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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
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17.‶噪天の爪〟レース開催


「ハンデをやろう。スタートの合図はフュージアがしていいぞ。エレイナ、しっかり掴まってろ」


「はいはい。帽子も掴んどいてあげるわよ」



 ‶噪天の爪(ラークスパー)〟に跨った状態で、ゼレウスたちは横並びになる。

 場所は砦の外、門のすぐそばだ。

 リーシャが提案したレースは、外壁を一周する短いものである。

 砦の門衛や見張りたちにも、このためだけにわざわざ話を通してある。



「いいのかなぁ、ボクたち。人族と魔族の戦争中なのに、こんなことしてて」


「娯楽がなくては人は生きていけない。遊ぶ時は本気で遊ぶのだ。たとえ勇者や魔王であってもな」


「……確かに。そうだったかもね」



 いつかの旅路を思い返しながら、フュージアは静かに肯定を返した。



「準備はいいか、ゼレウス! フュージア!」


「いつでも構わん!」


「うん、ボクもオッケー! 実況は任せて!」


「はしゃぎすぎて事故らないようにね」


「もちろんだ!」


「じゃあいっくよー! ──さん! に!」



 フュージアのカウントダウンが始まった。

 ハンドルを握る手に、自然と力が入る。



「──いち! スタートっ!!」


「「「発進!」」 ──なにぃっ!?」



 ゼレウスとフュージア、あと小さく誰かの「発進!」の声は重なったが、リーシャの声は聞こえなかった。

 それどころか、リーシャとエレイナの乗った機体は常識外の速度で離れていく。

 そう、『安全』という常識を外れた速度で。



「バカな! 最初はゆっくり操作するのではないのか!?」


「あはははっ、愚かなゼレウスよ! これが私の策略だ! ふわははははぁーーーっ!」



 ゼレウスに聞こえるリーシャの声は遠ざかり、すぐに聞こえなくなった。

 ぐんぐん加速する‶噪天の爪(ラークスパー)〟の上で、エレイナとリーシャの髪がたなびく。



「ひ、卑怯だし危ない!」


「勝てば勝者なのだ! ……ところでエレイナ、さっき小さく『発進』と言っていなかったか?」


「なっ!? あ、あたしはみんなが言うならと思って……!」


「くくく……見なくともわかる。顔を赤くしているな、エレイナ」


「よ、余計なことした……っ!」


「さぁ、楽しむぞぉ!」



 一方その遥か後方、ゼレウスの目に映るエレイナの背中はどんどん遠くなっていた。



「ゼレウス選手出遅れたぁ! リーシャ選手の卑劣な策略! まさに手のひらの上! まな板の上の鯛! 勝負は始まる前に終わっているというのか!? しかしこのまな板は魔王の器! 覆水(ふくすい)をも(ぼん)に返して見せましょう!」


