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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
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28.‶騎士王〟と‶虹天王〟


「……私が攻撃に参加したほうが確実ね。あなたは別の属性で援護して、アーズルード」


「了解、イリーリャ殿」



 アーズルードの返事を待たずにイリーリャは降下し、眼下のゼレウスへ慇懃無礼な礼を送る。



「次はわたくしもご一緒させていただけるかしら、旧魔王サマ?」


「いつでも来い。お前の力も見せてみろ」



 イリーリャは妖艶な笑みで答えると、ギグルへ指示を出す。



「消耗を狙うのは終わり。ギグル、あなたは普段どおり戦いなさい。私も援護するけど、怒らないでね?」


「怒るものか。助かる」



 厳めしい顔のまま、しかしどこか柔らかな声色でギグルは礼を言う。

 戦術の変更に伴い、ギグルは自らへかけた水の加護を解除した。



「ハァッ!」



 イリーリャが滑空し、攻撃を仕掛けてくる。

 ゼレウスは手のひらで鉄爪を逸らすと、続けざまに振るわれるもう一方の爪に逆の裏拳を合わせ、弾くようにして受け流した。

 続けてギグルが突っ込んでくる。

 が、彼の大剣を振るう動作には大きな変化があった。



「おお! そういった戦い方もできるのか、ギグルよ!」



 今までとは異なり、ギグルの動作はどこかミニマムだ。

 オークの膂力を活かした力任せの体捌きではなく、細やかで繊細な、隙の少ない動作。

 ゼレウスが他の魔王からの横槍を警戒しなければならない状況とはいえ、互角の攻防が成り立っている。



「ああ、こちらのほうがおれの性に合っている! オークには似合わんか?」


「愚問! 歓迎するぞ!」



 火の魔法の横槍がないため、戦いながら会話も楽しめる。

 しかしその戦いは、一介の戦士では入り込めないほどに熾烈だ。



「なに仲良く話してんのよギグル! 真面目にやってる!?」


「心配するなイリーリャ! 我が剣に意思は宿らず! 力と技術に意思が宿るのだ! 戦いに真摯でないオークなど、オークではない!」


「じゃあ喋ってないで集中しなさい!」


「すまん!」



 ギグルに続き、イリーリャの踊るように華麗な攻撃がゼレウスを襲う。

 先程戦ったハーピーとは違い、彼女の攻撃は読めない。

 精緻かつ強靭な風の流れが予想外の動きを生み出しているのだ。



(先程と比べ、連携がより密になっている。視野が広いな。言動に寄らず、気遣い上手ではないか)



 ゼレウスはイリーリャをそう評価する。

 膂力ではなく技術を活かした戦法に切り替えたギグルの動きを、彼女は完璧に理解し、その隙を埋めていた。

 リーシャを挑発していた時とのギャップを感じる、的確な援護だ。



「アッハハハハハッ!」



 回し蹴りによる、鉄爪の横薙ぎ。

 勢いそのままに回転し、十字を描くような踵落とし。

 横薙ぎを回避し、ゼレウスも同じように回転することでフュージアで迎撃した。

 ギャリギャリと硬質な音が交差する。

 正面を向いたゼレウスは、休む間もなく踏み込んでくるギグルへの対処を強いられる。


 前後左右だけではなく、そこに上下の動きがあるのが有翼種族との戦いの特徴だ。

 選択肢の豊富さはそのまま防御を崩す揺さぶりとなる。

 ギグルの攻撃を捌く間も、イリーリャから観察されているのを感じる。

 ゼレウスの判断、動作の大小、その選択。そこからこちらの動きの法則を掴もうとしているのだ。


 優秀な戦士ほど、決められた動作を完璧に行う。

 極めれば極めるほどその動作の隙はなくなり、(から)め手での対処は難しくなる。

 実力には実力で返さなければならなくなるのだ。

 ゼレウスの動作はすべてがその領域にある。

 だからこそギグルたちは彼に致命打を与えられずにいた。

 しかしそれはゼレウスも同様。


 イリーリャが一度上空へ浮かび上がると、今度はアーズルードの魔法がそれをフォローした。

 地面から伸びる土の牙をゼレウスの拳が砕く。



「そうやっていつまで手を抜いていられるのかしら? そっちに殺す気がなくても、こっちは容赦しないわよ?」



 イリーリャが嗤う。

 殺さず制圧する、というゼレウスの狙いは見透かされている。



(確かに、この練度の相手を前に手加減は困難……)



 数少ない隙を突き、致命的な攻撃を加えられれば逆転は可能だろう。

 しかしそれはゼレウスの目的に反する。

 苦戦させられるのは、相手が強敵であることの証。

 ゼレウスはそれこそを手にしたいのだ。強者だからこそ配下にしたい。

 だが時間は無限ではない。ここで手をこまねいている間にも戦死者は出ているはず。


 こちらの隙を炙り出すような細やかなギグルの攻撃を凌ぐと、再びイリーリャが降下してくる。



(命で賭けはできん。消耗を待つしかないか……)



