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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
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14.現代のデーモン


「カンパーーーイっ!!」


「む、なんだ……?」



 食堂の一角から歓声のような声が上がる。

 ゼレウスがそちらに目を向けると、オークとは異なる種族が集まって騒いでいるようだった。

 頭部に生えた一対の角と、背中に生えたコウモリのような翼。

 デーモンである。

 彼らはなみなみと注がれたジョッキを掲げて打ち鳴らすと、思い思いに談笑を楽しみ始めた。



「なんだか騒がしいね~。オークのほうはどっちかというと寡黙、って感じなのに」



 フュージアはそう言うが、あくまで比較的そうだという話に過ぎない。

 戦いのあとということもあって種族問わず騒ぐ者は多いし、それを咎める者も当然いない。命を懸けて戦ったのだから、多少ハメを外してしまうのは致し方ないことだろう。

 が、ゼレウスはその光景に眉をひそめていた。



「どうしたゼレウス? ……お、すまんな。ありがとう」



 テーブルに着くリーシャへ、肉料理の乗った皿が渡される。

 手渡したのはオークだ。

 しかし彼が給仕係というわけではない。



「リーシャちゃんって、ホントに慕われてるんだね」


「まぁな! しかし腹が張ってきた。……もういらんからなー!」



 リーシャが周囲へ向けて大声でそう宣言する。

 オークがリーシャへ料理を渡すのは、なにもこれが初めてではない。

 彼女が食堂に姿を現してからというものの、オークたちは次々に料理やら飲み物やらを渡していった。

 その数は多く、リーシャ一人分ならそれで事足りるほどである。

 一人でも多くの者がリーシャへの感謝を伝えられるよう、こまごまとした量の少なく、しかし手の込んだ一品ばかりが選ばれるという、手慣れた心配りすらされていた。


 リーシャもそれに慣れている様子で、オークたちから渡される品々をいちいち遠慮したり、過剰に喜んだりはしなかった。

 それだけよくあることなのだろう。


 あのあとリーシャと共に魔族の治療を終えたゼレウスは、エレイナを連れ立って食堂へと向かった。

 治療は長く続き、厳密にはまだ終わっていない。

 しかしこのままでは日付が変わってもなおリーシャを拘束しかねないと、魔族の医者たちは先に彼女を休ませることにしたのだ。

 リーシャ自身無理をしたいわけでもないし、ゼレウスたちを待たせているということでその提案を了承し、その場を後にしていた。



「戦場では最前線で味方を護って、戦いが終われば献身的に治療……リーシャちゃんってもしかして女神なんじゃない!?」



 フュージアが冗談めかして言う。

 が、本心でもある。

 実際、陽が沈んでしばらく経ち食堂の人影もまばらになってきているというのに、彼女の前には多くの皿が並んでいる。

 そのすべてがオークからの敬意の証なのだ。

 そんな光景を目にすれば、フュージアがそう思うのも無理はない。



「なにィ!? 私ってそうだったのか……知らなかった。道理で美しいわけだ。よし、これからは神としての自覚を持とう」


「うわぁ、そうだね」


「なんだ、乗ってやったのにその態度。冷たい奴め。罰として、お腹いっぱいの私の代わりに食べてもらうぞ」


「無理だよ~。ボクも食べてみたいんだけどね」


「喋ってるのに口はないのか」


「残念ながらね。ゼレウスに食べてもらって」


「よし。今ならあ~んしてやろう。女神のあ~んだ。おい、ゼレウス~」



 リーシャがナイフで切った肉をフォークに刺してゼレウスを呼ぶが、返事どころか視線すら返ってこない。

 彼の視線は依然、騒ぎ立てるデーモンたちに注がれていた。



「どったのゼレウス? さっきから」



 フュージアがそう問いかけると、ゼレウスが独り言のように呟く。



「……ありえん」


「なにが~?」


「デーモンたちだ。奴らがあれほど賑やかに騒ぐとは」


「ウェーイ!! イッキ! イッキ!」



 ゼレウスの視線の先では幾人かのデーモンが一気に酒をあおり、さらにその周囲のデーモンたちがそれを囃し立てていた。

 手拍子の混じるそれは、食堂の喧騒の中にあってもなお確かな存在感を放っている。



「……なんだあれは……この時代の新たな儀式様式か……?」


「違うと思う」



 エレイナがゼレウスの呟きを否定する。

 と、ゼレウスの視線の先を確認したフュージアが、感心したような声を出した。



「おぉー、陽キャってやつだ」


「よーきゃ?」



 リーシャが首を傾げ、フュージアの言葉に疑問を呈す。



「昔教えてもらったんだ~。明るくて友達の多い人のことだよ」


「いいことだな。まるで私のようだ。といっても、私はあそこまで騒がしくはないが」


「うーん、リーシャちゃんは微妙に違うような…………でも陰キャってわけでもないし……」


「いんきゃってなんだ?」


「暗くて友達が少ない人だよ」


「なるほど、少数精鋭か。まるで私だな。暗いとこ好きだし」


「そりゃヴァンパイアだからね……てかそもそもそういう話じゃないし。リーシャちゃん適当に喋ってない?」


「ああ、眠くなってきた」


「子どもか」


「待てリーシャ。眠くなるのは結構だが、先に教えてくれ」


「なんだ? 次の『あ~ん』チャンスか? もうないぞ。貴重なのだ。女神だからな」


「わかった。リーシャちゃんはただのアホだ。ゼレウスとおんなじ。まともなのはボクとエレイナちゃんだけだよ。ね~?」


「あー……う~ん」


「え、それって肯定?」



 エレイナは曖昧な表情を返して誤魔化した。



「『あ~ん』だと? 何の話だ……まぁいい。重要なのは、この時代のデーモンたちにどういう変化が起きているのか、だ。まさかああいった者たちばかり、というわけではあるまい?」



