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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
34/77

34.緊急解放


 リーシャ、エレイナの乗る機体はザナドの周囲を迂回しつつ上空へ、ゼレウスはまっすぐ正面から突っ込む。

 より警戒されているのはゼレウスだ。アーズルード、ザナドともに、突っ込んでくる機体へ注意を払う。


 真一文字に薙ぎ払われるザナドの腕を、ゼレウスは機体を大きく傾けて掻い潜る。

 鱗の壁にも見紛うそれが頭上を通り過ぎた時、開けた視界に無数の闇の棘が飛び込んできた。


 アーズルードの闇魔法。

 ゼレウスはその場で機体ごと回転し、棘のいくつかをフュージアで弾きながら再び加速した。

 数回斬ったところで消しきれない。そう思わせるほどの量。

 ゼレウスはもう一度アクセルを包帯で固定すると、ホーミングするそれらを引き連れたままザナドへと飛び移った。


 腕に着地すると同時に加速。肩まで一気に駆け上る。

 首周りを移動し、ザナドの背面へ。

 しかしゼレウスの狙いはアーズルードもわかっている。

 ザナドの首の付け根あたりで上を見上げた時、そこにはまたもや無数の闇の棘が待ち受けていた。

 ザナドの頭部から見下ろすアーズルードが、見せつけるように口角を上げる。



「……捌ききれるか? ‶旧魔王〟」



 背後からも闇の棘が迫っている。ゼレウスに立ち止まる暇はない。

 無数の矛先へ向け、正面から突っ込んだ。

 眼前、隙間なく棘が迫る。

 フュージアで消しきるのは不可能な量。シンプルだが的確な対処だ。

 そしてシンプルゆえに、今のゼレウスでは返す手段も一つしかなかった。


 ザナドの首の上で、ゼレウスの姿が掻き消える。

 いや、ただ横方向へステップしただけだ。アーズルードは魔法を操作し、その影を必死で追う。

 ゼレウスはその場で回転してフュージアで道を作り出すと、即座に駆け抜けた。

 もちろん闇の棘は依然四方八方からゼレウスに迫り続けている。

 そのはずなのだが。



(速、すぎる…………)



