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旧魔王に聖なる封印を!  作者: モタモタ猿
第一章 魔王の器
13/77

13.デニアス砦にて


 踏み慣らされた道を、リーシャを先頭に進む。

 幾人もの人々が行き来することで自然に生まれた街道。

 魔族の陣営から出発してしばらく歩けば、ゼレウスたちの目的の場所へと辿り着いた。



「ここが、デニアス砦……!」



 見上げ、エレイナが呟く。

 彼女からすればここは敵軍の重要拠点。心穏やかにはいられないことだろう。

 とはいえ選んだのはエレイナ自身。

 ゼレウスはちらりと彼女を見つつも、余計な気遣いはしなかった。



「……高い外壁だな」


「そうか?」


「ああ、我の時代はもっと低かった」


「ふーん。なぜだ?」


「それはね~、リーシャちゃんっ! 人族と違って、魔族は空を飛べる種族がいるからだよ! ズルいと思ってたんだよねぇ~。人族が越えられない壁の上を、デーモンとかハーピーとかはスイスイ移動しちゃうんだから!」


「フェアリーとサキュバスもだな。リーシャと同じヴァンパイアも、身軽な者たちは外壁を飛び降りて奇襲していたぞ」


「へぇ~……じゃあなんで高いんだろうな?」


「……獣人が壁を越えられるからでしょ」



 砦を見上げるのをやめたエレイナが、ゼレウスたちのそばへと歩み寄る。

 彼女は「行きましょ」とリーシャへ進むよう促しながら、説明を続けた。



「魔道具を使えば、身体能力の高い獣人なら壁を蹴って登れる。ゼレウスのいた八百年前にはそんな魔道具なかったんじゃない? 数歩だけだけど、空中を蹴って飛び上がることができる魔道具……あった?」