 ゼレウスがエレイナと同じような微妙な笑みを浮かべながらそう問いかけると、リーシャがあくび混じりに答える。



「んぅ? いや、デーモンは誰もかれもあんな感じだぞ……ふあぁ……」


「ば、バカな……!」



 狼狽したゼレウスが組んでいた腕を()きテーブルを叩いたが、その音は喧騒に掻き消え目立つことはなかった。



「何をそんなに……ってそうか、ゼレウスの種族ってデーモンだもんね」


「おぉ、そうなのか! しかしゼレウスには、デーモンの特徴が影も形もないじゃないか!」



 興味が惹かれる話題だったのか、リーシャの目が覚める。

 この話題にはリーシャだけでなくエレイナも惹かれたようで、これまで自発的に話すことをしなかった彼女も会話に参加してきた。



「言われてみれば……魔族であるはずのあなたにはその特徴があるべきなのに、どうして人間と変わらない姿をしているの?」


「確かに。ヴァンパイアならほとんど同じだが……といっても赤い眼はあるが」


「無論フュージアの影響だ。しかし……いや、そうか。オークと同じように、デーモンたちも時代の流れで変化しているということか……」


「昔のデーモンってどんな感じだったの? ボクも戦いはしたけど、性格とかはあんまり知らないからさ」



 額に手を当て一つため息をついたあと、ゼレウスは語る。



「まったくの……逆だ。わかるだろう? デーモンといえば暗く、狡賢く、陰湿だ」


「陰キャだ。というよりヤな奴?」


「いや、わからん。デーモンといえば明るく、賑やかで騒がしい。あと魔法が得意だ」


「陽キャじゃん。陽キャ魔法使い」


「デーモンが魔法を得意としているのはかつても同様だ。……変わらない部分もあるということか」


「……ん? でもちょっと待って。ゼレウスは暗い性格じゃないし、ズルくも陰湿でもないよ? ね、エレイナちゃん?」


「ん、まぁ……そうね」



 これまでのゼレウスの行動を思い起こしながら、エレイナが肯定する。



「だからこそ異端だった……かつての我はな」


「そっか……苦労したんだね、ゼレウス…………ゼレウス?」



 しんみりとした気分になるフュージアだったが、くつくつと笑い始めるゼレウスに虚を突かれた。

 彼はそのまま、普段どおりの笑い声を上げる。



「フハハハハッ! まったく、生きやすい世の中ではないか! これならデーモンの民も伸び伸びと過ごせることだろう! 素晴らしい!」


「わ、前向き~」



 ゼレウスは自らの過去を気に留めない。

 彼にとってかつて受けた仕打ちなど、すでに乗り越えたものでしかないからだ。

 であれば、見据えるのは‶これから〟のみ。‶これからの民〟だけだった。

 なぜならゼレウスは‶王〟なのだから。

 といっても、残念ながら今の彼は玉座に着けてはいないのだが。



「ねぇ、ちょっと」


「む、なんだ、エレイナ?」



 食事を終えたエレイナが、ゼレウスの隣に座るリーシャを指し示す。



「リーシャ、寝ちゃってる」


「あ、ホントだ」



 見ると、そこには肉の刺さったフォークを持ったまま俯く、リーシャの姿があった。

 彼女の顔を覗き込んでみれば、目を閉じ寝息を立てているのがわかる。



「まったく、仕方ないな」



 ゼレウスは呆れたようにそう言うと、リーシャの持つフォークを奪い、その先の肉をぱくりと食べた。