 アーズルードは愕然としていた。

 ゼレウスが取った手段こそ、最もシンプルなものだった。

 魔法の操作にも限界はある。使用者の能力という限界が。

 であればその知覚能力を凌駕した速度で動けば、魔法の操作も追いつくことはできない。


 実力には実力を。

 ゼレウスは最低限の数だけをフュージアで捌いて隙間を作り、ただ圧倒的な速度を以って闇の棘のすべてを回避した。

 シンプルな能力差。ただそれだけが、アーズルードとゼレウスの間には横たわっていた。


 ゼレウスがアーズルードに肉薄する。

 闇の棘は操作を放棄され、ザナドの鱗や空の彼方へと消えた。

 もはや攻撃魔法の通用する間合いではない。

 しかし。



「む……!?」



 ゼレウスの拳が空を切る。

 アーズルードの身体が何かに引き寄せられるかのように後方へ下がり、その軌道から外れたためだ。

 アーズルードの腰に巻き付けられた、闇の糸。

 それが彼の身体を引っ張り、ゼレウスの虚を突いたのだ。


 大して速い回避ではない。本来であればゼレウスがそれを見切れぬはずはなかった。

 だがそれも予備動作があればの話である。

 ザナドの鱗にでも引っかけておいたのだろう、闇の糸を魔法操作で手繰ることによる、意識の外の動作。


 魔法の操作をするために身体を動かす必要はない。

 しかし操作をする際に身体を動かし、イメージの補完をすることは往々にしてあることだ。

 魔法の扱いに長けたエルフやデーモンでさえ、何の動作もなく魔法を使える者は少ない。

 身体はまだしも指先、果ては目線や呼吸など、誰もが無意識の領域の中に魔法操作のルーティーンを持ってしまっているのだ。


 が、アーズルードはその領域にいない。

 だからこそ、ゼレウスでさえこの回避を読むことはできなかった。

 しかしここまでは想定の範囲内だ。アーズルードが空中へ逃れることはわかっていたこと。

 だからこその──



「いっけぇぇえ! リーシャちゃん!!」


「ぅおっっしゃぁぁあぁああッ!!」



 リーシャ、エレイナの乗る機体が、空中へ逃れたアーズルードへ向け突進する。

 これこそがゼレウスたちの真の狙い。

 このために彼女らを上空に待機させたのだ。


 だがゼレウスは気づく。

 まるで空に放り出されるように退くアーズルードの表情には、一切の焦りがないということに。

 そして迫るリーシャの気迫を受けてもなお、その表情は崩れない。

 アーズルードの左腕が掲げられる。

 が、視線はゼレウスから離れない。まるで、それ以外は警戒に値しないとでも言うように。



「うっ……おぉ!?」


「きゃあっ!」



 リーシャとエレイナが小さな悲鳴を上げる。

 アーズルードは掲げた手の先へ、三日月のように()を描く闇を展開した。

 弧状の闇は‶噪天の爪(ラークスパー)〟の底に添えるように広がり、機体に黒い道をなぞらせる。

 アーズルードの用意した闇のレールは、リーシャたちの乗る機体をあらぬ方向へと受け流した。


 作戦失敗。

 再びザナドが操られ、ゼレウスは離脱を余儀なくされた。

 鱗を蹴り自らの‶噪天の爪(ラークスパー)〟へ跳びながら、ゼレウスはリーシャたちの様子を確認した。

 少々機体の体勢を崩されただけで二人とも怪我はないようだ。回転するザナドに巻き込まれないよう離れていく。


 ‶噪天の爪(ラークスパー)〟へ着地。

 しかしハンドルを握ろうとしたその刹那、ゼレウスは違和感を抱いた。

 ぬらりと艶めく、黒い何か。

 機体の側面、死角にあったため着地するまで気づけなかった。

 瞬間、黒い輝きが鋭利な棘となり、ゼレウスへ向けて伸びる。


 あの時。ゼレウスがアーズルードに肉薄した時。

 操作を放棄し彼方へ消えたかに思えた闇の棘の一部を、ここへ仕込んでいたのか。


 黒紫(こくし)の針の(むしろ)

 ゼレウスは咄嗟にそれらを裏拳で薙ぎ払ったが、砕くことができたのはほんの一部だった。

 が、そもそもこれはゼレウスを傷つけることが目的ではない。


 ‶噪天の爪(ラークスパー)〟が貫かれ、機体の逆側から闇の棘が伸び出でる。

 歯車に刻まれた魔法陣が内部の予備もろとも光を失い、機体の姿勢が崩れた。

 まもなく、ほんの呼吸をする暇もなくこの機体は堕ちる。



「ま、マズくないゼレウス!?」


「ああ」



 高さはどのくらいだろうか。

 草原。街。人は粒ほどの大きさもない。

 この高さ。ゼレウスとて落ちれば無事ではいられない。

 だがそんな状況にあっても、ゼレウスの表情に一切の動揺はなかった。


 ……覚悟していたからだ。

 アーズルードを追い打ちするという、リーシャの提案を呑んだ時。

 ‶噪天の爪(ラークスパー)〟に乗って、ザナドを追うと決めた時。

 この戦場へ出た時。

 あるいは、八百年前に魔王になった時。


 死ぬ覚悟はとうにできていた。



「ゼレウスーーーーーッッ!!」



 リーシャの声。

 巨大化し、機体ごとこちらを飲み込もうとする針の筵から逃れ、ゼレウスは空中へ躍り出た。

 上空から急降下したリーシャが、身を乗り出すようにして手を伸ばす。



(ッダメだ、届かな──)