 このまま防御に徹して体力を温存し、魔王たちの息切れを待つしかない。

 ゼレウスは歯噛みしながらイリーリャの攻撃に備え身構える。

 しかしその瞬間、聞き覚えのある声が戦場に響き渡った。



「やはりゼレウス!! 私を連れていくべきだったんじゃあないか!?」



 視界に銀色の風が走る。

 見覚えのある、黒い三角帽子。

 彗星のように尾を引く銀糸が立ち止まり、ゼレウスの前でふわりと広がった。



「リーシャ!!」



 思わず彼女の名を呼ぶ。

 彼女は空から襲い来るイリーリャの前に立ち塞がると、腕を振るって鉄爪を迎撃した。



「闇の爪……!」



 イリーリャが忌々しげに唸る。

 振るわれたリーシャの腕は、二の腕の半ばほどまでがぬらりと艶めく影に覆われていた。

 闇魔法でコーティングした、接近戦用の武器兼防具である。


 この瞬間。

 初めて生まれた、眼前の敵のみに集中できる一瞬。

 リーシャのもたらしたこの一瞬に、ゼレウスはギグルへ向けて渾身の一撃を繰り出した。



「ぐっ……おお……!」



(く、やはり決定打にはできんか……)



 が、大剣の腹に受け止められる。

 衝撃に、ギグルの足が地面に轍を作った。

 恐ろしいのは、これでもギグルは力を受け流しているのだという事実。

 力を流せていなければ大剣が砕けていたことだろう。


 しかし初めてギグルを退かせることができた。

 不利を悟ったイリーリャがすぐさま空中へ離脱する。



「わぁい! リーシャちゃん、昨日ぶり!」


「おう、久しいじゃないか! 私がいなくて寂しかっただろ?」


「う~ん……うん!」


()



 「冗談だよ~」と、フュージアとリーシャが(ほが)らかに笑い合う。



「リーシャ、お前そんな大々的に奴らと敵対してよいのか?」


「ふん、誰にも迷惑はかからん。これが間違いだとしたら、私と貴様が死ぬだけさ」


「シンプルだな。だが死なせはせん」


「私だって死ぬつもりはない。さぁ右手を出せ。治療してやる」


「助かる。ありがとう」



 右手を差し出せば、リーシャがそれに手を添えた。

 闇色の光がゼレウスの右手を包み込む。

 事前の処置をしていたおかげか、治療はすぐに終わった。心の中で、ゼレウスはあの心配性の冒険者への感謝を唱える。



「リーシャ殿」


「すまんなギグル殿。私はゼレウスに賭けることにした」


「そうか……」



 残念がりながらも、ギグルは小さく口角を上げ、どこか納得した様子を見せた。



「バカねリーシャ。姫さまといえど……いざとなれば切り捨てられるわよ」


「お前が私の心配とは、珍しいこともあるものだ。しかし手加減はしてやらんぞ」


「はぁーあ……捕らえれば交渉材料くらいにはなるか。そうでなくても、厄介な呪言使いを消せる。手は出さないでね、アーズルード、ギグル。リーシャ姫は私がやるわ」



 そう言って距離を取るイリーリャへ、ギグルとアーズルードが了承を返す。



「タイマンか」


「ええ。二度と歯向かえないようにしてあげる」



 打って変わるイリーリャの冷たい表情に、リーシャの頬を冷や汗が流れた。



「……ゼレウス。イリーリャの相手は私に任せろ。時間稼ぎしかできんかもしれんがな」


「不利になったらすぐに下がれ。それで充分助けになる」


「…………」



 約束はできない。

 リーシャは背を向け、沈黙で答えた。

 念を押すように、ゼレウスがその離れていく背中に声を掛ける。



「忘れるなリーシャ。お前も我が未来の民……いや、我が重臣の一人になるのだ。万が一にも死ぬな」


「……重臣か……それは死ねないな。わかったよ、寂しがり屋め」



 三角帽子のつばを摘まんで、上がる口角を隠す。

 嬉しさは茶化して誤魔化した。

 だけどきっと、()いて出た言葉は自分の写し鏡だ。



「寂しがり屋はあなたでしょう? ひとりぼっちのお・ひ・め・さ・ま?」



 イリーリャが挑発的に笑う。

 やはりこの女は見透かしてくる。

 まったく、性格の悪さで魔王になったのではないだろうか。

 上から偉そうに見下ろしてくるイリーリャに顔を向け、リーシャはその憎らしげな笑みを睨みつけた。



「その減らず口、ぶん殴って塞いでやるッ!!」



 もたげた腕で外套の裾を(まく)り、リーシャはイリーリャに向けて飛び込んだ。


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