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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
26/77

26.ハーピーを落とす


 土に染みた、血の匂い。

 初めてこの戦場に立った時よりそれが際立っているのは、つい二日前に戦闘があったばかりだからだろう。

 草原の彼方に整然と立ち並ぶオークの軍勢。

 先日とは異なり、その両翼にはハーピーたちの姿もある。

 ゼレウスは人族の戦線のど真ん中、最前からその光景を眺めていた。



「オークとデーモンに加えて、ハーピーもかよ。最悪だ……」


「負けたら俺らも連れ去られるだろうな……そうなりゃ一生奴らのおもちゃだ」


「…………死んだほうがマシかもな」



 ぽつりぽつりと、近くの冒険者たちの沈んだ声が聞こえる。

 人族の男を連れ去るハーピーは、オークと同じく蛇蝎(だかつ)の如く嫌われている。

 これが当然の反応だろう。


 前回と同じく、空に舞い上がったデーモンたちが魔法を放ち、開戦の合図となる。

 しかし前回とは物量が違う。

 ハーピーだけでなくデーモンにも増援があったためだ。

 暗雲のように浮かび上がるデーモンの軍勢が、光属性を除く色とりどりの魔法を無数に降らせた。

 前回はこちらも攻撃魔法を撃ち出すことで迎撃したが、今回ギルドが取った選択は異なる。



「防御魔法展開ィイ!!」



 どこからかギルド長の声が響き渡る。

 それを合図に冒険者、衛兵たちの頭上で無数の魔法陣が展開された。

 重ねられた魔法陣が幾重にも障壁を生み出すが、すぐに許容量を超え次々に割れていく。

 攻撃魔法での迎撃に比べ、防御魔法には反撃の芽がない。

 しかし、それでも戦略に取り入れられる程度には優れた防御性能を持っている。

 障壁のほとんどを砕かれながらも、魔族の攻撃の第一波を防ぎ切ることに成功した。


 だが凌いだのは魔法だけだ。

 ハーピーの軍勢を加えた、オークたちとの白兵戦が始まる。

 人族、魔族の入り乱れた怒号がゼレウスの鼓膜を叩いた。

 誰よりも速く戦場を駆けたゼレウスは、そのすべてを前方、後方の両方から受け止める。


 ゼレウスが最初に接敵するのは前回と同じだ。

 だが前回と違い、誰一人として彼を見くびる者はいない。

 ゼレウスの背中を見送る人族も。

 ゼレウスを待ち構えるように展開する、オークの部隊も。

 前回の戦いに参加した者たちだけでなく、砦内でゼレウスの怪力を目の当たりにしたハーピーやデーモンたちも。

 ゼレウスの一挙手一投足。

 そのすべてを見逃すまいと、最大限の警戒を注いでいた。



「グルァアアァアアアッ!!」



 驚異的な速度で駆けてくるゼレウスに対し、気勢を上げたオークたちが対処に当たる。

 定石どおり複数で相対するが、前回よりも多い五人で連携を取った。

 が、数的有利を取っていることに慢心する者は一人としていない。


 最初の一太刀がゼレウスに迫る。

 上段からの振り下ろし。

 ゼレウスは左足を下げ、身体をほんの少し右側に逸らすことでそれを回避した。

 剣の起こした風圧がゼレウスの髪を揺らす。

 その風が収まる前に、第二第三の攻撃がゼレウスへと襲い掛かった。



「ふん!!」


「ぐッ!?」



 回避するゼレウスの動きを予測した袈裟斬りが、無造作に振るわれた裏拳によって弾かれる。

 驚愕の声を上げるオークの剣の腹が隣のオークの剣にぶつかり、その行動を阻害した。

 視界の端でそれを確認したゼレウスは、瞬時に右からの攻撃の可能性を消し、左側のオークたちへの対処に集中する。


 先程振り下ろされた剣の向こうから、二体のオークが迫る。

 彼我を分かつ剣があるため、踏み込みはどうしても浅くなってしまう。

 そのため、左側のオークは突きを攻撃手段に選んだ。

 その有り余る膂力に任せ、両手剣を片手で突き込む。

 だが力任せというわけではない。

 馬鹿力を前提としたその動作には、しかし確かな技巧を感じられた。



(……素晴らしい)



