16.空飛ぶ鉄の馬
魔道具には二つの分類がある。
ダンジョンから出土した物と、人類の手で作られた物。
前者は‶先史遺物〟、後者は‶創製品〟と呼ばれ区別されているが、その違いを気にする者は少ない。
学者や技術者以外にとっては、道具として使えさえすればどちらでもいいからだ。
といっても、そこには先史遺物の流通量の少なさという要因もあるのだが。
「この‶噪天の爪〟は後者だ。先史遺物の中にもこれに似た物はない……つまり、これは人類の努力と叡智の結晶というわけだな!」
「なにこれすごい! 世界観が違う!」
得意げな顔をしたリーシャが自身の背後にある鉄の塊を手のひらで示すと、フュージアが歓声で応える。
「空飛ぶ鉄の馬……実物を見てもにわかには信じられんな…………本当にこれが飛ぶのか?」
黄褐色の金属製のボディに、剥き出しになった大小様々な歯車。
後部からいくつもの排気用パイプが伸びたその姿は、その名のとおり鳥の蹴爪を想起させた。
「機構が気になるか、ゼレウスよ。ならば説明しよう! 基本となるのは蒸気機関だ。‶噪天の爪〟後部の魔道具に魔力を籠めれば自動的に水魔法に変換され、内部のタンクに水が溜まる。もちろん水の適性があるならそのまま込めてもいいぞ。そしてこっちの火属性の魔道具を作動させて水を蒸発させるとピストンが動き──」
「待て。蒸気機関とはなんだ?」
「なるほど、八百年前にはなかったのだな……だが私にもわからん!! 今話したことも、ここへ運び出す時にエンジニアから聞きかじっただけだからな!」
「そうか……ではピストンとはなんだ?」
「さぁ~? なんかシャカシャカ動くらしい」
「……そうか……」
何の情報も得られなかった。
表に出すのも失礼なので、ため息は我慢した。
「もー御託はそこまで! リーシャちゃん、早く乗って見せてよ!! こっちは昨日からワクワクのソワソワなんだから!」
「よぉし任せろ! エレイナ、蒸気機関を駆動させてくれ!」
「はいはい」
フュージアが興奮を抑えきれないといった様子で催促すると、リーシャは鉄の馬に颯爽と跨った。
エレイナが火の魔法を鉄の馬──‶噪天の爪〟後部に注ぐと、内部の蒸気機関が動き始める。
ピストン運動が円運動に変換され、‶噪天の爪〟側面の歯車たちがゆっくりと回り出す。
初めて見るその光景に、ゼレウスとフュージアの口からは自然と感嘆の声が漏れ出していた。
魔族の砦に着いた翌日。
朝食を済ませたゼレウスたちは砦内の広場にいた。
お目当ては、昨日約束した『空飛ぶ乗り物』である。
‶噪天の爪〟と名付けられているその魔道具は砦の備品だが、作戦行動に使われることはそこまで多くない。
というのも、魔族にはそもそも空を飛べる種族が多い。
砦にはそれらの魔族が一定数常駐しているため、‶噪天の爪〟が必要とされる機会は非常に少なく、備え付けられている台数も同様に少なかった。
ゼレウスたちの眼前にあるのはそのうちの数少ない二台である。
「うわぁ、光った!?」
駆動している歯車たちが淡く光り出す。
‶噪天の爪〟前部、ハンドルの右手部分からリーシャが魔力を注いだらしい。
「ダンジョン内に浮かぶ、魔力灯の再現さ。歯車に刻んだ魔法陣を光らせることで、どこが駆動しているか一目でわかるようになっている」
「魔法陣を、歯車に……だと?」
「そうだ。……どうやらこれもゼレウスの時代にはなかったようだな。‶歯車型魔法陣〟と呼ばれる技術だ。魔法陣の刻まれた歯車を噛み合わせることで、複数の魔法陣を組み合わせられる。歯車の大きささえ嚙み合っていれば、あとから別の魔法陣に差し替えることも可能だ」
