わる感触でわかった。



「……フュージアか。どのくらい待たせた?」


「丸一日くらいかな? 八百年待たされなくてよかったよ」


「ふ……」



 変わらぬ軽口に口角を上げる。



「起きたかゼレウス!」



 カーテンを閉めきった部屋の中、少女の声が掛けられた。

 節々の痛む身体を起こすと、薄闇の中にソファから立ち上がるリーシャの姿を見つける。

 彼女は手にしていた本を閉じ、ソファのそばにある背の低いテーブルにそれを置いて、ゼレウスの近くに寄ってきた。


 当たり前だがヴァンパイアは夜目が効く。

 カーテンの隙間から薄く日が差し込むだけのこの部屋でも読書は可能だ。



「体調はどうだ?」


「身体は痛むが……筋肉痛のような痛みだ、問題はないだろう。世話をかけたな、リーシャ」


「構わんさ。他に何か異常は?」


「喉が渇いた」


「ハハッ! そうか、待ってろ、すぐに水を持ってきてやる」



 リーシャは快活に笑うと部屋を出る。

 扉の向こうから聞こえる、階段を下りる音。

 ベッドから立ち上がるが、身体を動かすたびギシギシとした痛みに苛まれた。



「この痛み……何も変わっていないと思っていたが、八百年の時の流れに身体はしっかり悲鳴を上げていたらしい」


「あーそういえば起きた時に腰痛めてたっけ。タイダリスの力で何もかも変わっていないんだったらああはならないか」



 同意を返しながらゼレウスはカーテンを開き、窓の外を見た。

 八百年前とは異なる透明度の高いガラスの向こうを見て、ここが二階であることを確信する。



「エレイナの家か? 見覚えのある通りだ」



 振り返ってベッドを見てみると、フュージアの刺さっていた穴が残っている。



「……フュージア」


「うん?」


「あれから何があった? 我はエレイナに……何をした」



 一瞬、沈黙が広がる。



「このベッドはエレイナのものだ、匂いでわかる。だがエレイナは一人暮らしだったはず。おそらく唯一であろうこの寝床を我が占領しているということは……」



 よぎるのは最悪の想像だ。

 言葉にするのをためらうほどの。



「……我が殺したのか?」



 しかし受け止める覚悟を決め、ゼレウスは問いかけた。

 緊張に表情が硬くなってしまうのだけは、どうやっても避けられなかったが。



「……大丈夫だよ、そんな怖い顔しなくても。ほら、キミならこの足音の数でわかるんじゃない?」



 フュージアの穏やかな声で、張り詰めた空気は弛緩した。

 階下から登ってくる、この部屋目掛けて移動してくる足音。

 二人分の足音だ。

 部屋の前で止まり、扉が開く。



「エレイナ……!」



 リーシャと連れ立って現れた彼女の姿にゼレウスは思わず安堵した。

 見慣れた鮮やかな赤い髪。

 が、その髪型はいつものポニーテールではなく、肩にかかる程度の髪をそのまま下ろしていた。

 リーシャは果物とナイフの乗った皿を、エレイナはコップと魔道具を手に、それぞれソファとベッドのそばのイスに腰掛ける。



「生きていたか……」


「え…………記憶があるの? ゼレウス」


「……む? どういう意味だ」


「! いえ…………はい、水」



 魔道具を介して注がれた水を受け取りながら、ゼレウスは眉をしかめる。

 エレイナが垣間見せた、失言をしたかのような雰囲気。

 ゼレウスは彼女が何かを伏せていると確信した。



「何を隠している。話せないことか?」


「…………」


「エレイナ──」


「ボクが話すよゼレウス。いいよね? エレイナちゃん」


「……任せる」



 エレイナに了承を貰い、フュージアは語った。

 ゼレウスの記憶が途切れているという、彼の背中をリーシャが転げ落ちたところから、エレイナが命懸けでゼレウスを封印したところまで。



「ギグルとイリーリャが……奴らにも礼をせねばならんな」


「……そうね。あたしも……」


「エレイナも? なぜだ?」


「ギグル殿の提案でな。私が負傷したエレイナをロントリーネへと運ぶ際、二人がついてきてくれたんだ。冒険者や衛兵とて、魔王二人相手にはおいそれと手は出せまい。危険すぎて、イリーリャは最後まで渋っていたがな」