 ゼレウスはその力強い突きを、左の裏拳を使い横から殴り叩くことで逸らす。

 その刹那、ゼレウスは突きと交差するように前進すると、最初の一太刀を振るったオークの胴体に右手を添えた。

 力任せに押し込み、突きを放ったオークへ押しつけるように投げ込む。

 そのままさらに前進し、咄嗟に防御態勢を取るもう一人のオークが盾のように掲げた剣を拳で砕いた。


 これで一人、オークの武器を失わせることができた。

 彼は前線から下がるだろう。そして後方で武器を調達し再び前線へ出るまで、彼が戦死することはない。

 荒唐無稽な考えだが、すべてのオークから武器を奪い、下がらせてしまえば戦死者が出ることはない。

 ゼレウスはそれを愚直にも実行するつもりだった。

 人族も魔族も、一人も余すことなくすべてを手にするために。


 背後にはまだ二人のオークがいる。

 今のほんの数秒にも満たない攻防の間に、崩された体勢を立て直していることだろう。

 ゼレウスは振り返り、迎撃に意識を割く。

 が、その瞬間想定の外からの攻撃がゼレウスを襲った。

 上方、視界の端から差し込まれる、銀色の輝き。



「セァッ!」



 ハーピーの両足に装備された金属製の爪が、ゼレウスの頬をかすめた。

 しかし感じたのは風圧だけだ。

 上空からのハーピーの奇襲をゼレウスは完璧に見切っていた。

 空から引きずり落とそうと、ゼレウスは金属製のグリーヴに包まれたハーピーの脚に手を伸ばす。

 だが別のハーピーが繰り出した鉄爪が、風切り音とともにその狙いを妨害した。



(なんだ……? 何かがおかしい)



 自身の常識との剥離(はくり)を感じる。

 しかし目覚めてからこれまでで幾度も感じたことだ。慌てることはない。

 二人のハーピーによる波状攻撃を躱しながら、ゼレウスは違和感の分析を始めた。



「くっ!」


「こいつ! 背中に目でもついてんの!?」


「ついてるのは目じゃなくて聖剣だよ! まぁボクが伝えてるわけでもないんだけど!」


「グルォオオォッ!!」



 ハーピーに続き、オークたちも攻撃に加わる。

 オークの剣を避けるゼレウスに、ハーピーの立体的な攻撃が襲いかかる。

 冒険者たちの駆け寄ってくる後方以外を魔族に囲まれたゼレウスは、代わる代わる襲い来る連携攻撃に手を出せずにいた。

 しかし上方、後方などの死角からの攻撃ですら、ゼレウスは完璧に回避する。


 フュージアの言葉どおり、ゼレウスは背後の様子を伝えられずとも察知することができるためだ。

 音、気配、経験や訓練によって(つちか)われた勘、そして……。

 ゼレウスにはひとつ、強い信頼を置いている感覚がある。



(妙だ。匂い(・・)がないぞ)



