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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
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18.交差する秘策


「ふっ、ようやく来たかゼレウス! しかしいいのか!? その速度、ここまでずっと全速力だったはずだ! それでは最後まで持たないだろう!!」


「それはそっちも同じこと!」


「私には秘策がある! 魔力をこっそり籠めるなどという、卑怯な方法ではなくな!」


「奇遇だな! 秘策は我にもある!」


「上等! 私たち二人の力を見せてやる!」


「いいだろう、最後の直線で勝負だリーシャ! そしてエレイナよ! ふははははッ!」



 少しずつ少しずつ、彼我の距離が縮まっていく。

 振り返ればゼレウスの不敵な笑みが見える。

 最後の角を曲がる頃には、その差は残り十数メートルほどにまで狭まっていた。

 後方を確認したエレイナが、運転に集中するリーシャへ情報を伝える。



「もうすぐ追いつかれる! しかもこの速度のままじゃ、最後まで魔力が持たないわよ!」


「わかっているさ。狙うのはギリギリ…………ギリギリの位置……ギリギリの魔力量……!」



 今のエレイナにできることはない。

 できることといえば、リーシャの帽子をちゃんと抑えてあげるくらいだ。

 だから横並びになり、やがて追い抜いていくゼレウスを見送るしかなかった。



「さらばだリーシャ! あとは我が秘策を、ただ後ろから眺めているといい!」


「これは運命か、あるいは予定調和か! 非情な現実が今! リーシャ、エレイナ両選手に突きつけられます! ゼレウス選手はただまっすぐ走ってきただけです! まっすぐ行って追い抜かす! 右カーブで追い抜かす! これぞ王の風格! 魔王の器! 万策尽きたか、吸血姫リーシャ!」



 フュージアの騒がしい実況が遠ざかっていく。



「抜かれた! あの速度じゃ、ゼレウスも魔力切れでゴールすらできないはずなのに!」



 魔力残量を示すメーターはすでに限界を指そうとしている。

 ‶噪天の爪(ラークスパー)〟は安全のために、限界が来ると自動的に速度制限がされ、ゆっくり止まってから機体の浮力が小さくなっていく仕組みになっている。

 エレイナの言ったとおり、ゼレウスの機体は徐々に減速し始めていた。

 ……だがこれで終わるような男だったら、ゼレウスは魔王などと呼ばれていない。



「これが我が秘策だぁぁぁあ!」


「おーーっと、これはぁ!?」



 ‶噪天の爪(ラークスパー)〟の速度制限が成されたその瞬間、ゼレウスは機体から飛び降りた(・・・・・)

 そしてゼレウスは走り出す。

 浮遊する‶噪天の爪(ラークスパー)〟のハンドルは握ったまま、並走するように。



「走った! ゼレウス選手、走ったぁーーー!! なんという奇策! 誰もが思いついても、実行はしなかった奇策! ──アハハッ! 結構速いじゃんゼレウス!」


「なにあのアホな秘策! でも案外速い! どうするのリーシャ、あなたの策は!?」



 エレイナが焦燥に満ちた声を上げる。

 ゼレウスはゴール間近だ。あと数秒の内にこのレースは終わるだろう。

 だがしかし、まだ勝者が決まったわけではない。



「途中から……全速力より少し遅い速度(・・・・・・)で私は走っていた。だから追いつかれるのはわかっていた……」


「何を……」



 リーシャの呟きにエレイナは戸惑う。

 帽子の下に隠れた、リーシャの表情。

 彼女はゼレウスと同じ、不敵な笑みを浮かべていた。



「……だがそれはゼレウス! お前が全速力を出した場合だ! 本来であれば使う必要もなかったこの秘策……お前の素晴らしい策に応え、私の秘策もお見せしよう!」


「す、素晴らしい策? あれが? ……なんか嫌な予感してきた」


「エレイナ! ハンドルを頼む!」



 言うや否や、リーシャは座席を少し前に詰めると片手で帽子を抑え、エレイナにハンドルを持つよう促した。

 そして座席の上でしゃがむと、エレイナの両肩に手をつき宙返り。

 エレイナが慌ててハンドルを掴む間に、リーシャは座席後部に着地した。

 背中を押されたエレイナは困惑しながらも前へ詰め、ハンドルをしっかりと握り直す。



「必要なのは姿勢制御と浮力確保のための、ほんの少しの魔力! つまりこの位置! この魔力量だッ! まっすぐ進めエレイナッ! そして私が押したら、一瞬だけ全速力を出せ! 速度に力を掛け合わせて、限界を超えるぞッ!!」