「イリーリャが正しい。あまりにも危険な賭けだ。どうして助かったか不思議なほどに」


「エレイナの負傷が激しかったからな。私もロントリーネの連中も、争いよりも治療を優先したのさ。私がヴァンパイアなのもバレてたし、二人にいてもらって助かった」


「ギグルたちは今どこにいる」


「ああ、もう砦に帰ったぞ。今頃帰りの飛空艇の中かな」


「そうか……」



 二人への礼はまたの機会にしよう。

 全種族の支配という野望を捨てなければ、必ずまた会える。



「それにしても……我がエレイナを殺しかけた、か……」


「気に病まないで。殺されたって仕方ない仕打ちを、あたしはしたんだから」


「すまない」


「やめてってば」


「違う。それ(・・)だけを詫びているのではない」



 それ以外の何に謝ることがあるのかと、エレイナは伏せていた視界を上げた。



「‶敵意〟が支配の魔剣のキーだと言ったな。あの時の我は確かに、お前に対して敵意を抱いた……」



 後悔するようなゼレウスの口振り。

 彼が何を言おうとしているかわからず、エレイナは怪訝な表情を浮かべる。



「あの時、我が敵意を失ったきっかけは二つあった。一つは、魔剣に貫かれた痛みがなかったこと。聖剣と同じく、魔剣で痛みを与えるか否かは使い手が決められる。エレイナは我に永遠の痛みを与えることを良しとしなかった」


「それは……あまりにも好意的すぎる解釈だわ。痛みを与えないほうがゼレウスの強さを十全に活かせる……あたしがそう判断しただけかもしれないでしょ」


「ああ、だから決め手にはならなかった。確信を持てたのは、リーシャと対峙してからだ」


「……どういうこと?」



 窓枠に手を掛け通りを眺めながら、ゼレウスはエレイナの問いに答える。



「リーシャを相手に、我は本気で戦わなかった。お前がそうさせたのだ。リーシャに傷一つ付けずに済んだのは、お前がそう願ったからだ、エレイナ。違うか?」


「……それは……」


「魔剣にこの身を貫かれた時、我は反射的にこう考えた。今までのエレイナは嘘だったのか、と。背後にいるのは得体のしれない、まったくの別人なのではないかと」



 エレイナへ振り返り、ゼレウスは小さな笑みを見せる。



「……違った。我の前にいるのは共に食事し、遊び、危機を乗り越えたエレイナだ。他の誰でもない。そう確信したのだ。だから支配の力が解けた」



 深緑の瞳がエレイナを正面から見据える。



「信じてやれなくてすまなかった」


「!!」



 息を呑んだ。

 想定外のその言葉に。

 そのまっすぐな瞳から逃れるように、エレイナは顔を伏せる。



「……あなたが支配されたのなんて、ほんの一瞬だったじゃない。それにそんな言葉……あたしには相応しくない。……初めて会った時から、あたしはゼレウスを利用する可能性を考えてた。あなたといっしょにいたのは裏切り者のあたしよ。最初からずっと」


