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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
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21.極寒の声色


 檻の中に入れられて少し経ち、吐き出す息が冷たくなってきた頃。

 ゼレウスたちのもとに来客があった。



「よーぅ、旧魔王サマ。居心地はどうだ?」



 六翼のデーモン、第二魔王アーズルード・ゼフィ。

 オークの見張りを引き連れた彼が、片手を上げ気さくな態度で現れる。

 布切れ一枚きりの寝床に腰を下ろすゼレウスは、表情を変えることもなく言葉を返した。



「退屈だな。流石に地下牢に大した変化はないようだ。八百年の時を経ていてもな」


「へぇ、興味深い話だ。八百年の話がマジなら……」



 言葉を途切れさせたアーズルードが何事かオークに伝えると、オークは階段を引き返し地上での見張りに戻った。

 これで地下にいるのはゼレウス、エレイナ、フュージア、アーズルードの四人だけだ。



「……そうだな、ザナド・リュシーについて聞いておきたいところだ」



 ‶最後の魔王〟ザナド・リュシー。

 ゼレウスを魔王軍から追放した、因縁の相手。



「歴史に伝わる彼の人となりは、冷酷で残忍だ。先代魔王ゼレウス・フェルファングを裏切るほどに。それは事実なのか?」


「事実だ。だが我から見た奴は……」


「奴は?」



 ゼレウスは目を閉じると、懐かしむようにかすかに口角を上げた。



「鍛錬後に食う甘味を楽しみにしている、ただの頑固なリザードマンだ」


「……ふ~ん? それはボクも知らなかったなぁ」



 フュージアが興味深そうに相槌を打つ。



「面白い話だな。そんな情報はどこにも残ってなかった……ま、真実を確かめる術もないから、与太話みたいなもんだけど」



 アーズルードは笑いながらそう言うと、しばし考え込む様子を見せた。

 そして再び口を開き、ゼレウスへ問いかける。



「ザナドは初代八大魔王相手に、最後はたった一人で戦ったらしい…………言い伝えによると互角の激戦だったとか。八人相手にだぜ?」


「かつての魔王軍のナンバー2だ。それくらいは可能だろう」


「ハッ、マジかよ? ……アンタはそれより強いのか?」


「さぁな。だがもしお前が愚かであり続けるのならば……その時に答えを知ることになる」


「そりゃ怖ぇ。けど檻の中からすごまれてもな……当然だけど、その檻はオークでも破れない。アンタ魔法を使えないんだろ? オレと同じデーモンなのによ……ま、余計な手間がかからなくていいけどな」



 アーズルードが檻の前を、まるで自らの自由を見せつけるようにして歩む。



「さて。案外面白い話が聞けたが、今日のオレの目的は別にある」



 彼の視線がゼレウスから外れ、エレイナへと注がれた。

 どうやらアーズルードの目当ては彼女のようだ。



「明日から本当の戦争が始まる。戦いの前の夜はいつも長いもんだ……いっしょに楽しむ相手がいないとな?」


「……は?」



 エレイナの眉根が寄る。

 しばしの沈黙が広がったあと、フュージアが高揚した声を上げた。



「うわ! エレイナちゃん口説かれてるじゃん! すごい! 一目惚れってやつかな?」


「…………」



 あまりの警戒ゆえか、フュージアの無邪気な声を聴いてもなおエレイナの表情は険しい。

 それどころかどんどんと眉根が寄っていっていた。



「どういうつもりだ? 魔王という立場なら、相手などどうとでもできるだろう」


「へぇ、アンタもそうだったのか?」


「我にそんな暇はなかったな」


「一人きりの魔王だとそうなるか。ま、理由は簡単だ」



 通路にあるイスを引っ張ってきたアーズルードが、それに無遠慮に腰掛ける。



「人間相手なら、リスクがないだろ?」


「……リスクだと?」


「王になればしがらみも増える。当たり前のことだ。だが……異種族間に子どもは生まれない。オークとハーピーが人族と交わった場合と、あとサキュバスを除いてな。つまりそういうことだ。人間相手なら、ただ楽しむ(・・・・・)ことができる……違うか?」