しゃがみ込んだゼレウスが機体を観察する。
見ると、駆動する歯車のひとつひとつに細かな魔法陣が刻まれているのがわかった。
「なるほど……彫金技術の進歩か。これなら石板や羊皮紙に陣を刻むより遥かに丈夫だ」
「そのとおり。さらに‶噪天の爪〟内部には予備の歯車もあるが、不具合が出たら表面の光は消え、代わりにそっちが動き出す」
「そうか、剥き出しにしているのは動作の確認のためだな」
「ああ。消えた個所を見れば、どこが悪くなっているのかもわかる」
「機構表面を覆うような風の膜……これは土や草などの異物を防ぐためか。触っても問題はないか?」
「もちろん! 安全面にも気を配られているのだ」
手を差し込んでみれば、風の膜の抵抗を感じられた。
全力で押し込めば突破できるだろうが、これなら誤って手を差し込んでしまうことも防げると思われる。
「はぇー、すごいね未来……じゃなくて現代の技術。あとゼレウスもリーシャちゃんも、そうやって真面目に話してると賢そうに見えるね」
「まぁ賢いからな!」
「待て。普段の我は賢そうに見えないということか?」
「うん」
「そうね。フュージアのせいって言いたいわけじゃないけど、そんな格好してるとどうしてもね……」
「心外である……が、仕方ないか」
「代わりに愛嬌があるよ! ボクのおかげ! やったね!」
ゼレウスはため息をつきながら立ち上がった。
「もう質問はないな? ……よし、じゃあ実際に飛んでみるぞ。エレイナ、後ろに乗れ」
「え、なんであたし? ゼレウスを誘ってあげたら? 早く乗りたくてたまらないって顔してるし」
「してないぞ我は。そんな幼子のような顔」
「ゼレウスは二人乗りできんだろ、フュージアがいるからな。用意した‶噪天の爪〟は二台。みんなで乗るなら、私とエレイナが二人乗りだ。……私の帽子を抑える役も必要だし」
「それが狙いか。顎紐留めればいいでしょ。帽子の内側にあるの、昨日見たわよ」
「ダメだ。ダサいから」
「我慢しなさいよ。命かかってんのよ」
エレイナはリーシャに近づくと、脱げないよう慎重に、するりと這うようにして帽子の中に手を差し入れた。
リーシャも多少驚きはするものの、抵抗はしない。
結果、出来上がったのは、顎の下で紐を蝶結びにされたリーシャである。
「はい。二重に括ってほどけにくくしといたから」
「ダサくないか~? なぁ~」
「大丈夫リーシャちゃん! かわいいよ!」
「かわいいか~……まぁ及第点だな。ありがとな、エレイナ」
「どういたしまして」と返しながら、エレイナも‶噪天の爪〟に跨った。
後ろからリーシャの腰に左手を回し、念のため右手で帽子を抑えてあげる。
その感触にリーシャはふっと笑みを浮かべると、機体の手元付近にあるレバーを引いた。
瞬間、二人を乗せた‶噪天の爪〟がゆっくりと浮かび上がる。
「浮いた……!」
重なるゼレウスとフュージアの感嘆の声に、リーシャは笑みを深めた。
「──発進!!」
リーシャの掛け声とともに‶噪天の爪〟が動き出す。
稼働する機関から吐き出された蒸気が土埃を払い、エレイナのポニーテールをふわりと揺らす。
機体側面の歯車はすべてが曇りなく輝き、一切の滞りなく力を伝えている。
歯車を動かすだけの最低限の動力さえあれば充分なため、蒸気機関の駆動音はそこまで大きくない。
火・水魔法の蒸気機関。土魔法による姿勢制御。風魔法の浮力。
それらの重複発動を可能とした歯車型魔法陣が、‶噪天の爪〟に推進力を与えた。