「違う。我が出会ったのは見知らぬ者を街に案内し、食事と宿を提供するエレイナだ」


「──違うッ!! あたしはあなたに……っ同族殺しをさせるつもりだったのよ!」



 ゼレウスの言葉はエレイナの心を逆撫でしていた。

 劣等感だ。

 彼に優しい言葉を掛けられるたび、自分が情けなくなる。

 声を荒げ、罪悪感が重なり、またどうしようもない感情が深まっていく。



「……本当にそれができたと思うか? 支配の魔剣でも、我の表情までは操れていなかった。未来のお前が、我の心を無視し続けられたか?」



 平坦だがどこか穏やかな、ゼレウスの問いかけ。

 自責の念がエレイナの声をさらにしぼませる。



「…………きっと……目を逸らし続けたわよ」


「過去のお前は‶抗う強さ〟を以って弓の道へと踏み出した。残酷な現実に、決して目を逸らさず」


「っ……復讐のための弓よ……っパパとママが死んで……魔族を殺すための……!」


「ならば、我が世界を変える」


「はっ?」



 思わずエレイナは呆けた声を出した。

 彼は何を言っているのだろうかと。

 疑問はすぐに氷解する。



「我が世界を変え、お前の歩む道を変える。復讐ではなく、これからは栄光の道を歩めるように」



 ゼレウスはそう言って笑みを浮かべた。

 いつもどおり、不敵に。



「エレイナ、お前は我に同族殺しをさせて、その先に何を見据えていた?」


「…………」



 言い淀む。

 返す言葉は持ち合わせていたが、エレイナは口を閉ざした。

 言ってしまえばまるで、自分が許しを乞うているかのように思えて。



「……平和だよ、ゼレウス」



 だがエレイナの隠した真実はフュージアが明かした。

 エレイナはそれを止めなかった。

 フュージアに教えてしまっていたことに後悔はない。

 ずっと話さずにいれば、それはそれで不誠実だからだ。

 代わりに『フュージアに言わせてしまった』という、別の罪悪感が積み重なったが。



「ゼレウスとリーシャちゃんが戦ってた時に聞いたんだ。エレイナちゃんは魔族を滅ぼして、人族のための平和を創るつもりだった。その果てでゼレウスの支配を解いて、どんな罰でも受けるって」


「やはりそうか。ならば我々は同じ道を歩める。同じ、平和への道を」


「そんなの、全然違うじゃない……! あたしはあなたたち魔族を滅ぼすつもりだったのよ……?」


「今でもそう願っているか?」


「それは……っ」



 エレイナはリーシャをちらりと見やる。

 彼女はこちらの会話に耳を傾けながら、ナイフを手にリンゴと悪戦苦闘しているようだった。

 エレイナがリーシャを見たのは意識しての行動ではなかったが、それこそがゼレウスの問いに対する無意識の回答だ。


 覚悟こそ一度は決めたものの……彼女やゼレウスを滅ぼすなんて、もう考えたくもない。

 いや、その覚悟すら中途半端だったのかもしれない。

 分不相応だったのだ。何もかもが。



「我と共に世界を救え、エレイナ」


「……えっ?」



 自責し続ける自分の心をほんの一瞬だけ忘れ、エレイナは顔を上げた。

 彼は何を言っているんだろう?

 少なくとも、人族のイメージする魔王とは真逆のセリフだったことはわかる。



「八百年前、我はザナドに裏切られるなど露ほども考えていなかった。だが今でも、奴の裏切りが悪意や敵意だけだったとは思っていない。もう真実はわからないままだが……しかし今回は違う」