 嗅覚。

 ゼレウスはそれが人一倍優れていた。

 デーモンとしての能力ではなく、ゼレウス個人の、ゼレウスだけが持つ特異な感覚。

 突出した嗅覚を持つがゆえにゼレウスはエレイナと出会えたし、彼女に出された食事を疑うこともなく食べることができた。

 匂いだけで、ゼレウスはその持ち主の性別すら嗅ぎ分けることが可能なのだ。


 しかしハーピーたちが攻撃に参加してからは匂いを感じ取れず、ゼレウスは疑似的に嗅覚を欠いた状態での対処を強いられていた。

 違和感の正体はそれだ。



「そうか、風魔法……!」



 辿り着いた答えにゼレウスは小さな快哉(かいさい)の声を上げた。

 感じていた違和は二つあった。

 一つは、ゼレウスの感覚を狂わせた匂いの消失。

 そしてもう一つは、ハーピーが鉄爪を装備していること。


 彼女たちが上半身に革鎧を纏っているのは、八百年前と同様だ。

 しかし両足のすねからつま先までを覆う金属製のそれは防具も兼ねているようで、見るからに重そうである。

 本来の、八百年のハーピーであれば、それほどの重量を抱えての戦闘など行えないはずだった。

 その両方の問題を解決しているのがおそらく、魔法による風の生成とその制御。


 ハーピーやデーモンなどの翼を持つ魔族たちは、空気だけでなく空気中の魔力を翼で掴んで空を飛ぶ。

 その能力に最も秀でているのがハーピーであり、それすなわち魔法の風の恩恵を最も得られるのもまたハーピーであるということ。

 ゼレウスがハーピーたちの匂いを感じ取れなかったのは、彼女らが風を魔法で操り、通常とは異なる空気の流れを生み出していたからだ。

 が、確証が得られたわけではない。

 好奇心を刺激されたゼレウスは、まずはそれを確かめてみることにした。



「シッ!」



 ハーピーの後ろ回し蹴り。

 滞空したまま放たれたそれを、紙一重で回避する。

 髪の数本を斬り飛ばされるが、ゼレウスは顔色ひとつ変えない。

 二体のハーピーはその場に滞空しながらオークと連携し、波状攻撃を続けた。


 八百年前、ハーピーの基本戦術は『一撃離脱』だった。

 相手の武器どころか、魔法すら当てられないような高度から急降下して奇襲を仕掛け、全種族中最高の飛行性能を利用しすぐに離脱する。

 猛禽に似た強靭な脚と鋭利な爪。

 鉄爪がなくともハーピーの攻撃性能は非常に優れていたのだ。

 思えば、その戦い方の差異も違和感の一つだったかもしれない。


 ゼレウスには上空から攻撃された経験がない。

 人族に空を飛べる種族が存在しないためだ。

 魔族同士での訓練ならまだしも、実戦でその機会が訪れることはなかった。

 違和感の正体にすぐに気がつけなかったのはそのためだろう。


 一撃離脱という戦略を取らないようになったとはいえ、ハーピーたちもゼレウスを警戒しているため、必要以上には近づかない。

 蹴り抜いた鉄爪が届く程度の距離までだ。

 その内側へと踏み込まなければ、彼女らが風を纏っているかどうかは調べられない。



「グォオオオォオッ!!」



 オークの叫びとともに、両手剣が轟音を伴って薙ぎ払われる。

 ゼレウスはその横薙ぎを、地面と水平になるように跳び上がって回避した。

 自身の身体の下を通過する剣に一瞬手をつき、その反動を利用してオークの顔面を蹴ると、さらに斜めに跳躍。

 大した威力はないが、オークを一瞬怯ませることに成功した。

 これでほんの一息の間だけ、ハーピーへの対処のみに集中できる。



「──えっ?」



 オークの顔を蹴って飛び上がったゼレウスは、瞬く間に滞空するハーピーの一人へ肉薄した。

 その予想外の動きに彼女は呆けた声を漏らす。

 オークのフォローをしようと近づいてきていた彼女の懐へ飛び込むと、ゼレウスはその胸倉を掴んだ。



(やはり!)



 伸ばした手に感じられる、風の流れ。

 力を籠めなければ弾かれかねないほどに、思ったよりも強い流れだ。

 ハーピーがぴったりとした革製の防具を身に着けているのは、金属製の物と比べて軽量だからということに加え、身体の周囲を流れる風の動きを敵に悟らせないためなのかもしれない。



「うぅっ!」



 ゼレウスに胸倉を掴まれ、ハーピーがうめき声を上げる。

 右手の火傷が少々痛むが……このまま地に引き摺り落とすか。

 ゼレウスがそう考えたその瞬間、火傷とは異なる強い痛みが右手を襲った。

 反射的にではなく、未知の攻撃を受けているというリスクから手を放し、ゼレウスは着地する。



「は……アハハッ、バカね! ハーピーの懐に手を突っ込むなんて!」



 ゼレウスの手から逃れたハーピーは、焦りを垣間見せながら上昇した。

 ゼレウスが抑える右手から血が滴り落ちる。

 手には細かな切り傷が無数に刻み込まれていた。



「流れを鋭利にしたか……やはり風を操っているようだな」


「は? 当たり前でしょ?」


「ほう、『当たり前』か……!」



 右手の痛みも忘れ、ゼレウスが高揚した声を上げる。

 どうやら風の操作は技術体系にすらなっているようだ。

 八百年前、ハーピーは空の支配者と呼ばれていた。

 かつての彼女たち自身もそれを自負していたが……それに満足し続けることはなく、そして慢心もしなかったらしい。


 ハーピーが纏う、逆巻く風の鎧。

 それは彼女たちの空中機動能力を上げ、接近されれば刃を纏った鎧となる。



(これが新たな時代の、空の支配者たちの姿……!)