 交差する瞬間、リーシャは闇魔法の糸を手元から伸ばした。

 だが届かない。

 どうあがいても。

 この刹那。次の瞬間。息を吐き、時間が過ぎ去っていく。

 伸ばした手が掴まれぬまま。



「──問題ない!!」


「!?」



 ゼレウスの叫び。

 リーシャはその内容に驚いたが、息を呑んだ理由はそれだけではなかった。

 帽子を抑えていた重みがなくなる。

 背中にあった感触と体温が消え、機体の重心がさらに傾く。



「エレイナッ!?」



 リーシャの見開かれる目と、エレイナの引き攣った顔がゼレウスの瞳に映った。

 ‶噪天の爪(ラークスパー)〟から飛び降りたエレイナが、‶中空に踊る(エリアル・ステップ)〟を使って空を駆け下りる(・・・)

 エレイナの反射神経はリーシャほど優れていない。

 だから飛び降りるタイミングには少々ズレがあった。

 そのズレを、そしてリーシャが手を伸ばしても届かなかった距離を、‶中空に踊る(エリアル・ステップ)〟で埋める。


 二歩。三歩。

 空を駆けた先で、エレイナの手がゼレウスに届いた。

 同時にリーシャの乗る機体が遠ざかっていく。



「っ!」



 エレイナが掴んだ手を引き寄せようとする。

 が、落下の空気抵抗で体勢が崩れ、上手くいかないようだった。

 代わりにゼレウスが彼女の手を引き、困惑しながらも優しく肩を受け止める。



「エレイナ、なぜ……」



 エレイナは答えない。

 いや、わかりきっていることだった。

 彼女はゼレウスを助けるために、恐怖心を押し殺して飛び込んだのだ。

 ゼレウスはそれを悲壮感とともに受け止める。


 ……ゼレウス一人であれば、問題なく着地できた可能性があった。

 エレイナの行動を否定したいわけではないが、あまりにもリスクが大きすぎる。

 そしてリターンはない。

 ゼレウスの表情が歪む。



「我一人なら助かる可能性があった」


「それって確実?」


「……いや」



 空を堕ちながら、二人は手短に言葉を交わす。

 ゼレウスは視界を巡らせてリーシャの位置を確認した。

 遥か上空、旋回する‶噪天の爪(ラークスパー)〟が見えたが、ザナドの振るう腕に進路を妨害される。

 リーシャの迎えは期待できないだろう。



「魔道具を使って我を支えるつもりか。可能か?」


「いいえ」



 こちらに身を寄せる彼女の表情は見えない。

 だがその声色を聞けば冷静であることがわかった。

 エレイナの死の未来に心を乱す、ゼレウスとは対照的に。



「ならば今すぐ空を跳べ! お前だけでもリーシャに──」



 ‶中空に踊る(エリアル・ステップ)〟を使って空中で待てば、リーシャの迎えが間に合うかもしれない。

 抑えきれない焦りを見せながら、ゼレウスはそう指示を出した。

 だがエレイナは。



「断る。……あなたには、万が一でも死なれたら困る」



 そう呟くと、彼女はフュージアの柄を握った。



「? なにを……」


「デーモンなのよね? あなたの本当の姿は」



 エレイナが顔を上げる。

 相変わらず引き攣った表情。だが、彼女は確かに笑った。

 握られたフュージアに力が伝わり、そして……動き始める。



「えっ……な、どうしてエレイナちゃんがボクを……!!」



 バチバチと、青白い稲妻がエレイナの握る柄から(ほとばし)る。

 八百年もの間。

 ゼレウスの身体に秘されていたはずのフュージアの剣身が。その白き輝きのすべてが。



「バカな……エレイナ、お前は……!」


「ゼレウス……あたしを抱えて、飛んでくれる?」



 選ばれた者にしか抜けないはずの聖剣が今。

 エレイナの手の内で、ゼレウスをその永い封印から解放した。


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