 彼は何を言っているんだと、もう一度心の中で問う。

 答えはすぐに理解できた。



「お前はもう裏切り者などではない。これから先もずっとだ。我はそう確信している」



 そして理解した時、エレイナは再び顔を俯かせた。

 そうしなければならなかった。

 熱くなる目頭を、震える唇を、隠さないといけなかったから。


 もう彼とは対等になどなれるはずもないが、やり取りは公平でなくてはならない。

 涙を流して、不必要な同情を買いたくはなかった。

 そんなズルいことはしたくなかった。

 だけど、表情を隠しても、震える声だけは隠せない。



「いいの……? あたしが……あなたたちと同じ道を歩いて……」


「当然だ。胸を張れエレイナ。お前は一度たりとも嘘をつかなかったではないか」


「っ!」



 取り払われていく。

 抱えていた罪悪感が、ゼレウスの言葉によって。


 結局、顔を伏せたことに意味はなかった。

 涙が頬を伝う。

 垂れた前髪で隠れていても、声でわかってしまうだろう。

 エレイナの泣き声が弱々しく室内に響く。


 ゼレウスが背を向けるようにベッドに腰掛けたことで、泣いてしまっていることも、それを隠したいと思っていることも、すべてバレてしまったのだとわかった。

 こちらを見ないようにしているのが彼の優しさだということも、すべて。



「っ……ごめん、なさい……ちょっとだけ……っそのまま、振り向かないでいて……」


「……ああ。フュージアが当たったら危ないからな」


「うん……」



 エレイナは涙を拭い、静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 心が軽くなった気分だった。

 彼の言葉を聞いただけでそうなった自分を、なんて単純なんだと心の中で笑う。

 自分の中にもまだ素直な部分があったと喜ぶべきだろうか。

 ……いや、ゼレウスの言葉だったからこそ、心から安堵できたのだろう。


 彼だって、一度たりとも嘘をついていないのだから。






 それから少しして。

 心地よい沈黙の中でエレイナが心を落ち着かせた頃、リーシャが達成感に満ちた声を上げた。



「できた! これでいいのか? フュージア」



 彼女はソファから立ち上がると、皿を手に近づいてくる。



「見せてー。ゼレウス立ってー。お、上手だねリーシャちゃん」


「む、これはなんだ」



 ゼレウスはフュージアに言われたとおり立ち上がると、振り返ってリーシャの持つ皿を覗き込む。

 皿の上には切り分けられたリンゴが乗っていた。

 少々歪なところもあるが綺麗に剥かれ……なぜかいくつか皮が残っているものもある。



「見てわからんか? うさぎさんだ。飾り切りというらしい。フュージアに教えてもらった。ゼレウスが喜ぶだろうと思ってな。エレイナも食べていいぞ」


「んっ……うん、ありがと」


「我は幼子か? 用意してもらったことには喜ぶが……む、美味いな。しかし──」



 エレイナは皮の剥かれたものを、ゼレウスは飾り切りの施されたものそれぞれ口に運び、シャリシャリと味わう。



「このウサギ……どこかぬるいぞ」


「ああ、ずっと握ってたから」


「…………そうか。慣れないことをさせたな」


「ちゃんと手は洗ったし、浄化の魔法もかけた」


「我は何も言っていないが」


「顔に出てたぞー。くく……ゼレウスの表情の微妙な変化がわかるようになってきた。これからもうまくやっていけそうだな?」


「むぅ……」



 苦労も増えそうだ。

 ゼレウスの表情がそう物語っているのをエレイナとフュージアも理解し、くすりと笑った。

 微妙な表情を浮かべるゼレウスを尻目に、リーシャはエレイナと向かい合うようにベッドに腰掛ける。



「エレイナ、大丈夫か? お前もちょっと前まで怪我人だったんだ。血が足りてないんだから安静にな」


「大丈夫。心配してくれてありがと」


「我がベッドを占領してしまってすまなかったな。穴も開けてしまった」


「気にしないで」


「……そうか。わかった。ところで我がここを借りている間、エレイナはどこで寝泊まりをしたんだ? この家に他の寝床があるのか?」


「いや、エレイナはギルドで治療を受けて、そのままギルドの二階の部屋で夜を明かした。ゼレウスがこの家に運ばれたのは、エレイナがそう提案したからだ。ギルドで人族に囲まれていては、看病する私も心の休まる暇がないだろうということでな。ちなみにゼレウスを運んだのはギグル殿だ……お姫さま抱っこで」