「我に操作方法を説明した時から布石を張っていたとは! 素晴らしい戦略家だ、リーシャよ! だがまだ勝ち筋は──ある!」



 獰猛な笑みを浮かべながら、ゼレウスは‶噪天の爪(ラークスパー)〟を加速させた。


 このレースのルールはシンプルだ。

 コースは砦の外壁を右回りに一周。

 砦外周は巨大な四角形のため、曲がる回数は四回。

 出発点及びゴールは砦の出入り口付近だ。話を通した門衛の一人に審判を頼み、門を通る者たちに危険がないよう見張りも兼ねてもらっている。


 体当たりなどの物理的干渉や、魔法を用いた妨害行為は禁止。

 ルール上認められている‶噪天の爪(ラークスパー)〟の高度は砦の外壁を越えない程度までで、ショートカットも当然許されていない。

 だが──



「今のリーシャなら超えかねない。監視が必要だな」


「地味にひどいこと言ってない?」



 エレイナたちの背中はもう見えない。

 彼女たちがすでに最初の角を曲がり終えているからだ。

 現状ゼレウスが二人を見張るためには、砦の外壁を超えないギリギリの位置から顔を出すしかなかった。



「ふっ……やはり外壁から頭を出したな、ゼレウス。この距離なら……勝負は最後の直線あたりか」



 同じように外壁上部まで浮かび上がったリーシャが、ちらりと後方を確認し呟く。

 スタートダッシュで得たリードは上々だ。この差はそう簡単には覆せないだろう。



「こ、怖、こわこわこわ……っ! 高いし速いぃっ!」


「なんだエレイナ、そんなにぎゅーっと私を抱きしめて。こういうのは苦手か? それとも私が好きなのか」


「ぶ、物理的に危ないでしょ! 常識的に!」



 どうやら冗談を否定する余裕すらないらしく、リーシャの言葉の後半は流された。

 必死にしがみついてくるエレイナの胸の柔らかさと、その右胸だけに着けられた胸当ての硬さが、リーシャの背中へむにむにゴリゴリと伝わってくる。

 左右の肩甲骨は不平等を嘆いていることだろう。


 そんな状況だというのにリーシャの帽子は抑えてくれているままなのは、エレイナの根性と善意ゆえか。

 おそらくぎゅっと握られているのであろう三角帽子に(しわ)がついてしまわないか、少々心配ではあるが。



「ちゃんと目は開けてるか、エレイナ」


「う、うん……慣れてきた」



 ‶噪天の爪(ラークスパー)〟に乗る際にはゴーグルを着けることが推奨されている。

 革のバンドの丈夫な物だ。

 ゼレウスたち三人も身に着けている。

 ごつくて大きなそれは、エレイナやリーシャが身に着けると、彼女らの可憐さと相まってどこかアンバランスな魅力を醸し出していた。

 エレイナはそのゴーグル越しに周囲を確認する。



「……風が気持ちいいな」



 リーシャがふわりと呟く。

 見上げれば、どこまでも広がる青空と大きな雲が見えた。

 外壁の上の通路には魔族たちが歩いており、高速で迫り瞬く間に過ぎ去っていく機体を見て驚いたような顔をしている。

 こちらへ向けて手を振っている幾人かの魔族は、おそらく門衛たちから話を聞いた者たちだろう。

 それに気づいたリーシャが親指を立てて応える。

 自然と、リーシャの腰に絡められていたエレイナの手から余計な力が抜けていた。



「そうね……ちょっと強すぎるけど」


「今のうちにこの速さに慣れておけ。最後までこのまま行くぞ」


「ん、ちょっと待って。ずっと全速力だと、最後まで魔力が持たないんじゃなかった?」



 事前に込めた‶噪天の爪(ラークスパー)〟の魔力量は二台とも同じ量だ。

 そして‶噪天の爪(ラークスパー)〟は速度を上げれば上げるほど、多くの魔力を消費してしまう。

 レースの競技性を上げるためにあえて少なめに魔力を籠めたため、エレイナの言うとおり、この量だと最後まで全速力は出せないはずだった。



「あ、そうか。今こっそり魔力を籠めるんだ? こっちはいつでも入れ放題だものね、ゼレウスと違って」


「そんな卑怯なことはせん!」


「どの口が言ってんの?」


「そんなホントにズルいことはしちゃダメだろ! バレないズルは楽しくない!」


「えぇ~? 筋が通ってんだか通ってないんだか……」



 話しているうちに機体は二つ目の角を曲がり、やがて三つ目を超えた。

 残る直線は二つ。

 ゼレウスとの距離は確実に縮まってきている。

 いつの間にか、もうお互いの声が届いてしまうほどに。



「速いはやーいっ! もうすぐそこだよっ、ゼレウス!」


「どうだリーシャよ! 追いついて見せたぞッ! やはり我の思ったとおり! このレースは、我に分があるッ!!」



 藍色の長髪をたなびかせながらゼレウスが降下してくる。

 同じ辺を走っているので、もう監視のために外壁上部に浮かばなくてもよい状況だ。

 リーシャたちもすでに地上すれすれを走っている。



「それは『体重差』! 一人で乗っている我より、二人で乗っているそちらのほうが当然重い! つまり推進力はこちらのほうが得やすいということだ!」


「「重いとか言うな!!」」


「!!?」


「ゼレウス選手、怒られたァー! 勝負は読めても乙女心までは読めないかぁ!?」


「バカな……我は純然たる事実を述べたまで」


「だからダメなんじゃないかな」



 フュージアの指摘に、ゼレウスは『一人より二人のほうが重いのは必然だろう』という文句を呑み込んだ。

 たぶんそういう話じゃないのだ。


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