 さらにリーシャが手を付けずじまいとなっていた皿を手早く平らげると、彼女へ声を掛ける。



「起きろリーシャ。部屋に戻るぞ。立て。歩けるか?」


「んん~……っ」



 ゼレウスが持ち上げるとリーシャが不機嫌そうな声を上げるが、どうやらまだほとんど眠っているらしい。



「まったく。ヴァンパイアなのに夜に眠くなるのか。昼に活動するヴァンパイア……この変化ははたして正解なのか?」


「アハハ、いいじゃない。健康的でさ。それに、ボクたちがリーシャちゃんに会えたのもそのおかげでしょ?」


「ふむ……他種族との活動時間の重なりが効率的な交流を生むか。メリットも大きいな」


「言ってないで早くちゃんと抱えてあげなさいよ。体勢、辛そうだから」



 今のゼレウスはリーシャの両脇に手を入れて持ち上げている。

 自然と肩を怒らせているような格好になっているリーシャのその体勢は、確かにエレイナの言うとおり辛そうだ。

 それで起きないリーシャも大概だが。



「悪いがエレイナが抱えてやれ。我が抱えると、お前と同じように忌避感を持たれるかもしれん」


「あれぇ~? ゼレウスってば、エレイナちゃんに嫌がられちゃったの気にしてんの~?」



 そう言って、フュージアはわざとらしくクスクスと笑う。

 いつもどおりのからかいだ。

 慣れたもので、ゼレウスは反論もしない。

 しかしエレイナはそれを真に受けた。



「えっ……その、あの時も言ったけど、イヤというかなんというか…………気にしてるなら、ごめん……」


「おい謝るな、我は気にしていない。フュージアもわかって言っているだろう。肝要なのは我が気にするか否かではなく、リーシャがどう思うかだ」


「でも……あたしとリーシャには種族の垣根がある。人族に触られるのなんて嫌なんじゃないの?」


「リーシャはお前の血を欲しがった。触れられることなど気にせんだろう。それにお前はリーシャのしもべ……ということになっている。背負う様子を周囲に見せれば、エレイナがリーシャに従属していることをアピールできるはずだ」


「……確かに」



 納得したエレイナがテーブルを回り込んでくると、ちょうどそのタイミングでリーシャが目を覚ました。



「んおっ? なんだ?」


「起きたか? まぁ起きなくともよいが。エレイナに背負ってもらうぞ、いいな?」


「どういう……まぁいいか。苦しゅうないぞ、エレイナ」


「はいはい……はぁ」



 ため息をつくエレイナの背にリーシャを乗せる。

 そのまま食堂を出た三人は、玄関へと続く廊下を進み始めた。

 道中、ふとリーシャがエレイナに囁く。



「戻ったらいっしょに風呂に入ろう」


「えっ」


「そしたら私の目も覚め…………」


「……あれ、寝ちゃった? リーシャちゃん」


「ちょ、ちょっと……?」



 エレイナが肩越しにリーシャに声を掛けるが、返事は返ってこない。



「あとは頼んだぞ、エレイナ」


「え?」


「流石にボクもお邪魔できないなぁ。ゼレウスを浴室に連れて行くわけにもいかないしね。じゃ、エレイナちゃんよろしく~」


「えぇ~~~…………」



 他の魔族の手前、エレイナは戸惑う様子すら大っぴらには見せられない。

 それでも不安げな声が漏れてしまうのは、きっと仕方のないことだった。


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