 逆巻く風がゼレウスの返り血を運び、彼女の周囲に赤い軌跡を残しながら草原へと散った。

 血が滲み、ほどけ始める包帯をそのままに、ゼレウスは両手を広げる。



「ふふふ……はははははッ!!」


「ッ!?」



 ゼレウスが魔王然とした、獰猛な笑みで嗤う。

 魔族の軍勢にたった一人で相対し、それでもなお余裕の笑みを浮かべる彼に、オークとハーピーたちは息を呑んだ。


 持ち前の膂力を、技術によってさらに強力にしたオーク。

 風魔法を操り、空の支配者としての地位をさらに盤石にしたハーピー。

 ゼレウスが浮かべているのはそれらへの賞賛の笑みだ。あるいは、それらを配下とする未来への期待。

 しかしその笑みがどう捉えられるかは受け手次第である。



「な、なにこいつ……」



 ゼレウスとやり取りをしていたハーピーがドン引きしている。

 ゼレウスと実際に戦い、優位に戦い続けていたからだろうか。彼女の‶旧魔王〟に対する警戒心は、少々薄れ始めていた。

 ゼレウスと違ってフュージアはドン引きされていることに気づいたが、いたずら心がその口を閉ざす。


 戦闘再開。

 上空から隙を伺うハーピーを無視し、ゼレウスはオークたちに向けて駆けた。

 ハーピーと相対し感じていた違和感は解消された。

 これで心置きなく戦闘に集中できる。


 オークの軍勢に対し、ゼレウスはただ正面から突っ込む。

 策など必要ないと、その表情が物語っていた。

 オークたちの只中、ゼレウスが拳を振るう。


 攻撃を回避しても、他のオークやハーピーたちがフォローをする。そしてそれを起点に波状攻撃が始まる。

 数的不利。これは覆せない。

 冒険者が合流すればその限りではないが、そもそもゼレウスは彼らと魔族たちを可能な限り戦わせないために突出したのだ。

 ゼレウスにはこの不利を覆すつもりすらない。


 ──であれば、攻撃を回避しなければよいのだ。

 先手を取り、相手を守勢に回らせる。

 斬撃と交差するように前進し、殴り飛ばす。

 背後からの斬撃をフュージアで受け止め、そのまま弾く。

 回避だけに手段を絞ることはせず、ゼレウスは反撃、迎撃をし続けた。

 ゼレウスの周囲、暴力の渦とでも呼ぶべきその空間に入り込んだオークたちは例外なく殴り飛ばされる。



「素晴らしきかな時代の変化! 強き戦士たちよ!!」



 渦の中で彼は快活に笑った。

 その『強き戦士』たちを彼は蹂躙しているのだが、皮肉で言っているというわけではないらしい。

 上空から隙を伺うハーピーたちは誰一人として手を出せないでいる。

 ゼレウスを中心に動き続ける渦の中は混沌としており、入り乱れるオークたちとゼレウスの激しい攻防に立ち入る隙がないためだ。

 しかしいつまで経っても攻撃を仕掛けない同胞たちの姿に、痺れを切らす者もいた。



(こんな奴、さっきみたいにみんなでやればすぐよ! 誰も仕掛けないなら私が……!)



