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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
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20.六翼のデーモン


 現れたのは、胸元の大きく開いた服を着た、若いデーモンの男。

 扉が開け放たれた瞬間、魔法の明かりによってその姿がライトアップされる。

 謎のポーズを決めたその身体は細身だが、胸元が開いているために筋肉質であることを伺い知れた。

 しかし真に注目すべきなのは彼の服装でもポーズでも謎のライトアップでも、どこからか流れる音楽でもない。


 六枚の翼。

 コウモリに似たその翼は、デーモンそのもの。

 だがその枚数が特異だった。

 通常左右に一枚ずつの翼が、三対。


 デーモンの角と翼は魔力の象徴だ。

 強大な力を持った者の翼が通常より大きかったり、多かったりすることはある。

 かくいうゼレウスも通常より大きな翼を持っている。

 だが六枚の翼となると、かつて魔王だったゼレウスですら見たことがないものだった。

 この『アーズルード』と呼ばれた青年が優れた能力を持っていることは明白だ。



「勘違いするなよ? オレは目立ちたがり屋じゃあない」


「どこがよ」



 ポーズを決めながらの彼の言葉に、イリーリャが呆れたように肩を竦める。


 曲のテンポが上がる。

 タイミングを合わせて、なぜか六翼(りくよく)のデーモンが踊り始めた。

 タンタタタン! と、彼の靴がリズミカルに音を刻み、やがて身振り手振りを大きくした派手なダンスが始まる。

 食堂を舐めるように進む彼の後ろには、バックダンサーもいた。



「わ~、なんか……オシャレな感じ?」


「これは……どこで楽器を弾いているのだ?」


「音を蓄える魔道具よ。風魔法の応用」


「ほう、面白い」



 キョロキョロと周囲を見回すゼレウスの疑問にはエレイナが答えた。

 話しているうちに、息の揃ったダンスは終わる。

 ここは食堂だ。あまり長く踊るのも迷惑だと考えたのかもしれない。

 それならそもそも最初からするな、という話ではあるが。



「第二魔王、アーズルード・ゼフィ。以後お見知りおきを」



 ダンスを締めくくる最後のポーズを崩し、アーズルードは優雅に腰を折った。

 誰も彼に言葉を返さないのは、呆気にとられているのか、それとも呆れているのか。

 再びため息を吐き出しながら、イリーリャが豊満な胸を持ち上げるようにして腕を組んだ。

 といってもその両腕には長大な翼があるため、それは『腕を組んだ』というより『重ねた』といった表現のほうが近い。



「……さっきの質問、もう一回したほうがいいかしら?」


「‶旧魔王〟が信用に値するか否か、だろ? 現実的に考えてありえない判断だ。こんな危険因子を野放しにするなんてな。戦場でオークを助けたってのも、どこまで真実なのやら」



 アーズルードは乱暴にイスに腰掛けると、バックダンサーの用意した酒を一息にあおる。

 その言葉にはリーシャだけでなく、周囲のオークたちの表情までもが険しくなった。

 彼らにとっても、ゼレウスは自分たちの王であるギグルが信用すると宣言した人物だ。

 ゼレウスがオークを救った話に納得している者もいる。

 真正面からそれを疑われて、面白いはずがなかった。



「甘ちゃんなのよねぇ、ギグルは。‶取引〟もしなくなったし。それじゃあ、‶旧魔王〟サマは地下牢に収容……ってことでいいわよね?」


「オレは賛成~。砦にいる三人の魔王のうち、二人が同じ意見。これァ決定だな」


「序列も私たちのほうが上だしね。あ、リーシャ姫にも聞いておくべきかしら?」



 ついには直接的な侮辱が‶騎士王〟へと向けられた。

 周囲のオークたちの雰囲気がさらに剣呑になる。

 リーシャはその様子を帽子の下から視認すると、表情を歪めながらも静かに答えた。



「私には何の権限もない……勝手にしろ。ただし、ゼレウスに翻意(ほんい)がないとわかったらすぐに開放し、必ず謝罪しろよ」


「ええもちろん。私たちも、魔族の安全のために心を砕いて提案しているだけだもの」



 その言葉が本当かどうかはわからない。

 だが吊り上げられたその口角を見れば、彼女の美しい顔立ちも邪悪に思えた。

 隣に座るリーシャが耳打ちしてくる。



「すまないゼレウス……今はとにかくこの場を抑えないと……オークたちが今にもあのバカどもに襲いかかりかねない」


「弱い立場か」


「ああ……私だけならともかく、オークはな……」


「そうか。問題はない、我のことは気にするな」


「……すまない」



 地下牢に入れられることなど、八百年の封印に比べればなんてことはない。

 そのためゼレウスは大した痛痒(つうよう)もなく呑み込めたのだが……イリーリャは思い出したかのように口を開く。



「そうだ。あなたの従者も地下牢行きね?」



 イリーリャの深い紫色の瞳が、妖艶に細められる。



「!? なぜだ! エレイナは──」


「あなたが本当に従属の呪言を使った確証はないもの。お優しい姫サマのこと……もしかしたらってことも、あるでしょう?」


「貴様……!」


「ただの従者なら……少しの間地下牢に入れるくらい、わけないわよねぇ?」


「っ……」



 同じ魔族であるオークとは違い、エレイナは人族。つまり敵だ。

 事態がこじれれば最悪殺される可能性もある。

 これ以上反抗するリスクを恐れ、リーシャは言葉を詰まらせた。





  ◇





「うわぁ、結局捕まっちゃったね~。魔王サマなのにぃー」


「元魔王だ。……今回わかったのは、‶旧魔王〟の名に大した権威はないということだな」



 地下特有の、冷たい空気が肌を刺す。

 あのあと温情で夕食だけは済まさせてもらったあと、ゼレウスとエレイナは地下牢へと連行された。



「監禁されるのは百歩譲っていいとして……男女同じ部屋ってどういうこと……っ!?」


「他の牢屋は全部空いてるのにね~」


「約束どおり、脱出を検討するべきか……どうする、エレイナ?」


「うー……まだいい」


「え、でもエレイナちゃん、トイレとかどうするの?」


「聞かないで……考えたくない……」


「……もしもの時は我だけ脱獄しよう。それでも逃げずにいれば、エレイナへの疑惑だけは晴らすことができる」


「ボ、ボクお歌うたうよ! そうすればその……トイレの時の音とか──」


「言うな、フュージア」


「はあ~~~~~……」



 エレイナの絶望に満ちたため息は、石造りの壁に吸い込まれて消えた。


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