「いや、なかった。……本当にあるのか、そんな道具が」


「ああ。なんなら空を飛べる乗り物もあるぞ?」


「なにッ!?」


「えっ、すごい!! 乗ってみたい! でっかいの?」


「一人から乗れるぞ」


「すんごぉい!! 乗ってみようよゼレウス!」


「うむ。可能か、リーシャ?」


「くっくっく……よしよし、それなら時間を作っておこうじゃないか」



 未知なる未来の技術に、一人と一振りが沸き立つ。

 大興奮するフュージアと違ってゼレウスはまだ落ち着いているようだが、高揚が抑えきれていないのが見て取れた。

 その様子に思わずリーシャは笑みを(こぼ)す。



「さて。施設内を案内してやりたいところだが、流石にエレイナに食糧庫やら武器庫やらの場所を教えるわけにはいかない」



 門衛に話を通し砦内部へと足を踏み入れると、リーシャは振り返ってゼレウスたちへと告げる。



「だろうな。帰る可能性を残すのであれば、それが妥当だ」


「ああ……ここでのエレイナの扱いは、あくまで『捕虜』だ。ただし普通の捕虜ではなく私の捕虜、特別な捕虜だ。私の地位と人望で、何かあっても押し通せるだろう」


「人望~? そっか、リーシャちゃんかわいいもんね。そのうえ強いんだから、もうみんなメロメロだ?」


「美女と言え、美女と。『かわいい』だとなんか子どもっぽいだろ。カリスマ性だぞ、私の魅力は」


「うっそだぁ~」


「ほんとーだっ。ギグル殿とも懇意にしてもらっているし、ほとんど対等だ。でもだからといって一人で歩くのはダメだぞ? エレイナ」


「ええ」



 などと会話しながら、石造りの砦内を進む。

 砦へ入ってすぐには大きな広場。

 攻め入られた際はそこが主な戦場となるだろう。

 周囲を取り囲む壁には、その内部から敵を視認し攻撃するための小さな窓が並んでいる。外壁の上には通路が通っており、そこから広場を見下ろすことも可能だ。


 広場の奥にはさらなる壁と、中央に大きな扉。

 扉を通るとそこは同時に何十人をも行き来できそうなほどに広い玄関で、左右には階段があった。

 その階段の上の通路も併せて、部屋からはいくつもの廊下が伸びている。

 リーシャに聞くと、そこから先には兵士の部屋などが用意されてあるとのことだった。


 そのまま彼女の先導でゼレウスたちは階段を上がり、いちばん奥の通路へと足を踏み入れる。



「ありがたいことに私は個室を貰っている。ちょうど隣も空いているそうだから、そこにゼレウスを招こう」


「わかった。……エレイナはどうするのだ?」


「当然、私と同室だ。一人にするわけにはいかないし、まさかゼレウスと一緒にするわけには……いや、そうするか? 二人がもしそういう関係なら──」


「なっ、ち、違っ!」



 リーシャのその提案に、エレイナは頬を染めながら慌てて否定した。

 しかし彼女はすぐに目を閉じてふっと一つ息を吐き出すと、落ち着きを取り戻す。



「……違うわよ。そもそも出会ったのも昨日の話だし、その程度の仲」



 そして普段通りの声色で再度否定した。

 ……その耳は少々、いまだ赤いままだったが。



「そうなのか。その割には仲良さそうだがな? フュージアに同行を誘われ、それを承諾する程度には」


「フュージアは……なんか距離近いし……不思議と警戒する気になれないというか……」


「まぁボクは聖剣だからねぇ~。やっぱりみんなを安心させちゃうのかな? う~ん、やっぱ出ちゃってるかぁ~っ!! 聖なる雰囲気! だからバレちゃったのかなぁ?」


「あぁ、気安い雰囲気は出てるな。私もいつの間にかそれに(ほだ)されているかも」


「え、ボク気安さ出てる? 聖なる気安さ?」


「そこ重要か?」


「待て。我はどうだ? 魔王の威厳は出ているか?」


「出てない」



 そうエレイナが即答すると、リーシャが弾けるように笑う。



「ハハハッ! ゼレウスは面白いな! 面白さが出ているぞ!」


「なに、そんなもの出した覚えはないのだが」



 腕を組んだゼレウスはちょっと不服そうに眉根を寄せた。

 そんなこんなで、部屋割りはシンプルに男女を分ける形で決まった。

 リーシャに吸血されるかも、という懸念はあるものの、ゼレウスと同じ部屋で寝るよりはマシだとエレイナは判断したらしい。

 確かにそのほうが健全だろうと、ゼレウスとフュージアも彼女の判断を肯定した。



「そろそろ夕飯時だな。食堂に案内しよう」



 通路の窓から外を見れば、夕焼け空が宵に染まり始めていた。

 リーシャに促され、通路を引き返して玄関へと戻る。

 食堂は一階の奥にあるらしい。

 が、階段を降りる前に一行は階下に広がる光景に足を止めた。



(負傷したオークたちか……)



 医務室へ運ばれているのだろう、担架に乗せられたオークたちが慌ただしい様子で運ばれていく。

 比較的傷の浅い者たちは、この広い玄関にて治療を受けているようだった。おそらく外の広場でも多くの怪我人が治療を待っていることだろう。



「すまない……少し待っていてもらえるか?」



 返事を待たずにリーシャが駆け出す。

 その背中に、ゼレウスは「ああ」と静かに了承を投げ掛けておいた。


 階段を数段飛ばしに駆け下りたリーシャが魔族たちに声を掛け、治療に参加する。

 彼女は負傷したオークに近づくと患部を確認し、そこに手をかざした。

 闇色の光がその手から放たれる。



「そっか……魔族は闇魔法で身体を癒すんだっけ……人族と違って」


「ああ」



 呟くフュージアの言葉を、ゼレウスが肯定する。

 リーシャの手から……魔族たちの手から放たれる、黒紫(こくし)の輝き。

 一日の終わりを優しく包み込む夜のように、闇属性の治癒魔法が傷を覆っていく。



「人族は光の魔法で……魔族は闇の魔法でのみ身体を癒すことができる。逆は不可能だ。今思えば、それを以って我の種族を証明するべきだったな」


「おぉ~確かに。ゼレウスかしこい」


「先に思いついていればな」



 肩を竦め、フュージアの軽口を流す。

 しばしの沈黙。ゼレウスもフュージアも、この光景を前にこれ以上軽口を叩き合う気にはなれなかった。

 ゼレウスがちらりとエレイナを見やる。



「……なに?」



 隣に立つエレイナからは張り詰めた声が返ってきた。

 その問いに、ゼレウスは言葉を返さない。

 『どうだ、これが人族が魔族にやっていることだ』などとは、口が裂けても言えない。

 魔族もまた、同じことを人族にしているのだから。

 視線を階下に戻し、そのまま、無言のままにリーシャたちを眺めていると、ふとエレイナが口を開く。



「リーシャは……少しでも多くの魔族を救うために、戦場に出ている」


「ああ。謁見の時、そんなことを言っていたな」


「それで、戦場から戻ったあとは仲間の治療をして……」



 眼下では、リーシャが次々とオークたちの傷を癒し続けている。

 ヴァンパイアという種族は、太陽の光に弱いこと以外に大きな欠点はない。

 平均的に魔力量の少ないオークやリザードマンなどとは異なり、豊富な魔力を持っている者が多数だ。

 リーシャもそうなのだろう。



「…………あたし、部屋に戻ってるから。終わったら呼びに来てくれる……?」


「……わかった」



 ゼレウスの返事を聞くと、エレイナはどこか戸惑う様子を見せながらも(きびす)を返した。

 その場を離れる彼女の背中を眺めていると、胸元から小さく疑問の声が上がる。



「いいの? エレイナちゃん一人にしちゃって」


「ああ。エレイナも子どもではない。それに、何かあれば我を呼ぶだろう」


「そう…………あそうだ、ゼレウスは手伝わないの? みんなの治療」


「おっとそうだな。負傷者を運ぶくらいはできるか」



 階段を降り、ゼレウスは魔族たちの元へと向かった。


 彼の立ち去った石造りの通路に、一人歩くエレイナの足音が響く。

 エレイナの耳に届く魔族たちの喧騒が、次第に遠ざかっていく。



「…………誰かに死んでほしくないって気持ちは……あたしにも……」



 胸元で、祈るように手を包み込む。

 リーシャの気持ちはエレイナにも理解できた。

 違うのは、その感情が向けられる対象だけ。人族か魔族かということだけ。

 だがこれ以上言葉にしたところで、ただの弱音にしかならない。あるいは、感情と葛藤に囚われるか。


 ──だからきっと、この感情は不要だ。

 エレイナの呟きは、宵闇の柔らかさに包まれて消えた。


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