「な、それで街を歩いたのか? 我の威厳が……」


「背負えんのだから仕方なかろう。…………ところでちょっと気になったんだが、どうしてゼレウスはこのベッドがエレイナの物だとわかったんだ?」



 そういえば、確かに。

 リーシャは妙なところで鋭い。

 エレイナは不思議そうな顔でゼレウスの答えを待った。



「匂いだ」


「え」


「あ……それ言っちゃうんだ……」



 エレイナの思考が一瞬停止する。

 フュージアの小さくなっていく呟きは、耳から耳へ抜けてどこかへ行ってしまった。

 眉根を寄せたリーシャはゼレウスへ振り返り、訝しげに問いかける。



「匂いだと? デーモンにそんな獣人のようなチカラがあったか?」


「いや、我の鼻が特別いいだけだ」


「……私たちの匂いを覚えているのか? もしかしていっつも嗅いでいるのか? 変態みたいに?」


「人聞きの悪いことを言うな、念のため覚えているだけだ。集中していなければ常人並みの嗅覚だし、常に気を張っているわけでもない」


「ふーん」


「…………あの」


「なんだ、エレイナ」


「あたしって、その……なんというか…………えーと……」



 聞いておかなければならないことがある……のだが、気恥ずかしさゆえにためらってしまう。



「どうした、歯切れが悪いな。お前らしくもない」


「おいゼレウス! エレイナはサバサバしてそうに見えて結構繊細だぞ! 気遣ってやれ!」


「うー……めんどくさくてごめん。自覚はあります」



 リーシャの気遣いが痛い。

 ほんと、迷惑をかけてばかりだ。

 また罪悪感が刺激されたが、さっきまでのように心が苛まれるほどではない。



「それで、何が聞きたい? 遠慮するな」


「う、うん。……あ、あたしって…………あのー……覚えられるくらいに……しかもベッドに残るくらいに……に、匂い強めっ? それともみんなそんなもんっ? 毎日ちゃんとお風呂には入ってるけど……あっ、昨日は入れてなかったけど、ででも今朝入ったし! ……待って! やっぱ答えなくていい! あー今の全部忘れて!!」


「そんなことか。匂いが弱くても我は覚えていられる。エレイナの匂いも別に普通に良い匂いだ。どこか花のような香りがするが……花壇の世話をしているからだろうな」



 ゼレウスがちらりと窓を見る。

 玄関周りにも花壇はあるが、窓の外側にも小さな植木鉢がある。

 どちらも、世話をしているのは当然エレイナだ。



「へー、お花の匂い! 女の子っぽくていいじゃん。よかったねエレイナちゃん」


「…………そ、そっか……。うん……よかった…………よかったぁ……」



 余計なことを聞いた、とわたわたしていたエレイナだったが、ゼレウスの返答を聞き、気恥ずかしさと安堵でもじもじしながらも落ち着きを取り戻した。



「忙しいなぁエレイナ。なぁゼレウス、私はどんな匂いがするんだ? 麗しい感じか? やっぱ」


「灰の香りがする」


「う嘘だ! 灰の香りなんて嗅いでも全然嬉しくないだろ! 私も女の子っぽい香りがいい!」


「嫌な匂いではない。確かに男と女で違いはあるものだが、リーシャもちゃんと女の子っぽい香りとやらの範疇に入っている」


「女の子っぽい匂いを把握しているのか! この変態め!」


「我はなんと答えればよかったのだ?」



 よかった、特別体臭に特徴があるというわけではないようだ。

 ゼレウスにそれを把握されているのは正直なんか微妙な感じだが、脳内であのオオカミの姿に変換すれば……。

 まぁほとんど犬みたいなものだ。

 犬に覚えてもらえば嬉しい。

 だから大丈夫だ。うん、だから全然恥ずかしくないっ!


 ゼレウスとリーシャの会話もほとんど耳に入ってこないくらいだ。

 それほどエレイナは安堵していた。

 ……ちょっと無理やり納得しているような感じもあったが。



「……花育ててよかったぁ。矢に毒が塗れないかな、と思って始めたことだったけど」


「む、確かに花壇の奥のほうにいくつかあったな。毒の花が」


「え、うわぁ……」


「……どうやら私の思っている女の子らしさとは少々違うみたいだ」


「えっ、い、今は花自体が好きだから……っ」


「むしろ昔は好きじゃなかったんだ……」



 フュージアがそう呟くと、リーシャがゼレウスの胸元に顔を寄せ、耳打ちするように囁く。



「エレイナって結構怖い奴だよな……」


「うん……」



 リーシャの性格的に、本当に陰口を言うつもりはないのだろう。

 その証拠に、交わされた言葉はエレイナにも割とはっきり聞こえた。

 ちょっと言い返せなかった。


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