 誰も言葉を返さない。



「どうだ? オレと楽しむなら、嬢ちゃんだけはこっそりここから解放してやってもいいぜ?」



 つまりこういうことだ。

 彼はただ、一晩を楽しむだけの相手を求めている。

 相手は人族の捕虜だ。理由は諸々のリスクや面倒がなくて、楽だから。

 是非はともかく、それだけならまだ理屈だけは通った行動だといえるだろう。

 だが対価として牢からの脱出を持ち出したなら、これは取引だ。

 自らが窮地へと送り込んだ弱者を弄ぶ、卑劣な取引だ。



「失せろ、デーモン」



 いつもより低く鋭い、少年のような声。

 驚いたことに、最も強い嫌悪感を示したのはフュージアだった。



「キミへの興味が失せたよ。ボク、自分では動けないからさ。さっさと消えてくれない?」



 ゼレウスの目が軽く見開かれる。

 ここまで嫌悪感を露わにするフュージアを見るのは、ゼレウスでさえ初めてのことだった。



「……どうやらフュージアとは違う意見みたいね。あたしは最初から興味なんてないもの」



 フュージアが代わりに激しい怒りを見せたからか、エレイナは冷静に誘いを断った。



「ざまみろこのヘンタイ! 早く帰れ!」


「そっか、振られちまったな。まぁオレぁ別にどっちでもいいんだけどよ。ここへ閉じ込めたのも、イリーリャ殿にそう提案されたからだ。全部、ただのリーシャ姫への嫌がらせみたいだぜ? ギグル殿を『甘ちゃん』とか言ってたけど、イリーリャ殿も案外子どもっぽい」



 そう言ってアーズルードはくつくつと笑うと、勢いをつけてイスから立ち上がる。



「だからまぁ、ここで大人しくしてる限りはそこまで悪いようにはなんねぇだろうよ。そっちの嬢ちゃんの家族が街にいるんなら、明日死んじまうかもしれねぇけど」


「……生憎、その心配はもう一生いらない」


「なるほど…………ま、よくある話だな」



 背を向けたアーズルードは、ひらひらと手を振りながら地下牢を立ち去った。



「なにしに来たんだアイツー。まったく……あれがダメなタイプの陽キャってやつだよ、きっと!」


「かつては異種族間での交わりには誰もが忌避感を持っていたはずだが……やはり時代は変わったな」


「それは種族の垣根を超えた愛って感じでボクはむしろ好きだけど! でもえっちなことしたいだけの奴はダメ! ね、エレイナちゃん?」


「そうね……まぁ、ああいうタイプが好きな()もいるでしょうけど」


「そうなんだ? ……ふ~ん、奥が深いね」



 新たな知見を得た、とばかりにフュージアは納得を示す。

 怒りよりも好奇心が上回ったのだろう、フュージアの声色は普段どおりの落ち着いたものに戻った。



「『その心配は一生いらない』か……エレイナ──」


「やめて。あたしは自分のことを話すつもりはない。あなただって自分の素性を隠したでしょ」



 先程の彼女の言葉に引っ掛かりを覚えたゼレウスだったが、エレイナにはピシャリと拒絶されてしまう。



「待ってよエレイナちゃん、あの時はゼレウスも色々警戒してたから──」


「いや、言い訳はすまい。確かに我は素性を隠していた。だからエレイナも話すことはない。……だが一つだけ、聞いておきたいことがあるのだ」


「……なに?」



 不服そうな表情にどこか戸惑いを混じらせながら、エレイナはゼレウスの問いを待った。



「戦場に出て、躊躇なくオークを攻撃したお前を見て、あの時の我はこう思った。最前線に集まる冒険者たちは皆、魔族を殺しに来ているのだ……と。しかし今、ふと別の考えに思い至った。自らの危険を顧みずに魔族の砦へと潜り込んだエレイナ……お前は、この最前線へ──」



 まっすぐと投げ掛けられる、ゼレウスの視線。

 それを正面から受け止められず、エレイナは目を逸らす。



「──死にに来たのではないか?」



 伏せられ影を帯びたエレイナの瞳が、ひそやかに揺れた。


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