「押す!? 押すってどういうこと!?」



 リーシャが‶噪天の爪(ラークスパー)〟から離脱し、前方へ着地する。

 エレイナは指示どおり直進し続けた。

 それは冷静な判断というより、困惑のあまり流れに身を任せた結果だった。

 通常のエレイナであれば、こんな危険なことは決してしなかっただろう。

 リーシャのそばギリギリを通過するという、危険な行為は。



「う、嘘よね……? 『押す』ってまさか──!?」


「こういうことだぁあぁああッ!!!!!!」


「わぁああぁあっ! それ絶対危ないやつぅぅぅ!!」



 リーシャはエレイナにすべてを託し、‶噪天の爪(ラークスパー)〟の後部を投げつけるようにして押し込んだ。

 リーシャの膂力によって、‶噪天の爪(ラークスパー)〟の速度が限界を超える。



「これが二人だからできること……二人の力だ……! あとは頼んだぞ、エレイナ……!」



 取り残されたリーシャは、親指を立ててその背中を見送った。



「うおぉぉおぉおおおッ!!」


「ゼレウス選手、凄い気迫だ! しかしこの光景はあまりにもマヌケ! マヌケ魔王とは彼のこと! だがこの二つ名を呼べるのは彼より速い者だけだ! 最速の魔王! 最速の魔王が、今勝利への道を駆け抜け──ん?」



 背後から声が近づいてくる。

 思わずフュージアの実況が止まるが、ゼレウスはひたむきに走り続けた。

 だから、背後を視認することができるフュージアだけがその速度を見た。

 まさしく限界を超えた、その速度を。



「わぁあああぁああッ!!」


「!?」



 隣を高速で駆け抜ける影にゼレウスが息を呑む。

 研ぎ澄まされた集中が、その一瞬をスローモーションに捉えた。

 赤いポニーテールと、涙目。

 悲鳴を上げるエレイナがゼレウスの瞳に映り、そのまま過ぎ去っていった。



「リーシャ……いや、エレイナ選手! エレイナ選手だ! エレイナ選手が一位に躍り出た!! なんという速度! なんという秘策!! これが吸血姫の最後の策略! 自らを犠牲にした最後の策略で、エレイナ選手が一位を駆け抜けるーーー!! そのままゴーーーーール!!」


「あぁあああぁあっ! ……あ? わ……ちょ、ちょうど止まった……」



 どうやらリーシャの計算は驚くほど正確だったようだ。

 審判をしてもらっていた門衛のいる位置をちょうど超えたあたりで、エレイナの乗る‶噪天の爪(ラークスパー)〟はゆっくりと停止した。



「うおぉぉおぉおおおッ!!」


「ゼレウス選手もドコドコ走ってゴーーール! 皆さま、この熱戦にどうぞ健闘を称える拍手を!」



 少し遅れてゼレウスとフュージアもゴールを駆け抜けた。

 フュージアの実況に触発され、見守っていた門衛や見物客たちがパチパチと拍手を送ってくれる。



「ふぅ……助かったぁ~……」



 ‶噪天の爪(ラークスパー)〟に跨ったままハンドルにもたれかかり、エレイナは安堵のため息をつく。

 すると、自分の‶噪天の爪(ラークスパー)〟を停車させたゼレウスが歩み寄ってきた。



「エレイナちゃん、最後凄かったよ~! あれってエレイナちゃんの作戦?」


「いいえ、リーシャよ。知ってたら止めてたわよ」


「共有すらされてなかったの? それってちょっとひどくない~? エレイナちゃん言い出し辛かったら、ボクからリーシャちゃんに伝えるよ?」


「ううん、いい。だって……」


「だって?」



 風が吹く。

 エレイナの髪を、その心とともに、ほんの少しだけ持ち上げる。



「──楽しかったから。だから……いい」



 (ひるがえ)る髪を抑えながら、エレイナは笑った。

 快活で素直な、年相応の笑顔。

 初めて見たその表情を、ゼレウスたちはなぜか、とても彼女らしいと思えた。



「『楽しかった』か……リーシャにも聞かせるべきだな。このために朝早くから準備をしたようだからな。夜に生きるはずの、ヴァンパイアがだ。我も楽しませてもらった」


「ボクも!」



 そう言ってエレイナと頷き合うと、ゼレウスは振り返る。

 先程駆け抜けたコースを、リーシャが手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。



「おぉーい、エレイナ~! 結果はどうだったー!? 勝ったよなぁ!? 見た感じ勝ったように見えたぞー!」


「ええ! あたしたちの勝……ち…………」



 大声で応えるエレイナの言葉がしぼんでいく。

 異変を感じたゼレウスが彼女を見ると、その瞳には空が映っていた。

 つられるように振り返り、見上げる。



「なんだ……あれは……」



 どこまでも広がる青空と、大きな雲。

 それだけだったはずだ。

 ゼレウスの目が見開かれる。

 驚愕と、少しの間を挟んで膨らみ始める期待。

 ゼレウスの視界の果てで、雲が割れた(・・・)



「……来たか」



 いつの間にかすぐそばにまで来ていたリーシャが、こちらへ歩み寄りながら見上げ、呟く。



「‶虹天(こうてん)王〟……」



 雲を割き現れたその巨大な鉄の塊を、リーシャはこう呼んだ。

 『飛空艇』と。


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