「すっごーーーいっ! 思ったより遅い!」
「安全運転だっ!」
砦の壁、その内側を沿うように進むリーシャが、フュージアの失礼な感想に口角を上げながら反論する。
リーシャの操る‶噪天の爪〟の速度は、人が全速力で走るのよりは遅い。
といってもジョギング程度の速度ではあるため、すぐに広場を一周し終わる。
エレイナが終始浮かべていた、『これあたし必要だった?』とでも言いたげな表情が印象的だった。
「ところで、我は魔道具を使えるのだろうか」
最後まで安全運転で戻ってきたリーシャへ、ゼレウスが問いかける。
「魔力さえ籠めれば誰でも……あそうか」
「うむ。フュージアの影響を鑑みれば、使えない可能性のほうが高いだろう」
「え、でもさ。冒険者ギルドで登録した時はちゃんと魔力を計れてたよ? あの本も魔道具だよね、エレイナちゃん?」
「そうね……でもあの本……‶魔法司書〟は、計測したい者の魔力を籠める必要はない。ゼレウスもあの時は本に手を乗せるよう言われただけで、魔力を送ったりはしてないでしょ?」
「ああ」
「まぁやってみればわかるだろう」
「そうだね。でももしボクの力の影響で使えなかったら……」
「気に病むな。起動だけ誰かにしてもらえば問題なかろう。なぁ、リーシャ」
「ああ。魔力を多く籠めておけば、それだけ長く走れる。肩代わりも可能だ」
「いや、むしろ使えたら困るよ! ‶魔封じの聖剣〟としての優秀さというか……ボクのアイデンティティがさ!」
「おいそっちか…………まぁそういう捉え方もあるな」
「寛容だな、ゼレウス……」
リーシャから哀れみの視線を注がれた。
気を取り直して、ゼレウスも見よう見まねで‶噪天の爪〟へと跨る。
リーシャとエレイナが機体から降りてそばまで歩み寄ってくるなか、ゼレウスは起動を試みた。
「ダメだ、やはり起動しないな。そもそも自分の魔力を操れん」
「あらー、ホントにダメなんだ。ごめんねゼレウス?」
「気に病むなと言ったばかりだ」
「そうだけど…………ん~、わかった。ありがと!」
「じゃあ代わりに私が魔力を籠めよう。エレイナは蒸気機関の火種を頼む」
「ええ」
エレイナの火属性魔法によって蒸気機関が動き出したのを確認しながら、リーシャは魔力を籠めた。
駆動する歯車が淡く光り始める。
「このレバーを引くと機体が浮かぶ。右手のグリップを捻れば進み、捻れば捻るほど速度が出る。最初はゆっくり操作しろよ。ブレーキはここを握れ。これもあまり急に止まると危険だから気をつけろ。上昇下降は左手側だ、親指で押せ。ここのメーターを見れば出力と残りの魔力量がわかる。あとは──」
リーシャから操作方法や姿勢制御などの注意点、非常時の対応などを教わる。
覚えるべきことは少なくないが、そこは元魔王。情報は問題なく頭に入れ終えた。
「よし……では──「発進!!」」
ゼレウスとフュージアの声が重なる。
「それ言わなきゃダメなの?」
「ダメに決まっているじゃないか」
「またテキトーなことを……」
エレイナたちの声を置き去りにして、ゼレウスの乗った‶噪天の爪〟は進み始めた。
「ゼレウス隊長、遅いです!」
「では──加速!!」
「う~ん、まだちょっと遅い!」
安全運転で、ゼレウスたちは広場を一周し終わった。
「どうだ、乗ってみた感想は」
「操作は簡単、安全性も充分。素晴らしい……これらの魔道具、数多の技術の数々を、我が手中に収める時が楽しみだ」
「遅かった。もっと早いもんだと思ってたよ、ボクは」
「ほう……じゃあレースしてみるか?」
そう言ってリーシャはニヤリと笑った。




