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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
24/77

24.ただのゼレウスとフュージア


「イーサニリスさん! ご無事だったんですか!」


「む、奴は……」



 前線都市ロントリーネの外壁。

 その上の見張りに誰何(すいか)されてからしばらく。

 門が開くと、見覚えのある顔が駆け寄ってきた。

 二人いる門衛のうちの一人は、エレイナに連れられ初めてこの街へ訪れた時にいた門衛だ。

 警備の時間帯が変わっているのは同僚の代役か、そういうローテーションなのか。

 今はそんな雑談をする間も惜しい。



「あなたが魔族に攫われたと聞いて我々も──」


「はぁ……はぁ……っごめんなさい、一刻も早く街に入りたいの。可能?」


「あ、はい。もちろん」



 あのあと砦からの脱出に成功したゼレウスたちは、戦場となっている草原を駆け抜け、無事にここまで辿り着くことができた。

 視界の通った草原だ。

 上空含む背後をフュージアが常に監視していてくれたため、追手がいないことは確認済みである。

 魔族としてもゼレウスたちがこの街に逃げることは理解しているため、そこまで追う必要性もなかったのだろう。


 門衛に先導され、ゼレウスたちは街に入る。

 しかし門を通ろうとしたその時、ふと門衛が立ち止まった。



「待ってください。確かイーサニリスさんは、胸に剣の刺さった男に攫われた……」



 振り向く彼の視線がゼレウスへ注がれる。

 懐疑的な視線だが、それが自然な反応だろう。



「それも含めて、ギルド長に報告したいことがある。急いでるから、心配なら誰か見張りをつけて」


「……わかりました。では私がついていきます」



 もう一人の門衛に引き続き警備を託し、見覚えのある彼が同行することになった。



「あと少し。走るわよゼレウス」


「ああ」



 砦からここまで、ゼレウスとエレイナは走り通してきた。

 身一つのゼレウスはともかく、エレイナは矢筒などの装備を抱えたままだ。

 草原を超え息を切らしながら、ゼレウスに荷物持ちの提案をされても断り、彼女はずっと走ってきた。

 やはりエレイナは護られてばかりでいられるほど弱くはないようだ。

 ゼレウスはその(したた)かさを笑みを以って歓迎しながら、彼女に了承を返した。



「あともうちょっとだよ! がんばろー!」



 フュージアが二人に激励の言葉を贈る。

 ゼレウスから突如響いた少年のような声に、門衛の彼はぎょっとした表情をしていた。





  ◇





 冒険者ギルドの一階は酒場になっている。

 人の少ない朝に訪れた前回と違って、今回は夜だ。

 少々遅い時間ではあるものの、扉を開けば多くの冒険者たちが思い思いの時間を過ごしているのが見えた。



「──エレイナだ!」



 ギルドに足を踏み入れた瞬間誰かが叫び、喧騒が途切れる。

 思わず尻込んだエレイナは入り口で立ち止まった。

 瞬間、歓声が彼女を迎える。



「おおおっ、生きてたのか!!」


「エレイナちゃんが帰ってきた!!」


「よかったぁ! 魔族に捕まったって聞いて、みんな心配してたんだ!」



 いくつものテーブルから、勢いよく食器を置く音、酒の入ったジョッキがテーブルを叩く音、ガタリと倒れるイスの音などなど、騒がしい音の数々が鳴り響く。

 立ち上がった冒険者たちは、喜びや驚きの感情を浮かべながらエレイナを取り囲んだ。



「え、なんでみんな、そんな大袈裟な──」


「大袈裟だって!? 俺らパーティ組んだことあっただろ!? 一回だけだけど!」


「ウチも一回だけ組んだことあるぞ!」


「こっちは二回~。勝った」


「私も、エレイナちゃんの射撃で危ないとこ助けてもらったことあるよ! 一回だけ!」


「そりゃ一回で充分だろ!」



 満面の笑みの冒険者たちに促され、エレイナが酒場の中心へ連れていかれる。

 その様子に、フュージアはゼレウスにだけ聞こえる程度の声で囁いた。



「やっぱモテモテじゃん、エレイナちゃん」


「そのようだな。本人は気づいてなかったようだが」



 ゼレウスは腕を組み、彼女を見送った。



「ほら、突っ立ってないであんたも来な!」



 ……のだが、ゼレウスも同じように真ん中の席まで引っ張り込まれる。



「よし、祝い酒だ!」