 ゼレウスと会話をし、ドン引きしていたあのハーピー。

 彼女は上空から状況を見極め、オークたちを的確に援護できるよう気を配りながらゼレウスへ奇襲を仕掛けた。


 リスクはある。

 自分もオークたちと同じく、紙きれのように殴り飛ばされるかもしれない。

 金属製の鎧をひしゃげるほどの威力だ。最悪、死ぬ。

 だが覚悟はしている。

 きっと、自分が死んでも仲間のみんなが戦果を挙げてくれる。

 さっきのように波状攻撃さえ始まってしまえばこっちのものなのだ。


 ……どこかに油断があったのだろう。

 いや、彼女は(あなど)っていた。

 仲間との連携によって優位に戦えていたという事実。

 ハーピーの懐に手を差し込む、ゼレウスの愚行。

 奇妙な言動や、胸に剣の刺さった間の抜けた姿もその一因かもしれない。

 ‶旧魔王〟という存在を、ほんの一瞬、ほんの少しだけ、彼女は侮ってしまった。



(ひっ! なんで!?)



 奇襲を仕掛けたはずなのに、ゼレウスがこちらへ振り返る。

 その鋭い眼差しと目が合った瞬間、彼女は突撃する判断をした一秒前の自分を呪った。

 ハーピーの周囲の風は操作されているため、ゼレウスが気づいたのは嗅覚ゆえではない。

 戦場の中に身を置くにつれて、錆びついていた戦いの勘が戻ってきているのだ。


 オークの肩を蹴って跳び上がった影が、彼女の眼前へ現れる。

 瞬きも許さないほどの速度で、それは回転した。

 斬撃。

 その軌跡が肩口から脇腹までを通った時、彼女は自身が攻撃を受けたことに気づき、そして自らの死を悟った。

 痛みは遅れてやってくることだろう。

 身体の力が抜ける。

 どうしたことか、風の操作が効かなくなった。それどころか翼で風を掴むことすらできなくなり、がくりと身体のバランスが崩れる。

 敵を侮ってなお生き残れるほど、この戦場は甘くない。



「抱えてあげて、ゼレウス!!」


「ああ」



 しかし彼女にとって幸運だったのは、侮った相手がゼレウスであったことだろう。

 どこからか少年のような声が鋭く響くと同時に、腕を引かれる。

 とん、と肩から軽い衝撃が伝わった時、彼女は自身が空中で抱きかかえられていることに気がついた。



「ふむ、ハーピーを斬るのは良くないな。落下させれば最悪、死なせてしまう」


「ボクたちにとっては常套手段だったんだけどね。あの頃は悪いことしちゃってたなぁ」



 着地したゼレウスが呟く。

 仲間であるハーピーが抱えられているという状況に、流石のオークたちも攻撃の手を止めた。

 自身の置かれた状況に一瞬呆けたあと、彼女はゼレウスの腕の中で暴れ始める。



「ちょ、ちょっと降ろして! なに気安く触ってんのよ、このヘンタイ!」


「あー! どさくさに紛れてどこ触っちゃったのゼレウス! 今なら許してあげるから正直に言いなさい!」


「肩と膝裏だけだ」


「わ、マニアックだね」


「馬鹿を言うな」



 お姫さま抱っこをしているだけである。

 エレイナに嫌がられた時の反省を活かし、ゼレウスはすぐにハーピーを開放する。



「あ、あれっ? 飛べない……っ!」


「フュージアの魔封じの力だ。空気中の魔力を掴む力を封じている。魔法を取り戻すまでは戦場に戻るな」



 すぐに魔族側の上空へ向け羽ばたこうとしたハーピーだったが、ぱたぱたと翼を振り回すばかりで飛び立てずにいた。

 彼女はゼレウスの言葉に振り返ると、訝しげに問いかける。



「な、なんで私を殺さないの……?」


「? お前が必要だからだ」


「!? そそそ、それってどういう意味よっ! 困るんだけど!」


「そのままの意味だが。お前もいつか必ず迎えに行くぞ」


「『も』!? 『も』ってどういうことよ!? この不潔っ!」



 頬をほんのり赤く染めていた彼女は、続くゼレウスの言葉に真っ赤になってそう叫んだ。

 彼女はすぐさま踵を返して走り出すと、オークたちの間に消える。



「?? 何が起きた」


「ゼレウス……言い回し気をつけなよ。いや向こうもすんごい早とちりだけどさ」



 ゼレウスの困惑する声が背中越しに彼女へと届く。

 斬られた痛みがないことに彼女が気づくのは、前線を下がってからだった。


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