「いやちょっと待って! 大事な話があるの!」


「ほお、そうか。それァ、この背中から剣の生えた奇妙な野郎に関係があるのか?」


「……え」



 途端、酒場の雰囲気がガラリと変わる。

 エレイナが見渡してみれば、取り囲むすべての冒険者が厳しい目をゼレウスに向けていた。

 どれも見たことがある、鋭い瞳。

 いっしょに組んで仕事をする時、あるいは戦場で見るような。



「ここにはエレイナが連れ去られる様子を見た冒険者もいる。聞いてみようか? 一体どんな奴がエレイナを連れ去ったのか」



 ゼレウスに注目が集まる。

 いずれこうなることはわかっていたが……エレイナは緊張した面持ちでゼレウスの様子を伺った。

 しかしやはりというべきか、彼の態度は普段と変わらない。



「面倒な問答はなしだ。事態は逼迫(ひっぱく)している。まずはエレイナの話を聞け。我についての話はそのあとで済むことだ」



 しん、と静まり返る冒険者たち。

 ふと、ゼレウスの右手が彼らの目に入った。

 焼け(ただ)れた手のひら。

 その火傷は指や手の甲にまで波及しており、溶けた皮膚の下からは筋肉や脂肪が垣間見えている。

 治療が必要なはずのそれには一切、処置が行われた跡がなかった。

 それに気づいた者たちからは剣呑な雰囲気が取り下げられていき、次第に冒険者たちの雰囲気が変化していく。



「……酒じゃなくて、水にしよう。誰か、治療ができる奴はいるか? 彼の右手を治療してやってくれ」


「じゃあ、私が」



 一人の女性冒険者が手を上げ、ゼレウスのそばに歩み寄った。

 しかし生憎だが、魔法での治療は種族の違いゆえにおそらく不可能だ。

 話が進まないためとりあえず身を任せたが。

 冒険者たちの態度が軟化したタイミングに合わせ、エレイナは話を切り出した。



「単刀直入に、結論から言うわ。明日、第二、第四、第七魔王の三人が、この街への侵攻を開始する」



 冒険者たちの間にもう一度静寂が広がり、やがて驚愕の声が酒場を揺らした。





  ◇





「……話を整理します。エレイナさんは妨害工作、あるいは情報を探るために魔族の拠点へ潜り込んだ。そちらのゼレウスさんは協力者であり、エレイナさんは彼に出会ったことでその作戦を思いついた……と」


「ええ」



 短髪の受付嬢が代表しエレイナに確認を取る。

 ゼレウスが魔力を測定した時に応対していたあの受付嬢だ。

 向かい合わせでテーブルに着く彼女へエレイナは肯定を返す。

 しかしエレイナの話はまったくの嘘である。

 彼女が魔族の砦に向かったのは成り行きだし、妨害工作や情報収集のために砦へ潜り込んだわけでもない。


 本当の目的は他にあるが……話すつもりはなかった。

 彼女の描く計画は、実行さえできればあとは一人で完遂できるものだ。

 他の冒険者に協力を頼み、いたずらに危険に晒す必要はない。



「そして砦に三人の魔王が集結したことを知ったエレイナさんは、その情報を伝えるためにゼレウスさんと共に砦を脱出した……」


「そのとおりだ」


「……とりあえず、ギルド長に報告をしましょう」



 短髪の受付嬢が後ろで話を聞いていた他の職員に目配せし、使いを出した。



「しかし……あんたを信用していいのか? 魔族のゼレウスさんよ」


「…………」



 テーブルの周囲を取り囲むようにして立つ冒険者たちのうちの一人に、そう問いかけられる。

 ゼレウスが魔族であることはエレイナが話すうちにバレてしまった。

 といっても彼女が勝手に話したわけではなく、ゼレウスの手を治療していた女性冒険者が、回復魔法を使っても治らない火傷に疑問を呈したために発覚したことだ。

 その際にはすでにエレイナの話がどれだけ重要か皆が理解していたため、ゼレウスが魔族であることを話してもとりあえずいったん流すことになった。

 つまりエレイナの話が一段落した今、次はゼレウスの番である。



「その右手の傷がエレイナを庇ったからだってのはわかった。でもそれで信用できるかどうかは別の話だ。あんたの計画実行の日が明日だっていう可能性もあるんだからな」



 今のゼレウスは人族の味方のフリをしている。

 彼はそう言いたいようだが、反論したのはエレイナだった。



「ゼレウスはあたしを庇いながら、ハーピーとデーモンとオークが跋扈する砦から脱出した。魔王の一人に襲われ、火傷を負いながらね。それが証明にならないんだったら、他の誰にだってできない……違う?」


「いや、まぁ……そうだけどよ。いや、悪い」


「疑うのは当然のこと、構わん。しかし話はこれで終わりだ。各所への連絡はギルドの者が済ませてくれるのだな? 増援は間に合いそうか?」


「いえ……戦いが長引けば、といったところでしょうか」


「そうか、仕方がないな。であれば明日の戦いに備え、冒険者の皆は眠れ」



 ゼレウスはそう警告を残すと立ち上がり、その場を去ろうとする。



「待て。エレイナの話が終わったらあんたの正体を話す。そういう話だったよな?」


「……ああ、そうだったか」



 背後から声を掛けられ、ゼレウスは無表情に答える。



「我が名はゼレウス。ただの一介の魔族だ」


「嘘つけ。こんだけの数の冒険者に囲まれて平気な顔でいられる奴が、『一介』なわけないだろ」



 ゼレウスの嘘は当然のようにバレた。

 助け舟と言わんばかりに、胸元から声が上がる。



「あちゃー、バレバレだねゼレウス。オーラ出ちゃってるんじゃない? ボクとおんなじ」


「なるほど。であれば仕方ないな」


「? なんだ? 急に子どもの声が……」



 突然響いた少年のような声。

 なぜか音の発信源はゼレウスのほど近くからだった。

 冒険者たちが首を傾げると、その声がさらに快活になる。



「ふふーん! バレてしまっては仕方ない! ゼレウスの正体はこのボク、‶魔封じの聖剣フュージア〟がお教えしましょう!」


「は……なに? 誰だって?」


「……腹話術? もしかして」


「急に? 裏声で? こわ」



 ざわざわと困惑し始める冒険者たちの様子に既視感を覚えたエレイナは、思わずくすりと笑ってしまう。



「喋ってるのはその剣よ、みんな。ゼレウスの胸に刺さっているその剣……正体は、八百年前の勇者が持っていた、‶魔封じの聖剣フュージア〟」


「そしてボクが刺さってるこのゼレウスこそが、八百年前の魔族の王! ‶旧魔王〟ゼレウス・フェルファングとは彼のこと! なんだけど~……みんな知ってる?」



 冒険者たちが顔を見合わせる。



「いや、知らんな……」


「八百年前って……ザナド・リュシーだっけ? それは聞いたことあるけど」


「ああ、‶最後の魔王〟な! それならオレも知ってるぜ!」


「え、聖剣? ホントに? ホントに聖剣? ……じゃあ私正解してたんだ……すご」


「そういや、人間とエルフの聖剣は永い間現れてないって話だよな……ずっと魔王を封印してたって考えれば、辻褄は合う……」


「マジかよ? 信じるのかお前」



 冒険者たちや受付嬢が各々好き勝手に会話し始める。

 やはりというべきか、人族においてもゼレウスの存在感は薄いらしい。

 魔族の間でも忘れかけられていたのだから、この結果もさもありなんといったところだ。



「知名度で負けてるねー、ゼレウス。将来は『ザナドちゃん』が誕生するよ、きっと」


「我はその様を笑うべきか? それとも嘆くべきか」


「たぶん、その時は『ゼレウスちゃん』もいっしょに登場するんじゃないかな~。因縁の相手として。ボクの予想では気弱な女の子……いや、元気だけど不遇なロリっ娘……いやあるいは……」


「そうか、嘆くべきか……」



 ゼレウスとフュージアがどうでもいい話をするうちに、口々に喋る冒険者たちの喧騒が次第に収まっていく。



「信じるかどうかは別として、あんたが‶旧魔王〟を名乗っているのはわかった。でもそれだとエレイナに協力した理由がわからない。人間と変わりない姿をしていても、魔族であることに変わりはないんだろ? 治癒魔法も効かなかったしな」


「答えは単純だ。種族を問わず、優れた能力を持った者たちを失うのは惜しい。なぜなら我は、すべての種族を統べる王となるのだからな!」



 両腕を広げ、ゼレウスは豪快に笑う。

 その獰猛かつ不敵な笑みは、まさしく魔王そのもの。

 ひそひそと、冒険者たちが仲間内で言葉を交わした。

 当然だがポジティブには受け止められていない。

 が、ゼレウスは意にも介さず腕を組み、話を続ける。



「エレイナに協力したのは、情報を集め、それを手早く人族に伝えるためだ。同族でないと信用されないだろうからな」


「なるほど。理屈は通っている……」



 皆が頷き、肯定を示す。

 先程のエレイナの話に合わせただけだったが、冒険者たちを納得させることはできたようだ。



「明日、我も戦場に出る。皆も早く眠るといい」


「待て。お前は魔族から逃げてきたんじゃないのか? どうして戦場に出る」


「一人でも多くの命を救うためだ」


「はっ……まるで勇者だな。聖剣が刺さるとそうなるのか?」



 冒険者の皮肉に、ゼレウスはしばし目を伏せた。



「……フュージアの元の持ち主は、かつての人間の勇者だ。そして我とフュージアは、八百年の時を経て友となった」



 俯かせた視界には、いつもどおりフュージアの姿がある。

 八百年前から変わることのない、美しい剣身。

 だが、それをただ『美しい』と思えるのはきっと、彼と友人になれたからだ。



「かつての勇者たちと、フュージア……確かに出会いはあった。だが我は立場や境遇から自分の意志を固めたわけではない」


「ボクも、聖剣だからってそのまま魔族の敵になるつもりはもうないよ!」


「ああ。だからここにいるのはただの──ゼレウスとフュージアだ」



 顔を上げ、彼は笑う。

 それはいつもの魔王然とした不敵な笑みではなく、どこか穏やかな笑みだった。


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